第6話
「雪斗、雪斗」
ほのりが雪斗の袖を引っ張った。
「ん?」
「多分あの人は、魔王の手下だよ」
「魔王って、僕たちが倒さなきゃいけない、あの?」
「そう」
ほのりは小さい声で答えた。その表情は強ばっている。
「ほのり、あの女の人、知ってるのか?」
ひっそりと雪斗は尋ねる。
「うん。あの女は……でも……こんな早く来るなんて」
雪斗同様に、ほのりも思考がまとまっていない。
本来ならば主人公が十分にレベルを高めた後に登場するはずの敵だ。
「あら、女の子もいるのね。勇者のお友だちかしら?」
「こ、こいつは関係ない」
雪斗は咄嗟にそう言った。
クスクスと女は笑う。
「ふふ、声が震えているわよ?
お仲間なのがバレバレ」
女が袖を一振りすると、黒いナニカの塊が出て、手に収まった。その手を大きく動かすと、その黒く長いナニカはヒュンと音をたててしなった。
鞭だ。
「まだ名乗っていなかったわね。私はマギーサ。あのお方から、勇者を殺すように命じられて来たわ」
芝居がかった一礼をしてから、マギーサは鞭で雪斗に攻撃をした。
「危ない!」
ほのりは雪斗を引っ張った。先ほどまで雪斗がいた床は砕けている。
「逃げよう!」
ほのりがそう言うと、雪斗も頷いた。
二人は部屋を飛び出し、中庭の方へ向かった。
「あら……?」
マギーサは首をかしげた。
「勇者が……逃げた。
初めてだわ。……ふふふ、面白い!」
コツコツと靴音を鳴らしながら、早足で部屋から出る。
その足取りには迷いがない。確実に雪斗達の方へ進む。
「魔力が体から漏れてるわよ。
魔力の痕跡からどこへ行ったかなんてすぐ分かること、知らないのかしら?
まさか勇者じゃないの?でもあの御方は間違いないと……。
それとも罠?
どっちにしても殺すだけよ!」
マギーサは地を蹴り、中庭にいる雪斗達の前に着地する。
「さあもう逃げられないわよ。
つまらないから、ちょっとは抵抗するなりなんなりしなさいよ」
ため息まじりにマギーサは言った。
「そうだね」
ほのりの返答にマギーサは眉をひそめた。
ほのりと雪斗の表情は、怯える訳でもなく、かといってやけくそになっているわけでもない。ほのりの声は落ち着いていた。
突如、マギーサの体が影に覆われた。
反射的に上を見ると、マギーサの真上にベッドが七台出現していた。
「どこから……!」
七台ものベッドがマギーサの元へ落下する。
「ふっ。舐められたものね!」
マギーサが鞭を振るうとベッドは全てバラバラに打ち砕かれた。
「こんなもの?
じゃあ今度はこっちかっ!」
マギーサの言葉が途切れた。マギーサの右半身にバラされたベッドの破片がぶつかったからだ。破片といっても一つのベッドの4分の1くらいの大きさだ。
「右手で防いでも、かなり痛かったわよ。
どういうこと?切ったベッドが動くなんて」
マギーサは次々と襲いくるベッドの破片を避けつつ、周囲を見渡した。
勇者の少年の後ろでスキルを使っているものを見つける。
先ほど、マギーサの言葉に反応した少女。
「あなたね!これを操っているのは!」
「ええ、そうよ」
ほのりが指を動かすとその方向にベッドが飛んだ。
―――――スキル錬成『物質操作』
逃げている途中にほのりが思いついたスキルだ。
「なら全ての破片を操れないほど粉々にするまでよ」
マギーサは鞭を縦横無尽に操る。
ほとんどの破片が原型を想像できないほどに細かくなった、その時。
―――――創造『ダブルベッド』
一段と大きいベッドがマギーサに接近する。
「なんでまたベッド!?」
マギーサはそれをまた細かく刻む。
「……しつこいわね。勇者がそんなちまちま戦ってていいの?」
雪斗は歯をかみしめた。その体は小刻みに震えている。恐怖と、怒りのせいだ。
「勇者、勇者って……!
そんなもの、俺には関係ないんだよ!
俺は橋田雪斗。それ以上でも、それ以下でもない!」
雪斗は激昂する。異世界に来たときから溜まっていたストレスがここで爆発した。
珍しい様子にほのりは目を丸くした。
「うるさい勇者ね。どんなに足掻いたって、弱いやつは弱いのよ!
さっさと死になさい!」
マギーサは勢い良く鞭を振り下ろした。
「そこまでです、悪しき者よ」
声のした方には、ルシーが立っていた。
ぐるんと首を回してマギーサはルシーの方を見る。
「『聖女』ルシー・メドゥ!」
マギーサは歪んだ笑みを見せた。
ルシーは凛とした表情のまま、手をマギーサへ静かに伸ばした。
「聖なる教会の敷地での暴挙。許せることではありません。己の罪を悔いなさい」
ルシーが長い言葉を呟くと、発した言葉が光輝く文字列となった。それは腕を通って指の先から飛び出し、鎖のようにマギーサに絡みついた。
マギーサが辺りを見渡すと、教会の勢力がマギーサを取り囲んでいた。
「はぁ……。ちょっと勇者を味見するだけだったのに面倒くさいことになっちゃったわね。
今日は退いてあげる」
マギーサは体に絡んだ文字列を鞭で壊すと、姿を消した。
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