第9話
「では早速授業を始めます」
次の日、ほのりが休んでいる部屋で授業が開かれた。
少しウキウキしながら、ルシーがホワイトボードを引っ張ってくる。
その手には杖、顔にはだて眼鏡をかけている。
「(こういうのやってみたかったんですよ)」
ぽそりとルシーの呟きが聞こえた。ルシーは背後から感じるほのりの視線に気がつく。
こほんと咳払いをして、ルシーは授業を始めた。
「ではまずこの世界のことを説明します」
ルシーが杖を軽く降ると、ホワイトボード上に地図が描かれた。どうやらこの国は楕円形をしているらしい。
「この地図を半分に割きます。
向かって左側が魔王軍の領地、右が人類軍の領地です」
真ん中に線が浮かび上がったが、やや魔王軍の方が優勢だ。
「ここ数年で、魔王軍の力が増し、領地が次々と奪われていきました。
最も状況が悪くなったのは、約一年前のことです」
「何があったんですか?」
雪斗が尋ねると、
「ええ……」とルシーは答えた。歯切れが悪い。
「?」
雪斗がルシーの反応に首をかしげると、ルシーは絞り出すように言った。
「……国王様が魔王軍に情報を漏らしていたのです」
「えっ……!」
「雪斗様の驚きは最もです。国民全員が驚きを隠せませんでした。
当時の国王は、先代が病で亡くなり幼くして皇位につきました。若かった王は政治を側近に任せていましたが、ある日魔王軍が城に潜り込み、側近達を殺す事件がおきました。
そのとき、国王の命は助かりましたが、王妃と皇女が行方不明となりました」
ルシーは拳を強く握りしめた。
「おそらく王妃・皇女様は魔王軍に誘拐されていた。そして国王は二人の命を人質に脅されていました。今まで側近たちの意見を頼りにしてきた国王様は抗いきれず、魔王軍に従ってしまった」
「………」
二人は絶句していた。ルシーは話を続ける。
「国王が漏らしていた情報は、重要度の低いものでした。国王なりのささやかな抵抗だったのでしょうね。しかし魔王軍の目的は国王の情報ではなかった」
ルシーの声には怒りが混じっていた。壮絶な表情でルシーは話し続ける。
「魔王軍の真の狙いは、国王が魔王軍へ情報を漏らしていた事実を流出させた後の、国民の動乱だった。混乱を狙って、魔王軍は攻めこんで来た」
当時のことを思い出しているのか、ルシーは言葉につまった。長い沈黙が場を支配する。
「それで……どうなったんですか?」
おずおずとほのりが尋ねる。
「……大敗しました。元々人類軍は三分の二の領地を持っていました。それを半分、いやそれ以上までに減らされてしまった。
王は責任をとって斬首。トップを失ったことで騎士達の連絡系統は混乱。統率がとれなくなり、全滅してしまった隊も複数ありました。
国民も疑心暗鬼になり、国の言うことを聞かなくなって暴動も起きました。
その時、国王の勢力に変わって国を率いたのが我々教会でした。
教会は信仰の関係で、人々からの信頼を集めていましたから」
「教会の人間を疑う人はいなかったのですか?」
雪斗が聞いた。
「ええ。というか教会の人間は裏切ることはできません」
「なんでですか?」
「そういう仕組みなのですよ、ほのり様」
ぐいっとルシーは自身の衣服を引っ張った。
その鎖骨辺りに、黒く美しい鈴蘭の花の紋様が書かれていた。
「これは生まれつきです。
レベルが一定以上の者―――神につかえる資格のある者―――は、体の一部にこの紋様があり、神に背いた行動をすると、命を失います」
ルシーは穏やかな表情で、紋様をなぞった。愛おしいそうに語るルシーにほのりはゾッとした。
(なんだろ……私に宗教の文化がないせいかもしれないけど……この盲目的な信仰には……なぜか冷や汗が出る……)
「命を失うと言っても、これを呪いのように思う人はいません。むしろ神様に選ばれた証。
この紋様は私の誇りです」
ルシーは服を着直した。
「そういうわけで、教会には一定の信頼があります。
国の頭を教会に入れかえた結果、なんとか魔王軍の侵略を止めることはできましたが、城は壊され、今はそれぞれの教会が独立して自身の地域を治める形式をとっています」
ルシーは杖を降って、ホワイトボードから地図を消した。
「以上で、この国の現状の説明を終わりにします。次はスキルについてです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます