第4話
「着いたー!」
町へ着き、ほのりは思い切りはしゃいでいた。
すごい。小説の町そのものだ。
「ちょっと落ち着け。ほらなんかあの怖そうな人こっち見てるから」
「だーいじょうぶ!大丈夫!」
「失礼。君たちは何者だ?
身分証明書はあるか?」
鎧を着た兵士が二人に近寄る。
「えっと……」
ほのりのばかやろーと雪斗は慌てる。
当のほのりは雪斗の後ろから兵士を覗き見ていた。
確かエピソードでは……。
雪斗が悩んでいると、ほのりが一歩前に出た。
「私達は身分証明書持ってません!」
そんな元気に言うことじゃないだろ!
雪斗は思わず心の中で突っ込んだ。
そんな雪斗の様子はかまわず、ほのりは続ける。
「私達は別の世界から来たんです。
女神様からこの世界に遣わされました。
ステータスを見てもらえれば分かります」
ほのりの口調はやや棒読みだった。小説で主人公が言っていたことをそのまま言ったためだ。
(うーん。主人公と同じよーなことを言っておけばいいかなって思ったけど、どうなんだろ。
成功だったら兵士に案内されるはずだけど、失敗だったら……殺されちゃうかも)
ほのりは内心、冷や汗タラタラだった。
二言くらい二人で話した後、二人のうち一方の兵士が二人を町へ招き入れた。
雪斗とほのりは案内されるまま素直についていった。兵士はやがて白い荘厳な建物に入っていった。協会のような洋風の建築物だ。屋根のてっぺんには女神の小さい像がつけられている。
「ここに入っていなさい」
案内された先で、ガシャンと閉められる鉄格子の扉。
「牢屋じゃねえか!」
暖かい部屋に通されると思っていたのか、雪斗は牢屋に入れられるや否や叫んだ。
雪斗はガクッとうなだれる。
「途中からおかしいと思ったんだよな……急に薄暗いところに入るし、行き先聞いても答えてくれないし……」
ブツブツと愚痴をこぼす雪斗とはうってかわって、ほのりはひそかにガッツポーズをする。ドンピシャで小説と同じ展開なのだ。
「大丈夫だよ雪斗」
「何が大丈夫なんだ」
「しばらくしたら出してもらえるよ」
気楽な様子で晴香は言った。
雪斗はほのりの言葉に、ん?と首をかしげた。
「なあ、なんでほのりは色々知っているんだ?」
「だってこれ、『成り上がり勇者』っていう小説の世界だから。ここまでは同じ状況なの」
「え?小説?」
「小説って言っても、ラノベだから、雪斗はあまり読まないかもね」
雪斗はさらに首をかしげる。
「あれ、言ってなかったけ?」
「言われてない……」
ほのりは言ったつもりだったが、雪斗は初耳だったらしい。雪斗は頭を抱え込んでいた。
「それで……ほのりはその小説を読んだことはあるのか?」
「うん!」
雪斗はホッとしたようだった。
「じゃあ大丈夫だな。……そうだ、最後の結末教えてよ」
「えっとね……」
答えかけてほのりはハッとした。
思い込みは時に人の行動に大きな影響を与える。もし今、最終回のハーレム展開のことを雪斗が聞けば、おのずとそっちへ行動が向かうかもしれない。
(わがままかもしれないけど、やっぱり私は雪斗の一番大切な人になりたい!
……でも答えないって言うものなぁ。どこまで伝えればいいんだろう。
魔王を倒すのは言った方がいいのかな?
でも気負っちゃう?そもそも私達は勇者って言われてこの世界に来たわけじゃないし……。
ん?勇者じゃないんだったら、私の持ってる情報はほとんど使えなくない?
え、どうしよう……。
とりあえず、雪斗を勇者だと仮定して……)
黙り込むほのりを見て雪斗が声をかける。
「おーいほのり?」
「あっ、はい!」
「結末分かる?」
「……とりあえず生きてます」
「とりあえず生きてるのか」
シンプル過ぎるほのりの答えを雪斗は思わず繰り返した。
「で、その他の情報は……」
雪斗が言いかけたとき、兵士が部屋に入ってきた。
「こちらについてきなさい。準備が整った」
二人は牢屋から出て建物の中を進む。
建物は内部も教会のような装飾がしてあり、二人は礼拝堂と思われる場所へ通された。
真っ白の生地に金の刺繍がされている服を着ている女の近くへ行くよう指示をされた。チャイナドレスに似たワンピースを着ている。裾は長く両足は隠されている。
金色の髪に細い体。その美しい顔は慈愛に溢れている。
名はルシー・メドゥ。この教会のトップだ。
「女神様より使命を与えられたと聞きました。
今から『聖女』として、あなた方のステータスに干渉します。
この町は神に守っていただいている、神聖な場所。
ですから……本来、この町に証明書のない者を受け入れてはいけないことになっています。
女神様より使命を与えられた者でないと分かったら、嘘をついたと捉え……続く言葉は、分かりますね?」
二人に向かってルシー・メドゥは微笑みかける。しかしその目は笑っていない。
二人は揃って顔を青くさせた。
「では……」
ルシーは手を二人にかざす。
ルシーの目が緑に光り、消えた。
数秒目を閉じた後、怪訝な顔をし、眉をひそめた。
「……勇者は?どっち……?」
ルシーはうつむき、呟く。その言葉を聞いたほのりはすかさず答えた。
「勇者のサポートをするようにと女神様は私におっしゃられました」
ほのりは雪斗よりもルシーの近くにいる。ほのりはルシーにだけ聞こえるようにポソリと囁いた。ほのりは雪斗だけが勇者だと言われ、一人おいていかれるのを恐れたのだ。
ほのりの答えにルシーは静かに頷く。
「ステータスを見せてもらった結果、雪斗様は勇者、ほのり様は雪斗様を支えるエイドとなるためにこの世界に来た可能性が高いことが分かりました」
「ゆ、勇者……?」
雪斗は驚き、声がかすれた。
ほのりは聖女ルシー言葉にうなずきつつも、心の中で女神に文句を言っていた。
(なんで勇者にしちゃうの?二人で平和に暮らしていければ良かったのに。確かに勇者のシナリオは頭に入ってるけど、そこまで私の知っている情報に沿ってステータスを作らなくていいのにさ……)
「はい」
はっきりとルシーは雪斗の言葉を肯定した。
「冗談じゃない」
雪斗が声を漏らした。その声はうわずっている。
「僕は一度死んでるんだ。ただでさえ混乱してるのになんで勇者なんかにならなきゃいけないの?
