第5話

「おはよう、雪斗」

「あ、ほのりおはよう!体調は良くなった?」

「うん!もう大丈夫!」

礼拝所を出た後、ほのりはこれからのストーリーについて考えた。が、考えても一向にこの先の展開は見えてこなかった。

考えても分からないものは考えない。

結局、持ち前の楽観主義で、「なんとかなるだろう」という結論に至った。

(今は雪斗と一緒に、せっかくの異世界生活を楽しまないと!)


与えられた部屋の中で二人は身支度を整える。

「雪斗、これからどうするの?」

「うーん……。まだ考えてないんだよな」

雪斗は腕を組んで唸った。

「とりあえず、教会の人達に家は用意してもらえたのはラッキーだったな。

布団を作れるとはいえ、野宿はもう勘弁だから」

「そうだね。結構すんなりと物事が運んだから、女神様がそうなるように計ってくれたのかも」

「食べ物にも困ってないし、至れり尽くせりなのは分かるんだけど……まだ感情が追いつかないな。いまだに夢を見てる気分だ」

「私もだよ。困ったもんだよねー」

「ん?ほのりはもうこの世界に慣れたもんだと思ってたんだけど?」

ほのりはアハハと笑った。

「いやー、もう難しいことは考えないで、成り行きに任せて楽しく生きようと思って!」

「……そっか。そうだよね。

考えても仕方ないか!」

雪斗はスクッと立ち上がった。が、数秒後、ストンと再びベットの上に腰を下ろした。

「楽しく生きるどころか、そういえば僕はこの世界の基本的な情報をなにも知らないんだよな。

せっかく時間が出来たんだ。

ほのり、教えてくれない?」

「もちろん!」

ほのりは元気よく親指を立てた。


「かくかくしかしが…………」

ほのりは丁寧に説明をした。

「……なるほど」

ふむ、と雪斗は顎に手をあてる。

「ステータスっていうのは、自分の基礎情報のことだったのか」

「あれ?そこから知らなかったの?」

「分かるか!僕はゲームもやらないし、ラノベ?ってやつも読まないからな。

いきなり色んな単語を言われても全く理解できない……」

「あー、確かにねー」

ほのりは心の中で、自分をポカポカと殴った。。

(もう!雪斗が困ってたのに、気づけなかったなんて……!

ほのりのバカバカバカ!)

「ほのり」

「ふぁい?」

唐突に話しかけられ、中途半端な返事をする。

雪斗はベットから立ち上がり姿勢を正した。その顔はいつになく真剣だ。

「僕はこれから町に行って、戦えるものや持ち運べるものを買いに行く予定だ」

「じゃあ私も!」

「いや、ほのりはここにいて」

「え?なんで……」

傷ついた顔をするほのりを雪斗は申し訳なさそうに見た。

「僕は勇者だと言われた。運命というものがあるのなら、これからは望まなくても危険が襲ってくるんだろう。一緒にいる人も危険になる。だから、ほのりには安全な場所にいてほしいんだ」

「それって……つまり雪斗がこれから旅に出る時も、私はここに残れってこと?」

「うん……そういうことになるね」

ほのりはしょんぼりとうつむいた。

(私のことを心配してくれるのは嬉しい。でも……)

ほのりは雪斗について行きたかった。ほのりは、知っている世界とはいえ、慣れない世界に来たことに少なからず困惑していた。そんななかで、雪斗はほのりの心の支えだった。

「嫌!」

ほのりは雪斗の目をしっかり見つめ、叫んだ。雪斗は驚いたように一歩後ずさる。

「嫌だと言ったって……危険なんだ!」

「それでも!」

「言うことを聞いてくれ、ほのり!

頼む……」

雪斗はほのりを見つめかえした。眉をよせ、口元をぎゅっと閉じ、雪斗も苦渋の決断なのだと言うことが伝わってきた。

「……僕は、ほのりには危険な目に会って欲しくないんだ……!」

すがるように雪斗はほのりの肩を掴んだ。

瞬間、ほのりの思考は霧散した。

はわわわわわっとほのりは慌てる。気がつけば、雪斗の顔は目の前だった。

「ちょっ、あの、近……」

ほのりは自分の顔が火照るのが分かった。しかし雪斗は依然として真剣に黙ったままほのりに目で訴えかけている。おそらく、ほのりが了承するまで、離れないだろう。

「ちょっと待って!」

耐えきれなくなったほのりは後ろに飛んだ。

距離をとると、雪斗に背を向け、手で顔をパタパタと煽る。

「ほのり?」

「雪斗!」

顔が赤いことがばれないように、ほのりはいつもより大きな声を出した。

「雪斗についていくのが危険なことだって、とっくに分かってるよ!覚悟もできてる!」

「だが……」

「それに!

雪斗って運動部とは言っても、弓道部だったよね?

私は陸上部だよ?それも七種目競技!

私がいた方が絶対いいと思うけど?」

ほのりは早口でまくし立てた。痛いところをつかれたのか、雪斗はうーんと考え込んだ。

「確かに体力もほのりの方があるが……」

(あともう一押し!)

「大丈夫!危なくなったら逃げるし、それに教会が提供してくれたとはいえ、ここも完璧には安全じゃないかもだし!」

「………」

「私、雪斗と一緒に行きたい!

お願い……」

「うっ……!分かった……」

根負けしたとばかりに雪斗は溜め息をついた。

「雪斗……!」

パアッとほのりの顔は明るくなった。

「それとなればさっそく買い物に行こ!」

ほのりが言った瞬間、凄まじい衝撃音が響き渡る。二人が音のした方を見ると、壁が破壊され、土煙が辺りに漂っていた。

「な、なんだ!?」

雪斗は反射的にほのりを庇った。

「あらー、これが今回の勇者?

思いの外、体は細いのね」

土煙がはれる。そこには黒のワンピースを着た、髪の長い女性が立っている。大人っぽい艶かしい雰囲気をまとっていた。

艶やかな黒髪は腰の辺りまで伸び、真っ赤な口紅は白い肌を際立たせている。

「誰だ!?」

雪斗は叫ぶ。その声は震えていた。

「ふふ、動揺しちゃって可哀想……。

でも生まれてきてしまったからには、勇者として成熟する前に、殺すしかないのよね」

女は美しく、しかし凶悪に笑った。




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