第99話 ヴィヴィオビストロ騒動 ~エックスバーアール管理図から導かれる異常~ 5

 出発当日、集合場所には当然ながらオルタネーターベルトがいる。


「アルト、彼女は誰?そしてどういう事?」


 スターレットが俺に質問してくるが、それには若干のトゲがあった。

 やましいところはないと言い切りたいが、実際にやましいところはあるのでそうも言えない。

 ただし、男女の関係のような不貞はないのだけれど、それを正直に説明するとなるとオルタネーターベルトの同行が不可能になってしまうので、結局は嘘を言う事になる。


「つい最近、ヴィヴィオビストロ公爵領からステラまでの護衛の仕事をしたという経験から、道中襲われそうな場所を教えてもらうのに同行してもらうことになったんだ」


 事前にオルタネーターベルトと打ち合わせをしていた返答をする。


「そうそう、私って結構ヴィヴィオビストロ公爵領に仕事で行くから、現地の土地にも詳しいしね」


 オルタネーターベルトはそう相づちをうつ。

 つまり、オルタネータベルトはガイドとして俺が雇ったというていで同行してもらう。

 既にティーガタには許可を取っており、拒否されるような事は無い。

 グレイスには呆れられたように


「随分と女性の多いパーティー構成ですね」


 と言われてしまった。

 ジーニアが汚物を見るような目で俺を見ている気がするが、多分気のせいだろう。

 教義に反するような事は何もしていないのだから。


 道中はヴィヴィオビストロ公爵領までは特にトラブルはなかった。

 整備された街道を進んでいるので、凶暴な野生生物すら出てくる事は無かったのだ。

 公爵領に入る関所では貴族の馬車が散見された。

 遠くの領地を治める貴族は早目に出発するので、トラブルが無ければ早く着きすぎるのだとオルタネーターベルトが教えてくれる。

 電車や飛行機、それに自動車もなく治安もそれなりに悪いところがあるともなれば、遅刻できないようなイベントには時間に余裕を持って出発するのも当然か。

 かくいう俺達もかなり早く到着してしまった。

 ここから公爵領の主都までは一日くらいの距離だ。

 無事に到着するのであれば、1週間以上待つことになる。

 もっとも、ティーガタはラパンが侵入してくる公爵の城を下調べしたいというので、これでも遅いくらいだと言っていた。


 関所を通過すると平坦な道が続いている。

 街道の両脇には畑が広がっており、奇襲を受けるような感じはしない。

 ただ、農民に偽装した暗殺者がいるのであれば、隊列の脇腹をつかれてしまうので無警戒というわけにはいかない。

 敵意や殺意がないか気を配りながら進んでいく。


「このまま何もなく公都に到着すると楽でいいわね」


 隣を歩くシルビアに言われて頷く。

 当て事と越中ふんどしは向こうから外れるって言うからねと言いたかったが、越中ふんどしが間違いなく伝わらないだろうという事でそれは呑み込んだ。

 全くもって異世界では使い道のない言葉だな。


「ラパンじゃないですけど、襲撃者も事前予告をしてくれるといいんですけどね」


「それじゃあ襲撃の意味がないけど、ラパンみたいに自信過剰な人間ならあり得るわね。こんな国中から王族や貴族が集まる結婚式に予告状を出して盗みに入るなんて、どれだけ自信過剰なら出来るのかしら。直接本人に会って訊いてみたいわ」


 心の中で、本人の耳には入っていますよと言っておいた。

 ちらっとオルタネーターベルトの方をみたら、静かな怒りを感じる事が出来た。

 後でシルビアの私物が何かしら無くなるんじゃないかという予感がしたが、それをシルビアに忠告出来ないのが歯がゆい。


「そんなことを言っていたら、何か来ましたよ」


 前方に殺意のある複数の気配を感じる。


「馬と馬車ね」


 シルビアも目で捉えたらしく、そう言った後で大きく息を吸う。

 そして大声で後方に警戒を呼び掛けた。


「何かくるわ。みんな警戒して!」


 スターレットにアスカ、それに神殿騎士団に緊張が走り、みんなが戦闘の準備をする。

 先頭を走ってきた馬は二人乗り。

 若い男女が乗っている。

 男は革鎧を着ており、その背中にしがみついている女は純白のドレス、たぶんウェディングドレスを着ている。

 俺たちの30メートル手前くらいで馬が倒れて地面に投げ出されるのが見えた。

 多分無理して馬を走らせてきたので、馬がつぶれてしまったのだろう。

 その後ろからは馬に乗った金属鎧の男たちと、四頭立て馬車に箱乗りする軽装の男たちが見えた。

 馬から投げ出された青年は女性を庇うように後続に向かって剣を抜く。

 どうみても仲間ではなくて、追われている男女と追手の構図だ。


「どっちにつく?」


 俺はシルビアに訊いた。


「勿論、女性の方よ」


 迷いのない即答だった。

 思い込みはよくないが、状況的にはまあそうだろうな。

 どのみち、グレイスの近くで戦闘させるわけにはいかない。

 乱戦になったところをグレイスを狙う刺客に利用される可能性もあるから、この距離のままでいてもらいたい。

 俺とシルビアは男女を囲むようにする追手へと向かって走り出した。


「助太刀する」


 シルビアがそう言って目の前にいる馬上の男に斬りかかった。

 男はシルビアの一撃を剣で受け止める。


「あの一撃を受け止めるなんて、とても厄介な相手ですね」


「歯ごたえがあって丁度いいわ」


 シルビアは返す一撃で馬の尻を刺した。

 馬は痛みで暴れると、馬上の男をふるい落とした。

 倒れて隙をみせた男の頭部をシルビアが思いっきり蹴飛ばすと、そのまま動かなくなる。

 情報を聞き出すために手加減しているから死んではいないだろうけど、脳震とうを起こして暫くは動けないはずだ。

 ここで相手はこちらの力量を理解して、二手に分かれた。

 俺達の相手をするグループと男女を攻撃するグループにだ。

 俺達の相手をする連中は守りを固めて積極的には攻撃してこない。

 どう見ても時間稼ぎであり、こちらとしては早く男女のところに駆けつけたいが、それを邪魔するように立ちふさがる。

 じりじりと時間が経過していくなか、後方から俺を呼ぶ声が聞こえた。


「アルト、空からワイバーンが来る!」


 アスカの声だった。

 ワイバーンの飛来を告げる内容だ。


「このタイミングでか」


 間の悪さにしたうちして、本来の業務であるグレイスの護衛に戻ろうとする。

 ちょうどその時、目の前の青年が男のうちの人の剣で斬られるのがみえた。


「キャシュカイ!」


 女性の叫びが耳に入る。


「よし、姫様を連れて帰るぞ」


 青年が倒れると、男たちは姫様と呼ぶ女性を捕まえて馬車に連れ込んだ。

 それが目に入るが、グレイスの方に来ているワイバーンも何とかしないといけないので、どうすることも出来なかった。

 上空から一直線にグレイスの馬車に向かってくるワイバーンも見えており、こちらもかなりの脅威となるモンスターなので、他のメンバーに任せるわけにはいかない。


 ワイバーンが馬車に近づき、こちらの魔法の射程範囲に入ったことを確認して、俺はスリープの魔法を使った。

 それは見事にワイバーンに効果を発揮し、飛翔したまま睡眠状態となる。

 その結果、馬車の上空をかすめて通過し、地面に落下して動かなくなった。


「ワイバーンライダーの存在は確認できず、か」


 墜落したワイバーンを確認したが、それを操縦する人物は見当たらず、野生のワイバーンによる攻撃なのか、人為的な攻撃なのかははわからないままとなった。

 周囲の気配を探ってみるが、こちらに向けられた敵意はない。

 人為的な攻撃であれば観測している人員がいそうなものであるが、気配を殺されてしまっては見つける事も難しい。

 余程の近距離にいればわかるのだが、少なくとも周囲100メートルの範囲では隠れ潜む人物はいない。


「この攻撃は単独で終わりですね」


 そう告げると全員の緊張がとけた。

 戦闘が終わったことで、シルビアが俺に先ほどの場所へと行くように促してくる。


「アルト、斬られた人がまだ生きているかもしれないわ」


「そうだね。ちょっと見てこようか」


 ワイバーンの見分は騎士団長にまかせて、俺たちのパーティーは青年のところに向かう。

 それにはティーガタもついてきた。


「聖女様っていうのは、毎回こうやってワイバーンに狙われるものなのか?」


 ティーガタに訊かれて俺は頷いた。


「聖女様に生きていてもらっては困る勢力があるって事ですね。どうにも罰当たりな連中ですよ」


「国に訴え出ないのか?」


「命を狙ってくる方も権力を持っているといえばわかってもらえますでしょうか?」


 その一言でティーガタは納得したようだ。


「悪い奴は捕まえて裁く。そんな当たり前のことが出来ない世の中は変えていかないとな。わしの上司たちも権力を持った巨悪の前では躊躇するが、それでは公僕たる自分達の存在意義がない。陛下の治世を乱す犯罪者はどんなに高貴な者であろうとも逮捕して罪を裁くべきだろう」


「世の中、そんなに単純じゃないわよ」


 そう釘を刺したのがオルタネーターベルトだったのは皮肉だろうか。

 前世でも上司に忖度して、黒いものを白いと言った結果ひどい目にあった同僚を見てきた。

 自分もそうか。

 組織に所属する以上は、理不尽な事も受け入れてしまっていた。

 そしていつしかそれが理不尽と思わないようになっていたのだと思う。

 死んだときだって、直前に作成していた対策書の内容は真実とはかけ離れていた。

 オルタネーターベルトの世の中そんなに単純じゃないという言葉が胸に突き刺さる。


 暗澹たる気持ちになっていたところ、倒れた青年のところに到着したので気持ちを切り替えて青年の様子を見た。

 彼にはまだ息が有る。


「デュアリス様……」


 力なく虚空へと手を伸ばすが、相手の女性はもうここには居ない。

 ん、デュアリス?

 それは確かオルタネーターベルトというか、オーリスに説明してもらったヴィヴィオビストロ公爵の一人娘の名前だったはず。

 そして、このタイミングでウェディングドレスを着ていたとなると、それは公爵令嬢であるデュアリス本人ではなかろうか。

 回復魔法を使い死なない程度に回復させる。

 まだ、この青年が敵ではないと判明していないからだ。


「さて、止血は出来ました。貴方と攫われた女性、それから攫っていった連中について教えてください」


 そういうと、青年はこちらを見て黙り込む。

 向こうからしても、我々が敵か味方かわかっていないので、疑っているのだろう。

 こういう時はグレイスの威光を使わせてもらおうか。


「先に自己紹介をしておきますけど、私たちはあそこの馬車に乗っておられる聖女様の護衛です。ヴィヴィオビストロシフォン伯爵とデュアリス様の結婚式に参加するため、こちらの領地にやってきました。なので、貴方を害するようなつもりはありません。そんな気持ちがあれば、最初から助けにはいるような真似はしませんからね」


 その言葉でキャシュカイと呼ばれていた青年は追われていた事情を話してくれた。


「私の名前はキャシュカイ。一緒に馬に乗っていたのは公爵令嬢のデュアリス様です。デュアリス様はこの結婚に納得されておらず、ウェディングドレスの衣装合わせの際に隙を見つけて逃げ出してきたのです。先ほどの追手は伯爵の家来たちで、デュアリス様を連れ戻しに来たのです」


「伯爵令嬢なのに政略結婚に納得できずに逃げ出すなんて、公爵はどんな教育をしていたのかしら」


 オルタネーターベルトが意地悪そうに質問した。

 オルタネーターベルトの正体であるオーリスも伯爵令嬢であり、当然政略結婚の道具として使われることは理解して育ってきたはずだ。

 だからこそ、デュアリスの行動が理解できないのだろう。


「公爵様は立派な方でした。その公爵様が育てたデュアリス様も非の打ち所がないお方です。そんな方が納得していないのであれば、問題があるのは伯爵の方です」


 キャシュカイはオルタネーターベルトにかみつくように反論した。

 オルタネーターベルトは肩をすくめて鼻で笑う。


「どうだか。聞いただけだと自由恋愛を望むわがままな貴族のお嬢様にしか思えないけど」


「くっ」


 キャシュカイはオルタネーターベルトを睨むが、暫くして何かを思い出したようで


「そうだ、デュアリス様から預かったものが有る。この結婚が成立するまえに、信用できる人物にこれを渡さなければとおっしゃっていたんだ」


 と腰の革袋から銀の指輪と一枚の金貨を取り出した。


「これを聖女様に渡して欲しい。デュアリス様が何を伝えたかったのかは聞いてはいないが、聖女様ならばきっとご理解していただけるはずだ」


 キャシュカイが差し出した指輪と金貨を俺は受け取った。

 そして気づく。


「これは……」


「何?」


 スターレットが訊いてくる。


「何よ、もったいぶらないで教えなさいよ」


 シルビアに肘でつつかれたので、俺は直ぐに気づいたことをみんなに伝えた。


「20.0グラムの下限値ぎりぎりの金貨だ」


 それを聞いてオルタネーターベルトの目つきが鋭くなった。

 彼女は俺の耳元で囁く。


「で、肖像の髭は?」


「235マイクロメートルほど、他の流通している金貨よりも大きい」

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