第15話
俺がこの高校に転校してもう1ヶ月、ボディガード育成学科で一般的な高校生が体験するような甘酸っぱい青春なんてものはなく、毎日教官に肉体をしごかれ、座学ではいかに主人を守るのかと畳の上で正座しながら、教えを請う。
ちょっとでも足を崩せば、教官による愛の鞭(ただの体罰)が飛んでくる。
そんな生活にも否応なしに慣れてきた今日この頃、
俺は梨奈と一緒に登校し、教室に入ると梨奈は自分の席へ、俺も席に着くといつものメンツである、いのりと谷剛が話しかけてきた。
「空くん、もうこの学校には慣れた?」
「慣れたってより慣らされたって感じだけどな」
「僕からすれば1ヶ月で慣れるってすごいことだと思うよ。1年生で自主退学した生徒も結構いたし」
「そうだな。10人くらいはやめたんじゃないか?」
この高校の受験倍率を梨奈に聞いたことがあるんだが、倍率50倍とかとんでもない競争率だった。筆記に加えて実技試験もあったそうで、内容は受験生同士での組手だったそうだ。なんでもその組手で負けるともう失格だったらしい。
そんな競争をくぐり抜けてきたやつでも辞めてしまうとはどれだけここが厳しいところかってことがよくわかる。
「篝教官にも気に入られてるよね」
最初に殴られた時以来、やたらめったら絡まれる。授業では学科の人数が奇数ということもあり組手をするときは教官に指名され、教官との地獄の組手ばかりだ。
俺がいのりと組もうといのりに抱きついて、断固として離れないようにしたこともあったが、俺が離すまで殴られ続けた。
ちなみにいのりにもボコスカ殴られた。
「あの女は現代でも体罰が正当化されていると思ってる。俺が教育委員会に告げ口すれば懲戒免職間違いなし」
「でもそんなことすれば空くん殺されるよ」
たぶん殺されることはないはず・・・多分。
せいぜい半殺し、いや3/4殺しぐらいだと思う。
「もうクラスにも馴染んだよね。僕たち以外にも話してるところ見るし、ほとんど初羽様だけど」
同じボディガード学科のやつは同情して話しかけてくるやつがほとんどだ。教官にしごかれてかわいそうだなとか、お前結構根性あるなとか。
お嬢様たちからも話しかけられたりするが割合として圧倒的に多いのが一ノ瀬だ。何かと絡んでくる。
またバイクに乗せてとか、どこかデート行こうとか、基本梨奈の許可が下りないと遊ぶことを許されていないからあまり遊んではいない。
「俺の何を気に入ってんだろうな、あいつは」
「一度聞いてみたけど、かっこいいって言ってばっかりだよ。でも初羽様って面食いなわけではないはずなんだけど」
「俺が特別にかっこいいだけだろ」
「まぁ空くんはかっこいいと思うけど、初羽様はいろんなモデルや俳優の人とも知り合いだけど、自ら仲良くなろうとしてるのは見たことないかな。異性だと特に」
「なんでそんなにモデルとかと知り合いなんだ?金持ちだとその辺との繋がりもあったりするんだな」
まだまだ俺も金持ちの世界に疎いってことだな。
一ヶ月そこらで慣れるわけもない。
「お家は関係ないよ。初羽様がモデルをしてるからだよ。ってあれ知らなかったの?」
そんな話聞いたこともない。
知り合いに芸能人がいるってなんか自分も有名になった気がするよな。
いや、しねぇか。
「ここのファッション雑誌で専属モデルしているんだけど」
いのりはカバンから雑誌を取り出して、俺に見せてくれる。
そこには今シーズンの一押しはこれ!と大々的な文字で非常に着飾った一ノ瀬が写されていた。
何度かあいつとは出かけたときになぜか視線を集めることがあったのはもしかしてこいつがモデルってことを周囲のやつらが知ってたってことか。
てっきり一ノ瀬が可愛いから見られていたとばかり、まぁ似たような視線であることは間違いないが。
「この雑誌って中高生に大人気で今話題の川空優愛もモデルしているんだよ」
「誰だ?そいつ」
俺の発言にいのりは驚いた様子だ。
「知らないの!超人気モデルでもあり、女優業もしている川空優愛だよ。テレビも映画にも引っ張りだこだよ。ほら、この映画だって主演だし」
スマホを俺に見せてくる。
