第6話

午前の授業が終わり、昼飯をどうするかと考える。


「おい、ちょっと、付き合え」

「あ?」

「お前に拒否権はない」


そんなことを言われても、ついていくわけがない。

ずっしりと腕を組み、一歩も動かないと示す。


「鏡様が呼んでいるんだ!早く来い!」


俺の態度にいらつきを隠せない様子。

沸点が低いことで。


「俺はこれから飯を食うんだよ。どっか行け」

「貴様!!!」


胸倉をつかまれ、無理やり立ちあがらされる。


「やめなさい」


梨奈が止めてくれた。


「少し乱暴が過ぎないかしら」

「す、すいません。梨奈様」

「空はこれから私とお昼を食べるの。だから付き合えないわ」

「し、しかし」

「私に意見するの?」

「め、滅相もございません。失礼します!」


男は足早に教室から出ていく。


「空、行くわよ」

「はーい」


俺は男が出て行った方に中指を立ててやった。


「アホなことしてないで早く」

「はい」





俺が知っている食堂とは違っていた。

レストランのような円卓の机に高級そうな椅子。

我先にと食券機に並んでいるような人は一人もおらず。

校舎や教室にはない華やかさがあった。

金のかけ具合がまるで違う。


「私の席があるからそこに行くわよ」

「なんだそれは。学園は皆のものじゃないか?」

「年間シートってやつね」


そんなものがあるのか。


梨奈に先導されるままついていく。窓際で、日当たりのよい席に腰を下ろした。


「なんで年間シートなんてあるんだよ」

「親の権力ってやつね」


そう言うと、梨奈はメニューを手に取る。

それに習い俺もメニューを取る。

そこには豊富なメニューがあるのだが、値段が記されていなかった。


「なぁ、これって値段書かれてないけど」

「全部ただよ。昼食費用が学費に組み込まれているみたいよ」

「恐ろしいから聞いていなかったが、俺の学費ってどうなってんだ?」

「私が負担してるわよ。まぁ大したことじゃないわ」


臼井に聞いた話だと、ここの学費ってそこら辺の私立高校の何倍もかかるらしい。それを軽く負担とかやっぱり金持ちだな。


「それよりメニューは決まった?」

「全部無料なら遠慮しなくてもいいよな?」

「上から順番にもってこいとか言わないでよ」

「下からならいいのか?俺デザート好きなんだよ」

「しばかれたいの?」


間違いなく、こいつはしばいてくる。


「適当に頼むわ」

「そう、ならいいのよ」


梨奈は備え付けのベルを鳴らす。

するとメイドらしき女性がやってきて、注文を承った。


「料理がくるまですこし、話をしなさい」

「話?」

「あんたの経歴について」

「そんなもの知りたいのか?」

「雇用者は労働者の経歴を知る権利があるわ」

「と言われてもな、臼井に履歴書は出してるぜ」

「高校より前の学歴なし。長所短所は適当な回答。あんなふざけた履歴書初めて見たわ」

「それで西条受かってるんだから、いいじゃねぇか」

「肝心なのはそこじゃない。あんたの過去についてよ。住所不定、両親、家族構成不明、何もわからなかったわ」

「住所なら海外にいたからだ」

「海外にいたなら、そこでの住所はあるはずよ。だから不明は異常なことよ。そんなあんたを合格させるはずがない」

「・・・」

「それに、誰が学費を払っていたの?西条は学生のバイト程度で払える学費ではないわ」

「別にいいだろそんなこと」

「このことを臼井に聞いても、知らないの一点張り。理事長が知らないなんてありえないのに」

「悪いが話は終わりだ」

「答えなさい」

「話は料理が来るまでだったろ」


おまたせしました、とメイドが料理をテーブルに並べる。


「まぁ、いいわ。あんたが話したくないなら、こっちで調べるまでよ」

「話すほどの過去がないだけだ」


俺は料理にかぶりつき、話は終わりだと暗につげる。


「昨日も思ったけど、食べ方が汚いわよ。マナーがなってない」

「海外では豪快に食べることがマナーだったんだよ」

「直しなさい」


二人で食事を始める。梨奈に聞きたいことがあったが、食事に夢中で忘れてしまった。


ーーーーーーー


「よし、放課後だ。梨奈本屋寄って帰ろうぜ」

「私はこれから用事があるから、教室で待ってなさい」

「先に帰っていいか?」

「だめよ。一時間くらいかかるからお願いね」


梨奈は教室から出て行った。

周りを見るとみんな二人組で帰ろうとしている。主人と護衛の関係だろうな。

そんな中で一人だと目立つな。


「おい、転校生。もしかして梨奈さんに見捨てられたか?」

「あ?」


近づいてきたのは、昼休みにちょっかいをかけてきたやつともうひとり。

おそらく、こいつの主人だろうな。


「昼休みは付き合ってもらえなかったからな、放課後は付き合ってもらうぞ」

「嫌に決まってんだろ。今、人を待ってるんだよ」

「待っている人は一時間戻らないそうじゃないか。なら付き合えるだろ」

「一時間が10分になるかもしれないだろ。ボディガードなら主人を待つべきだろ」


こういうときだけ、ボディガードを言い訳にしている自分が好きです。

てか俺と梨奈の会話盗み聞きしてたな。趣味の悪い奴らだこと。


「ボディガードならどんなときも主人の側にいるべきだろ」


まったくもってその通りだな。


「いいから、ついてこい」


本当についていきたくはないんだが、これ以上教室で絡まれるのもほかのやつらに迷惑がかかる。何名かは心配そうにこちらに目を向けてくれている。

仕方ないが、こいつらについていく。


ついた先は北館の校舎裏。

いかにもな場所だな。

つくとそこには他に人がいた。明らかに俺に何かしようってのが見え見えなほど、下卑た笑いを浮かべていた、



「それで何するんだ?かくれんぼか?」

「この状況を考えてわかんないとは愚かだな」


数人が俺の返答で笑う。

笑いを取るようなことを言ったつもりはないんだけど、それともこいつら俺がすべってたをごまかすために笑ってくれたのか!


「教育だよ!梨奈様をお前のようなやつが守れるように俺たちが指導してやる」

「それはありがたいことで」


ようは俺がむかつくからいじめようってことだろ。たとえ、資産家たちの子供が集う学校でもいじめはあるんだな。

いや、だからこそあるのかもな。


「お前ら、よく考えろ。このことがもし梨奈に知られれば、お前ら、ただではすまないぞ!あいつは恐ろしい女だからな。お前らの家なんて一瞬で倒産だぞ!」

「学生間の出来事に家が関与すると思っているのか?資産家同士のもめごとならあるかもしれないが、お前はボディガード、ようは一般人だろ。堂本家がお前のためにするはずないだろ。所詮赤の他人だ」



堂本家が唯一俺の持っている切り札だったのだがあっさりと撃沈。

このままでは俺がタコ殴りにされてしまう。

しかし反撃したところで面倒ごとになることは避けられない。

ボディガードがお坊ちゃんに暴力を振るったなどと知れ渡れば、学校やこいつらの親から色々と厄介ごとが持ち込まれるだろう。

俺だけならいいんだが、俺の主人である梨奈までに迷惑がかかるかもしれない。


仕方ない、逃げよう。






「ねぇ、何をしているのですか?」


日陰の中で太陽に照らされたように目立つ女が立っていた。

白銀の髪と碧い瞳。日本人ではない端正な顔立ち。

俺が今まで見てきた女とは、一線を画す美しさだ。


「せ、生徒会長。これはですね」

「大方の予想はできています。騒ぎにしないであげるので早くこの場から立ち去りなさい」

「「「はい。失礼します!!」」」


男たちは一目散にどこかへ行ってしまった。


「けがはありませんか?」

「やられる前だったからな。あんたのおかげで助かった」

「生徒を守るのが私の務めですから」


女は得意げに微笑む。

この笑みだけで男を虜にできるほどの魔性なものを感じた。


「転入早々大変ですね」

「本当にな。てかよく俺が転校生ってわかったな」

「生徒の顔と名前は把握しているので。なのでさっきの生徒たちも覚えていますよ。罰を与えることもできますが、どうします?」

「別にいらん」

「そうですか」


ことを大きくする必要はない。それに暴力を振るわれたわけではない。あくまでも呼び出されただけだ。


「真嶋空、助けたお礼に少し付き合ってもらえませんか?」

「あいつらの次はあんたかよ」

「ただ、お話がしたいだけです」

「べつにいいが」


梨奈が戻るにはまだ時間はある。


「ではここではあれですし、少し移動しましょうか」


連れられた先には生徒会室と書かれたプレートがあった。

中へ入ると、大きな円卓が目に入る。


「さぁ、お好きなところに座ってください」


扉から一番近くの椅子に座る。

女は鼻歌を歌いながら、茶と菓子を用意してくれた。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は冷泉院アリサ。この学校の生徒会長の立場にあるものです。学年は3年生です。あなたも自己紹介を」