勇者っていうのは、危ないやつと戦う人のことだろう……?」
雪斗はゲーム、ラノベ小説、漫画のどれにもあまり興味を示してこなかった。ちなみに小説で好むジャンルは純文学。勇者への憧れは皆無に等しい。
「勇者なんてだと?
女神様に選ばれたというのになんと無礼な!」
後ろに控えていた兵士が槍をかまえる。
ルシーは兵士を制した。
「無礼はどちらですか。女神様のおっしゃることは絶対です。この者たちは怪しい者ではないことを証明しました。もう牢屋にいれる必要もない、立派な客人ですよ」
「……申し訳ありませんでした」
兵士は槍を下ろす。
それを確認し、ルシーは雪斗へ語りかける。
「急に勇者と言われ、動揺する気持ちはよく分かります。しかしあなたが勇者になる気があろうとなかろうと、運命はおのずから近寄って来るものなのです」
雪斗は眉間にシワを寄せる。
「運命?それはどういう……。
そもそもどうしてあんたは俺が勇者だと言うんだ?」
「レベルです」
「レベル?」
ルシーは頷く。
「ええ。
人は生まれたときにそれぞれレベルを持っています。レベルは一定で変化しません。
訓練して上がるのはスキルの能力だけ。
レベルこそが女神様から定められた身分であり、運命なのです。
レベルが50以下は農民、50~99は兵士。ここまでは努力でどうにかなる範囲です。レベルが身分を決めるといっても、鬼のような努力で農民から兵士になったものを私は知っています。
しかしレベル99の限界をこえるものは特別な者であると言って差し支えないでしょう。この者達が定められた運命は努力でどうにかなるものではありません。厳格にレベルによって実力は規定される。
レベル99以下のものがレベル100以上の身分になることは不可能ですし、レベル100のものがレベル110の身分になるのも不可能です。
レベル100~109は騎士。レベル110~119は神官。そしてレベル120以上はいないとされています。普通ならばあり得ない数値なのです。
ただ、女神様から直接この地に送られてくる勇者だけは、レベルが120を超えると、聖書には記されています」
「だからあんたは俺が勇者だと判断したわけか」
「そういうことです。お気をつけください、ユキト様。あなたの行き先は自然と険しいものになるでしょう」
裕人は大きなため息をつき、黙りこんだ。
その傍ら、晴香は石のように固まっていた。
(違う。違う違う。
私が知っている設定だと、主人公はステータスの付与情報である、『女神の加護』を見られることで勇者だと判断されたはず。鍛えて上がるのはレベルの方で……。
私の記憶と一致しているのは、登場情報と基本的な地理情報だけ。細かいところは違う)
晴香は冷や汗が出るのを感じた。
この世界を、私は知らない。
ルシーと雪斗が話している間、ほのりは思考を巡らせた。
(どうして私が知っている世界と違うのだろう?
ここが私が読んでいた小説の世界であることは、女神の言葉と、この町の外見、ステータスの表示方法を見て、まず間違いはない。
設定を覆すような何かがあった?
そうだ。この世界にとって予想外な何かが起こった可能性が高い。
真っ先に疑われるのはこの異世界転移だけど、これは物語の一部だから、特に問題はないはず。
そもそも一人の勇者をこの世界に送り込むことで、物語が始まるんだし……。
ん?一人の勇者……?
でもこの世界に来たのは、雪斗と私の二人……。
予想外な何かって…………私じゃん!!)
ピシッと石のようにほのりは固まる。
「おーい、ほのりー?
おーい?」
いつの間にかルシーと雪斗は話し終わっていたらしい。
雪斗はほのりの顔の前で困ったようにに手を振るが、ほのりは反応しない。
結局、次の日になるまで、ほのりは放心状態だった。
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