第53話 切替

「識別旗も貰えたことやし、やっと街に帰れるんやね」


 アヤメがそんなことをいう。

 すぐに自分の街に帰って商売の話をしたかったのかもしれない。

 まさかの寄り道してしまったからな。


「そういうことでいいんだよな?」


 俺はコモンズの方を向いて同意を求める。


「ああ、戦い足りなかったが帰って貰って問題ない」


 船上では被害が大きいからお互い本気では戦えなかった。

 コモンズとしても消化不良なのだろう。


「まあ海賊団の壊滅と捕獲の確認もできたからな」


 海域を守るものとしては成果があったってことかな。


「じゃあ、約束の識別旗と各種証明書だ。街で換金するといい」


 そういうとコモンズは俺に渡す。


「ああ、これが識別旗か」


 証明書をインベントリにしまって識別旗を広げる。

 海軍お墨付きの旗か何だかかっこいい。


「さすがやね、レンヤはん」


 肩越しにアヤメが覗き込む。

 あまりの顔の近さにドキッとするけど態度には出さない。

 パーソナルスペースに急に入られると俺はそうなってしまう。

 たしか他人に近づかれると不快に感じる空間だったか? 俺はそれが広いのかもしれない。


 『探知』で分かりそうだけど、敵意の無い者には『探知』も過剰に反応しないみたいだ。


「マストの上にでも付けておこう」

「そうしてくれ。しかしレンヤは強いな。魔力の密度もデタラメだったし、どうやったらそんなに強くなれるんだ?」

「ん? 魔獣と結構戦ったしな。普通戦って生き残れば強くなるんじゃないのか」


 コモンズは何だか納得いってない顔をしている。

 シーナもネネも強くなったしな。


「あと俺は越境者って奴みたいだぞ」

「なっ、越境者!!」

「な、なんやレンヤはん越境者なんか!」


 やっぱり驚くんだな。


「ああ、そうみたいだぞ」

「そういうことか。それであの強さか……納得がいったよ」

「せやね。普通じゃないとは思っとったけど、まさか越境者様とは……」


 ここまで驚かれるのは前にいた越境者が相当凄い人物だったということなのだろう。

 

「レンヤお前はこれから凄いことを成し遂げる人物になるかもしれないな……」

「……どうかな」


 まだ何も成し遂げていないからな。

 女神のいる場所に帰る方法も分かっていない。

 コモンズの賛辞に笑顔で返すけど、引きつってしまったのは仕方がないことだろう。

 

「コモンズはこれからまだ警備をするのか?」


 すこし話題を変えてみる。


「ああ、しばらくはこの海域にいるさ。まあ、たまには街に帰るけどな」


 ちゃんと仕事しているんだな。


「帰った時は周りに迷惑がかからないところで、また一戦頼むわ」

「またやるのか?」

「ああ、俺ももっと強くなっておくさ」

 

 コモンズはやる気まんまんだ。


「街へ行くんだろ? これからレンヤたちはどうするんだ?」 

「ああ、とりあえずアヤメの家に行くことになっている」

「そうか。マルティーロさんの所なら俺も分かる。街一番の商会だからな」


 そんなに大きい商会なら、もしかしたら貴重なスキルスクロールもあるかもしれない。

 楽しみだ。


「じゃあボートで船まで送ろう」

「いや、大丈夫だ問題ない」


 そういうと俺は船に魔力を送り操作した。


「誰も乗っていないのに船が勝手に動いているぞ!」


 どこからかそんな声が聞こえる。

 俺の船はゆっくりと近づき軍艦のそばに横付けする。


「レンヤが操作しているのか!」

「ああそうだ」

「まったくお前は船もおかしいな……」

 

 すこし呆れ気味のコモンズ。

 まあ便利だからいいじゃないか。


「じゃあ世話になったな」


 俺は全員を《魔手》で背後から掴む。


「「「「きゃっ!」」」」


 そしてみんなを俺の船に降ろす。

 驚いている周りの船員さんたちに仕事とってごめんね、という意味をこめて親指を立てておく。


「なんだそれは! お、お前が普通じゃないのはよくわかった……」


 ひらひらと手を振りあきれ顔でコモンズはいう。

 《魔手》は俺のオリジナルだから、こちらにはそんなスキルもないのだろう。

 もう勝手にしろみたいな感じだ。


「そういえば海賊船は欲しいか?」

「? どういう意味だ?」

 

 海賊討伐の証拠になるかもしれないし、コモンズ達が上司に報告するのに必要かもしれない。

 俺はインベントリから何もない海に海賊船を出現させる。

 大きな船が波を立てた。


「「「「!?」」」」


 驚きの余り口をあけて全員唖然としている。


「あっ、討伐者が金品をもらっていいって聞いたから使えそうな物は貰ったぞ」


 たっぷり時間が経ってからコモンズが答える。


「あ、ああ……それは問題ない。売るなり好きにしていい……」


 やはりそういう決まりなんだな良かった。


「……まったくこの大きさの物をどこに持っていたんだ。お前は少し自重した方がいいな。街に行ったら気をつけろよ……」


 色々な感情が入り混じった表情でそんなことを言ってきた。


「じゃあそろそろ行くぞ」

「……ああそうだな。ではご足労いただきありがとうございました。良い船旅を!」


 そういうとコモンズはビシッと敬礼をする。

 周りの船員もそれに続く。

 まったく切り替えの早い連中だ。


 俺は船に飛び降りた。

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