「俺は真嶋空。堂本梨奈のボディガードをしている」


ここ最近自己紹介をすることが多い。新しい環境に身を置くことになったのだから仕方がないことだけど。


「さっそく、本題を話します。私はあなたに興味があるんです」

「興味だ?」

「あなたの資料を見ました。あんな出鱈目なもの初めて見ました。世紀末小学校ってどこにあるんですか?出生が沖ノ鳥島って無人島ですよ。よくこの高校に入れましたね」


本当に出鱈目だな。

この学校への転校手続きは梨奈に任せっきりだ。

だからその資料とやらは梨奈が用意したことになる。


「堂本家が用意したもので俺は何も知らないぞ」

「いえ、その資料は堂本家が提出したわけではないようです。どこから送られてきたかもわかりません」

「なに?」


そんな不明な資料を基に俺は転校できたのか。あまりにもおかしい。


「ただ、転校の手続きは問題なく受理されています。何故なんでしょう?」

「俺に聞かれてもな。先生とかに聞けよ」

「それが先生たちに聞くと私に渡された資料は先生たちの知っている資料とは違っていたんです。その資料はいたって普通の内容が書かれていました。架空の学校ではなく既存の学校であり、両親の所在や仕事について」

「それが正しいんだよ。何かのミスで間違った資料があんたのもとへ来ただけだろ」

「私もそう思いました。それで気になって先生方が持っていた資料を調べました。そしたら、大変面白い結果でした」


冷泉院は微笑む。


「資料の小学校、中学校にあなたが在籍していた記録はなく、両親の名前も戸籍登録されていませんでした。つまりどちらの資料にも正しいことは書かれていない。あなたは何者ですか?」

「俺から語れることはねぇよ」

「美人な私に迫られてもですか?」


冷泉院は胸元のボタンを外し、豊満な胸を押し付けてきた。

うむ、結構な弾力とボリュームで。


「そんなことしても知らないものは知らない」

「胸を直視して言われても説得力がないですよ」


俺は据え膳は食う人なんだよ。


冷泉院の目を睨み、告げる。


「知りたければ血便出るくらい本気で調べろ。それで無理ならお前はその程度ってことだ」

「私に挑発ですか、受けて立ちますよ」


冷泉院は今日見た中で一番の笑みを浮かべる。

俺の資料を用意した人物が誰かは知らないが、面白い展開にしてくれたことはありがたい。

それに偽りの資料で転校ができたってことはおそらく、この学園の誰かが関与してる。ますます面白い。


「梨奈さんの用事もそろそろ済む頃合いなので、今日は帰っていいですよ」


梨奈に用事があることを知っていたってことはまさかこいつが俺に会うために梨奈に用事を作ったとかではないよな。


冷泉院の顔を見ると、笑っているだけで何かつかめるものはない。


「なら帰らせてもらう」

「ああ、忘れていました。彼女を紹介していなかったですね」

「まだ何かあんのかよ・・・」


冷泉院に背を向け、扉に向かうところで、再び声をかけられたので、振り返ったのだが、冷泉院の隣に女が立っていた。

間違いなく、さっきまではいなかった。

この部屋の扉は俺達が入ってきた扉だけ。隠れるような場所はあるが、気配なんて感じなかった。


「どうです?驚いてもらえましたか」

「ああ、素直に驚いたよ」

「それはよかったです。彼女は私のボディガードの東雲なずな、私と同じ3年生。ボディガードについて聞きたいことがあれば彼女に聞けばいいですよ」

「答えられる範囲であればお答えします」


女は無表情で答える。

気配を悟らせない女と誰かがいると悟らせない女。

洞察力には自信があったんだけどな、まんまと出し抜かれたな。


「あんたらに興味が湧いてきた」

「それは嬉しいです。ではまた会いましょう」

「ああ」


生徒会室を後にする。


















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