「俺テレビとか映画とか見ないからな。そういう情報には疎いんだよ」
前住んでいたアパートもテレビはなかったし、堂本の部屋にもないからな。
買おうと思えば買えるがこれといって必要とは考えてない。
「ネットでもよく話題になってるけど、それも知らない?」
「ネットもほぼ使わないからな。俺インターネット関連って苦手なんだよな」
「意外だよね。空くん苦手なこととかあんまりなさそうだけど」
俺自身苦手なことは少ないと自負しているが、コンピュターなどを使うのだけは得意にならない。
知り合いにそういうことだけは超得意ってやつはいる。俺そいつのこと嫌いだから、コンピューターも嫌いになったんだよな。
まぁそいつも俺のこと嫌いだからお互い様だ。
「でも少しくらい見たことあると思うけど」
「谷剛は知ってんのか?」
勝手な想像だけどこいつも世の中に疎いと思っているんだが、
「知っているぞ」
「まじか、お前も知ってんのか」
「あまりモデルとかは知らないが彼女は知っている。大変有名だからな」
まじかぁ〜。谷剛でも知ってるならおそらくほぼ全ての同世代のよつは知ってるんだろう。
「まぁでもそいつのことを知らなくても別にいいだろ」
「良くないよ!」
いのりは普段あまり主張しなくせにこのことに関してはやたらグイグイくるな。
「こんなに可愛い子を知らないなんて損だよ!」
「とは言ってもな」
ネットに上がっている写真などは信じていない。アホみたいに聞かされたせいで否応無しに信じれなくなった。やれ、加工だとか、別人だとかめっちゃ言われたからな。
「お前は実際にみたことあんのか?」
「少しだけだけど。初羽様が彼女と仕事をしてるときに。本当にものすごく可愛かった」
「一ノ瀬とどっちが可愛かった?」
「・・・・」
少しいじわるな質問だったようで、いのりは固まった。
少ししたら、あたふたし始め、どう答えたらいいのか見出せないようでいる。
「そんなに選ぶの難しいか?」
「だって・・・」
学生の身でのボディガードとはいえ、他人の方が主人より優っているとは冗談でも言えない。
ましてこいつは一ノ瀬に特別な感情があるようだしな。
「答えが出せないなら、各項目で評価すればいい」
「各項目?」
「ああ」
俺はノートを取り出して、まっさらな一枚を破り、そこにシャーペンで書き始める。
「これならわかりやすいだろ」
「いやでも、これは・・・」
書き終えた紙を見て、いのりだけでなく谷剛も戸惑っている。
俺が紙に書いたのは、顔、スタイル、胸、尻、愛嬌、この5つで五段階評価して、総合でどちらが可愛いかを決めようというわけだ。
「例えば、梨奈だと、顔5、スタイル1,胸1,尻1、愛嬌1、計9だな」
評価してみると梨奈の顔だけ具合が如実に表れてしまった。
「梨奈ってこう見ると、顔だけでそんな大したことないな」
「あんたは何やってんのよ!」
声の方へ向くとグーパンチが俺の頬にクリティカルヒットした。
見ると怒りで顔を真っ赤にした梨奈がいる。
「いてぇな。顔は殴るなよ、俺のハンサムフェイスに傷跡が残ったらどう責任取ってくれるんだ」
「あんたの顔なんてどうでもいいわよ。それより、主人を辱めてることに気が付きなさい!」
「別に辱めてるつもりはないぞ。ただ正当に評価しただけだ」
「それが辱めてるって言ってんのよ!!!」
そう怒りながら梨奈は俺を殴ることをやめない。
その様子にいのりと谷郷が苦笑いしている。
「安心しろ、梨奈」
「何を安心しろって言うのよ」
「世の中にはお前みたいな奴が大好きってやつもいるらしいから」
「もういいわ、あんた死になさい」
「ボディガードを殺すなよ」
「死にたくないなら、今から校庭100周してきなさい」
「ええ~」
「しろ」
短い言葉だったが、拒否すればどこか違う世界に連れて行かれそうなくらいのやばい雰囲気だった。
「はい、いってきます」
俺は一目散に教室を出た。
人をいじるのは大概にしなければ痛い目にあうと改めて知った。
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