第21話
「いいわよ、次腕組んで見て♡それいいわよ〜」
あれから瞬く間に撮影が始まった。
俺の服は乾(バケモノ)によってすぐに用意された。
普段服は動きやすさ重視のものばかりで、今着ている見た目に重きを置いた服を着るのは新鮮だ。
撮影に入る前にメイクがされた。
メイクとか初めての経験だった。顔に化粧水やら色々塗られた。時間にしては短かったが女はこんな面倒な事をこれ以上に毎日やっているのかとちょっと感動した。
撮影が始まる。俺は素人だからとほぼ指示はなく、一ノ瀬が主体で撮影されている。
勝手な想像だがもっと指示されるものだと思っていた。
一ノ瀬に対する指示も簡素なものが多い。
「そらきゅんの表情が硬いわね、ちょっと一旦休憩してもう一度撮りましょう」
撮影が一度中断する。
「おつかれ、空くん。はい、これ」
俺がベンチで休憩していると初羽が俺に飲み物を差し出してくれた。
初羽はそのまま俺の隣に座る。
「どう?初めての撮影は?」
「撮られているのはなんかむずがゆい」
「最初は慣れないよね。私だって最初は恥ずかしかったし」
「そうなのか?」
「うん。といってもまだモデルを初めて1年しか経ってないから私もまだまだだけどね」
「モデルってもっと細かく指示されると思ってたんだが普通こうなのか?」
「うーん、空くんが初めてってことだから簡易に伝えてるってのはあると思う。ただ撮影する人によって結構違うよ。乾さんは短い言葉で伝えるタイプで私としてはやりやすいかな。長い言葉だと集中が切れることもあるし」
なるほど、結構考えられて撮影しているんだな。
「それに乾さんって絶対に否定的な言葉を使わないから気分がいいんだよ。それに乾さんって撮った写真を必ず共有してくれるし、そこで私が納得してなかったら、納得するまで撮ってくれるからそういう所でもやりやすいかな」
モデルと写真家が一体となってこそ撮影が成功するんだろう。
素人ながらそう思う。
「そういえば、なんで一ノ瀬はモデルなんてしてるんだ?金に困ってるわけでもないだろ」
「私はお母さんの影響かな」
「私のお母さんって若い頃はモデルをやってたの。私を産んでからはファッションブランドのプロデュースとかをやっているんだけど。お母さんがしてた仕事ってどんなのだったんだろうって。ちょうどモデルにスカウトされたってのもあってはじめたの」
「そういえば、お前の母親には会ったことないな」
俺が一ノ瀬邸に行っても会うのは父親のほうで会ったことはない。
「忙しい人だから、私も前に会ったのは半年前かな。今はヨーロッパにいるみたいだよ」
グローバルに活躍しているのか。
それは結構すごいな。
「空くんは何かやりたいことってないの?うちの学校に来たんだからやっぱりボディガード?」
「別に特に決めてないな」
やりたいことって言われると思い浮かばない。
やりたくないこととやらなければいけないことなら真っ先に思い浮かぶのに。
「まぁそれを見つけるために今を生きてるんだろうから。今を楽しむのが一番の近道かもね。私はこうしている今が楽しいよ!」
そういいながら一ノ瀬は俺の肩にもたれかかったくる。
その表情は本当に楽しそうで見ているこっちも自然と笑顔になる。
パシャパシャっとシャッター音が聞こえたような気もしたが、気にせずそのまま話し続けた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「もうよかったわよ、空くん♡また指名したいくらい」
「それはやめてくれ」
休憩の後、撮影は再開することはなかった。
どうやら、休憩中に俺たちを撮っていたようで、俺たちにその写真を見せてくれた。
そこには俺と一ノ瀬がベンチで話している様子が映っていた。
俺ってこんな顔できたんだな。
自分が笑って喋っている様に驚く。
この笑顔を生み出したのは間違い無く、一ノ瀬の力だ。
こいつには人を笑顔にさせる才能があるのかもな。
「あ、そうそう。顔って載せてもいいのかしら?」
そんなことを思っていると乾が俺に話しかけてくる。
「それは載せないでくれ」
「わかったわ。目に黒線入れておくわ」
おい!それだと、犯罪者みたいだろうが。
「冗談よ。ちゃんと映さないから。それより、はい、これ♡」
乾が紙袋を俺に渡してきた。
「なんだこれは?」
中身を見ると、小さな封筒とさっき着ていた服が入っていた。
「今日のお給料よ。それと服もあげるわ」
「いいのかよ。金に服ももらって」
「当たり前よ。働いてもらった分は払うわよ。服はあなたのために用意したからそのままあげるわ」
「一応、ありがとさん」
俺の礼に乾は笑顔でサムズアップしている。
正直その笑顔は向けないでくれ。
「空くん、今日はありがとね」
乾との会話がひと段落すると一ノ瀬が俺に話しかけてきた。
「めちゃくちゃ強引に事を運ばれたけどな」
「それはごめんね。でももう終わった事だからいいでしょ。それにいい経験はできたんじゃない?」
「確かに貴重な経験はできたな。その道のプロの凄さってのも感じられた」
これは本当に思っている事だ。
モデルの一ノ瀬、カメラマンの乾、二人がいて初めて出来上がるんだなってことをよく理解できた。もちろん他にもメイクなどの人もいてこそだと思う。
「それはよかった!」
一ノ瀬が向ける笑顔に少しドキッとする。
「そうそう、空くん来週末って空いてる?」
「来週?」
そんな俺に気づいているのかわからないが一ノ瀬が続けて話す。
「友達に空くんを紹介しようと思って、来週その子と撮影があるから来て欲しいな」
「まぁ梨奈に聞いてみないことには」
「梨奈と一緒でもいいから、ね?」
「わかった。帰って梨奈に聞いてみるわ」
「うん!」
「じゃあな」
「またね〜!本当に今日はありがとね!!!」
そのまま一ノ瀬と別れて、その場を後にする。
いきなりモデルをしてと言われたときはどうなるかと思ったが、意外にもいい経験になってよかった。
それに服と金もゲットできてラッキー。
俺は屋敷に帰ると梨奈の部屋に行く。
「梨奈、入るぞ」
「帰ってたのね。どうモデルは楽しかった?」
梨奈は悪戯な顔で笑う。
「おかげさまでな」
「あら、ならよかったじゃない」
「うるせぇ。俺を取引に使いやがって」
「それより何か用事?」
「なんか来週一ノ瀬が空いてないかって。モデルの友達に俺を紹介したいとかで。お前も一緒にどうかって」
「来週なら空いてるわ。二人で行くわよ」
「お前も来るのか?別に俺一人でもいいんだぞ?」
「何よ?私は一緒じゃない方がいいの?」
「いや、そこまではいってない。ただモデルの撮影に興味あるんだなって」
モデルの撮影なんかより、極道とかそっちの方が興味ありそう。
「あんた私のことどう思ってんのよ。私だって高校生よ。興味あるに決まってんでしょ」
「今までに一ノ瀬の撮影見たことなかったのか?」
二人は結構仲が良いし、あってもおかしくないが。
「ないわよ。外出するときは護衛をつけなくてはいけなかったから。それが面倒で外出なんてほとんどしていなかったわ」
「そういう理由か」
そういえばこいつ護衛とか嫌いだったな。
「まぁ今はあんたがいるから、心置きなく出かけれるわね」
「ともかく行くってことだな」
「ええ」
「了解」
梨奈の部屋を後にして一ノ瀬にメッセージを送る。
可愛らしいスタンプで喜んでいるのが伝わってくる。
モデルの友達か。
可愛いやつなんだろうか。
少し心を躍らせて来週を待つ。
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