第3話

朝日が眩しくて目が覚める。ほのりが耳をすますと、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてきた。

雪斗はまだ寝ているようだ。

ほのりは雪斗の耳元にそっと唇を寄せる。

すうっと息を吸い込み……

「雪斗ー!起きてー!朝ー……」

「わあーー!起きてる!起きてる!」

雪斗は飛び起きた。

「珍しい。雪斗が一回呼んだだけで起きるなんて」

「こんな状況で熟睡できないよ」

頭をかきながら雪斗は立ち上がる。

後ろを見ると、ほのりは再び布団の中に入ってだらけていた。

「おいほのり」

「はぁー最高……!お日さまの匂い……!」

ほのりは布団に顔を擦り付けている。

「布団どうしようか?」

「?」

「いや、?じゃなくて。このままにしていく訳にもいかないだろ」

「運べばいいんじゃない?」

「この大荷物を?

化け物に遭遇したらどうするんだ?

例えば昨日の熊みたいなやつとか」

ほのりは人差し指を口に当て、数秒考えた。

「んー、お布団の出番」

「熊に布団で戦うやつがあるか!

それかなり絶望的な状況だろ!俺でも分かるわ!」

「えー」

「えー、じゃない!」

なんか異世界に来てからやたらと叫んでる気がする、と雪斗はため息をついた。

雪斗は布団を消せないものかと考える。

ヴゥンと音がして、ステータスの画面が変わった。

「なんだ?『布団を消去しますか?』って出たぞ」

「え!?ちょ、ちょっと待っ……」

晴香はあたふたと止める。

「『はい』っと」

布団は消えた。

「あああああああ!

私のお布団……」

「ほのりのじゃない」

雪斗は進もうとしたが、ほのりはどんより落ち込んで動かない。

「布団はまた出せばいいだろ」

ピョコンとほのりは顔をあげる。

「そっか!」

ほのりはコロリと表情を変えた。


しばらく進んで。

「ねぇ、雪斗」

ほのりは雪斗の袖をつまむ。

「ん?なんだ?」

ほのりは昨日の夜、どうやったら雪斗から女を遠ざけられるか考えた。

そこで達した結論は一つ。告白をして付き合ってしまえば、それを口実に他の女から雪斗を遠ざけられる。

そしてほのりは彼女として雪斗にさらに近づける。

完璧だ。

「私……あの……雪斗が……」

あと2文字言うだけなのに、上手く言葉が出てこない。

「す……す……」

「おい大丈夫か?顔真っ赤だぞ」

雪斗がほのりのおでこを触れる。

ほのりの顔はボンッと爆発したように赤くなる。

「ああああのですね!……す!」

「す?」

「す…ばしっこいミドリムシが雪斗を狙っていたので退治してきます!」

早口でまくし立てるとほのりは走って森の奥に走っていった。

「どうしたんだ!?」

雪斗は急いで追いかけるが、見失ってしまった。


雪斗から離れた場所で、ほのりは立ち止まる。

顔を手で覆ってしゃがみこんだ。

「やっぱり無理だよぅ。恥ずかしいよぅ」

告白する勇気があるなら、既にしている。

照れ臭いからこそ、ほのりはわざと明るく振る舞い、それに乗じて雪斗と親しくしているのだ。


「キャーー!」

女の子の叫び声が聞こえてくる。その声にはっとして、ほのりはスキルを発動した。

一体どこから……?

―――――スキル錬成『飛行』

スキルの作り方は自然とわかった。

クンッとほのりの体は引っ張られるように宙に浮かんだ。

「うわぁ!……びっくりしたー」

(私は『スキルを作れるスキル』らしいけど、使い方気をつけないと危ないなー。今もバランス崩して頭が逆さまになりそうだったし)

空から見渡すと、ほのりから右の方で、女の子が昨日の熊に襲われていた。

ほのりは迷う。

(どうしよう……。助けてあげた方がいいよね……。でも勝てるかな……。)

レベル的には申し分ないが、ほのりには経験が足りない。

考えている最中、ほのりはとんでもないものを発見した。

雪斗が声のする方へ歩いていっているのである。

このまま雪斗が女の子を助けると……

①雪斗が熊を倒す→②女の子が雪斗に感謝する→③女の子も一緒についてくる→④雪斗と仲良くなる→⑤未来のお嫁さんに

……ダメ!絶対ダメ

そういえば「成り上がり勇者」のエピソードにも、そんなのがあった気がする。

止めないと!

雪斗は熊の方へ向かう。

(なにか使えるものは……!)

自分のスキルを確認すると、『スキル錬成』しかない。

守護壁がなくなっている。

(なるほど、作ったスキルの保存はできないんだ)

ほのりは熊の真上に到着した。

――――スキル錬成『武器生産』:ハンマー

ほのりは急に空が飛べなくなり、代わりに巨大なハンマーを握っていた。

スキルの同時使用もできないの!?

ええい、ままよ!

ほのりはハンマーを持ったまま熊に落下する。

「うわわわわわわ!」

落ちるのめっちゃ怖い!

普通に考えれば、ジェットコースターに乗るだけでも怖いんだから、高いところからシートベルトも無しに落ちたらめちゃくちゃ怖いに決まってる。

やや放心状態になりつつ、ほのりの体は熊へ向かった。

重さの関係でハンマーが下になっていたため、ハンマーは熊の頭に直撃。ほのりは熊がクッションとなり、落下の衝撃に耐えた。

「……助かったー」

ほのりは床に座り込む。

あっそうだ。女の子は……。

女の子はただカタカタと震えていた。

「もう大丈夫だよ。ねっ?」

ほのりは初めての飛行と落下の衝撃で震える足を動かして、女の子へ近寄り、その頭を撫でる。

女の子はほのりに抱きついた。

妹みたい……。

ほのりがほのぼのとした時だった。

「おーい、ほのりー!」

雪斗の声が聞こえる。

ほのりはハッとする。

ごめん、名も知らぬ女の子よ。

もうお別れの時間です!

念には念を。雪斗が他の女とくっつく可能性を限りなくゼロにしないと。

ほのりは急いでスキルを使う。

――――スキル錬成『思考読み取り』

からの

――――スキル錬成『転送』

女の子は目の前から消える。

女の子が今一番行きたい場所に転送できたはず。自分の身勝手で転送しちゃってごめんね。

「おいほのり。どこ行ってたんだ!

……なんだその熊」

茂みから雪斗が出てくる。

「ごめんなさい……ミドリムシは気のせいだったの……。

それで……熊に襲われたんだけど、逃げてたら木にぶつかって勝手に死んじゃったよ」

色々と嘘だけど……。ばれたらどうしよう……。

ほのりが不安に思っていると、雪斗がほのりに手を伸ばした。

え?なに?なに?

ほのりは動揺する。

雪斗は手をポンとほのりの頭においた。

「そっか。無事で良かった」

はわわわわわわわ!

ほのりは自分の顔から湯気が出た気がした。

雪斗はほのりに背を向ける。

「ほら、早く行くぞ。次は町へ向かうんだっけ?」

ぶっきらぼうに言う雪斗の顔は、少し赤くなっている。

「うん!」

ほのりはにっこり笑って裕人の後をついていった。




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