第16話
(梨奈サイド)
「全く、あの馬鹿は」
人が気にしていることをずけずけと。
確かに私は同年代の中では小さいけど、まだまだ発展途上よ。
「空くん、突然出て行ったけど、どうしたの?」
さっきまで別の子たちと話していた初羽がひと段落したのか私に近寄って来た。
「いつもどおり、馬鹿やったから罰を与えただけよ」
「いのり、そうなの?」
「はい、これは空くんが悪いです」
花田は申し訳なさそうに背を丸めている。
「でも梨奈って空くんがきてから結構変わったよね」
初羽から聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「どこが変わったのかしら」
「よく怒るようになった」
それは何も否定できない。
けど全部あいつのせいでなんとも言えない憤りを感じる。
「でも別に怒ることが悪いことかといえば、違うよ」
「怒りに振り回されるなんて良くないでしょ」
「それはそのとおりなんだけど。梨奈に限っていえば、いいことだと私は思うよ」
「どうしてよ」
「梨奈って空くんがくる前までは感情の起伏が全然なかったでしょ」
私自身そう思ったことはないのだけれど、周囲の人が感じたならそうなんでしょう。
「自分からクラスメイトと話そうとしないし、話しかけられても無愛想だし、テストでいい点とっても当然のことみたいに喜んだりしなかった」
クラスメイトと話すときは相手の態度がどこかよそよそしいから私も無愛想になってしまうだけ。
テストでいい点を取るのは当たり前のことなだけよ。
「でも空くんが来てからクラスメイトとも空くんを交えて話すようになったし、空くんに小テストだけど勝ったとき、得意そうな顔してたでしょ」
確かにその通りかもしれない。
空が馬鹿やってるのを面白がって話しかけてくれる子はいた。
最近では空がいなくても話すようになった子もいる。
小テストは空が勝負を挑んで来て、コテンパンにしてやったことが気持ちよかった。
「人間、感情が動くことが生きているってこと。感情がないことは人間でないことと同意義だよ」
そういう初羽の顔をみると哀愁を帯びた、そんな表情だった。
彼女はいつも楽しそうに笑っているのになぜそんな表情を浮かべるのだろうか。
だが、その顔はすぐに息を潜めるように消え、いつもの太陽みたいな笑顔に戻った。
「だから梨奈が変わったことがうれしいよ。空くんに感謝しないとね」
「私からすると感謝なんて言葉は思い浮かばないけれど」
「それで空くんと何の話してたの?」
「それは気にしないで」
「いいじゃん!いのり、何の話だったの?」
「花田、喋ったら殺すわよ」
「はっい!!!何も知りません」
花田は背筋をピンと伸ばして畏怖の表情で私の言葉に従った。
それに納得がいかない初羽は花田に何とかして吐かせようと色々聞いている。
普段と何も変わらない日常だけど、私は少し楽しいとそう思うようになっていることを私自身まだ知らない。
ーーーーーーーーーーー
(空サイド)
はぁ疲れた。
あれから授業をサボって、梨奈に言われた通りグラウンドを100周してきた。
終わったときにはもう一限は終わり、二限の授業が行われていた。
汗だくの俺を見て、教師は驚いていた。
遅刻したことと、汗だくの理由を聞かれたが、梨奈の手前素直に言うことはできず、適当にはぐらかして、席についた。
席に着く前に梨奈に目を向けたが、まだ怒っているのか俺と目を合わせなかった。
その様子を見た一ノ瀬にはくすくすと笑われた。
その日の放課後、
「じゃあ、空くん、梨奈また明日」
「堂本お嬢様、失礼します。空くんもまたね」
「ああ」
ホームルームも終わり、皆部活動やら遊ぶなどで教室を後にする。
「じゃあ、俺たちも帰るか」
カバンを持って梨奈に声をかける。
「今日は私用事があるから自由にしていいわよ」
梨奈から突然、休暇をもらえることになった。
「そういうのは、今日じゃなくてもっと前に言えよ」
そうすれば、色々予定を立てることができた。
「あんたは元々予定とかないからいいでしょ」
こいつ、日に日に俺の扱いが雑になっている気がする。
自分のボディガードにはもっとやさしくてもいいと思う。
「でもいいのか、俺がいなくて。それとも誰か別のやつがついてくれるのか?」
「いいえ。私一人よ」
「それっておっさんに何か言われたりしないのか」
ちょっと前に誘拐されたばかりだろうに、そんな娘をあのおっさんが一人にするとは到底思えない。
たとえ、素人でも俺はボディガードのはしくれ。
梨奈を守らなければいけないと思うのだが。給料も貰っているしな。
ちなみにもう最初の給料は貰っているんだが、まじで150万貰えた。
部屋で休んでいるところに梨奈が来て、先月の給料と言って札束が渡された。
まぁその150万はほぼ残っていないんだけどな。
「お父様には事情を話しているし、了承も貰ってるわ」
あの子煩悩親父が梨奈の一人外出を許可するとかどうなってんだ?
まぁ俺としては休みをくれるって言うんならありがたいし、別にいいんだけど。
「というわけだから、私は先に帰るわね」
「ああ」
梨奈の背中を見送る。
はて、どうしたもんか。
いきなり休みをもらえたことは嬉しいんだが、特にやることがない。
誰か遊ぶやつでもいないかと周りを見るが、親しい奴らはもう帰っている。
適当に本屋でも立ち寄って本でも買うか。
「あら、空ではないですか?」
名前を呼ばれた方へ目を向けると、廊下からこの教室を覗く生徒会長がいた。
その傍らにはこいつのボディガードの東雲もいた。
「梨奈さんがいませんが一人でどうかなさいましたか?」
「あいつは先に帰ったよ。俺も今から帰るところだ」
「ご一緒に帰らなかったのですか?なぜ?」
「さぁな。なんか予定があるらしいけど、俺はいらないってよ」
「じゃあ、空は今空いているってことですか?」
「そうなるが」
そう言うと生徒会長は嬉しそうに目を輝かせて俺の腕を取った。
「は?なにすんだ?」
「暇なんですよね、なら付き合ってください」
「え、嫌だけど」
「そんな返答は求めていません」
俺の言葉は無視され、連れていかれる。
振りほどくことはできるんだが、特にやることもないし、仕方なくついていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます