第100話 ヴィヴィオビストロ騒動 ~エックスバーアール管理図から導かれる異常~ 6

 公都に到着して宿にチェックインした。

 宿は湖のほとりに建てられており、そこの窓からは公爵の居城が見える。

 湖は人造湖であり、その中央に大きな岩があってその上に城が建っている。

 城は青空と一緒に湖面に写り、その転写された姿は波によって揺らいでいる。

 城と岸を繋いでいるのは一本の橋であり、そこを通る以外は湖を泳いで絶壁と呼べるような垂直の城壁をよじ登るか、空を飛んでいくことになる。

 高位の冒険者であれば可能だろうが、軍隊で攻めるとなると鉄壁の守りを見せてくれることだろう。

 俺の隣ではティーガタも城を見ている。


「城に盗みに入るにしても、あの橋を渡ることになりそうですね。だとしたら、ラパンの変装を見破るためにあそこの橋で検問をしますか?」


 俺は城を見たままティーガタに話しかける。


「いいや、ラパンのことだ。我々が橋で検問をしているとなれば泳いで城を目指すかもしれん。空はやつのスキルでは無理だろうがな。いや、いままで我々に見せたスキル以外を持っている可能性は否定できんから、そう思い込むのも危険か」


「だとすると、どこで待ち構えます?」


「一番いいのは奴が盗もうとしているものの前だな」


「でも、今の時点ではそれはなんだかわかってませんよね」


「ああ。公爵領で一番のたからものと予告してきおったが、それがなんだかわからんからな」


「あ、それってじゃあ必ずしも公爵の居城にあるわけではないんですね」


 俺はその事に気づいてティーガタに訊いてみた。


「確かにその可能性もあるか。しかし、奴の性格からして我々の警備があついところに盗みにくるのは間違いない。例えばこの領地のどこかに金山があったとして、結婚式当日で警備が手薄な金山に盗みに入るのであれば予告状などださんだろうな。他のコソ泥なら警備をさらに手薄にするためにやりそうだがな」


「随分とラパンのことを買ってますね」


「まあな。それくらいでもなければ専属捜査官などおかんよ」


「因みに、他に専属捜査官がいる犯罪者ってなにがあるんですか?」


「王都の犯罪ギルドなんかは複数の捜査官がおる。強盗、誘拐、薬物売買、闇オークションなど手広くやっておるから、一人じゃ手が回らんからな」


「ステラの犯罪ギルドに対して専属捜査官がいないのは、組織の規模が小さいからか」


「地方都市になるとスラムの治安などは犯罪ギルドが取り締まっている場合もあり、完全に排除すると今度は無秩序になるってこともあるからな。上層部はその辺を天秤にかけておるんだ。それに、地方はその土地の領主が強い権力を持っており、王都から捜査官を派遣するにも政治が絡む」


「本当に世の中単純じゃないですね」


「まったくだ」


 その後しばらくは無言で城を眺めていたが、グレイスが呼んでいるとジーニアが伝えに来て、俺とティーガタはグレイスの部屋に行く事になった。

 グレイスの部屋には既に他のメンバーも集まっており、グレイスの前にあるテーブルにはキャシュカイから預かった指輪が置かれていた。


「アルト、この指輪を鑑定してもらえるかしら」


 グレイスに頼まれたので首肯して、指輪を手に取る。


「鑑定も出来るのか?」


 ティーガタは俺の作業標準書のスキルを知らないので、他のジョブのスキルが使える事を知らない。

 ワイバーンとの戦闘でスリープの魔法を使ったのに、指輪の鑑定もするのが不思議なのだろう。


「真似事ですけどね」


 と回答して鑑定を開始する。


「随分と古いですね。魔法文明時代に作られている」


「それにしては綺麗だけど」


 スターレットが俺の手元を覗き込む。


「魔法が付与されているから劣化しにくいんだろうね。対になる指輪が有って、それと一緒に鑑定しないと効果はわからないっていうところまでは鑑定できたよ」


「じゃあ、お姫様はもう一つ指輪を持っていたっていうこと?」


「どうだろうね。でも、キャシュカイがこれしか持っていなかったんだから、もう一つは別のところにあるんじゃないかな。お姫様が二つ持っていたとは限らないよ。鑑定はここまでかな」


 俺は指輪をグレイスに返却した。

 グレイスはそれを受け取ると、眉間に皺を寄せる。


「何かありますか?」


 俺はその意味が理解できずにグレイスに訊ねてみた。


「対になる指輪があって、それを別の人物が所有していたら、この指輪を取り返しにくるんじゃないでしょうか」


 彼女は真剣な顔でそう答えた。


「お姫様を攫った連中が対になる指輪の所有者だったら、お姫様の所持品に指輪が無い事に気づいてあの場所に戻ったとして、そこで指輪が見つからなかった時に我々が所有していると気づくでしょうか?」


 俺の問いに答えたのはティーガタだった。


「連中はこちらの馬車を見ている。所有しているかどうかはわからなくとも、襲って荷物を確認すればいいと考える可能性はあるな。見た感じ荒事には慣れていそうだったから、手荒な手段に出ると思っていたほうがいい」


「最悪指輪を渡せば許してもらえますかね?」


「目撃者は消すのがセオリーだな。あの時は最優先が姫様の身柄の確保だったから、こちらがワイバーンと戦闘になった隙に引き上げたのだろうけど、目撃者は処分しておきたかっただろうからな。ただし、これは連中が指輪の所有者だったとしたらという仮定の話だがな」


「それで合っていると思う」


 そう言って会話に加わってきたのはオルタネータベルトだった。


「ヴィヴィオビストロ公爵は金と銀の指輪を所有していて、公式な行事の時は奥様とそれぞれを指にはめて参加されていたから。その指輪は愛の証で代々受け継がれているっていうのは公爵領なら子供でも知っている話よ」


「となると、伯爵が指輪を取り返しにくる可能性どころか、確定でいいのか。結婚式直前だしね」


 と言って、テーブルの上に置かれた金貨をみて、それだけじゃないんだろうなと思いため息をついた。

 それを見られたのか、シルビアに金貨について訊かれる。


「アルト、こっちの金貨はどうなの?」


「これは道中で話したように何の魔法もかかってない金貨ですね。ただ、普通と言えないのは重量が軽くて贋金とされる基準ぎりぎりだし、流通している金貨と比較して肖像の髭が大きい。でも、目で見ただけじゃそれには気づかないでしょうね」


 ティーガタは金貨を手に取るとじっくりと眺めてからこちらを見る。


「贋金とは言えないが、製造コストは普通よりも軽い分だけ安いか。一枚二枚ならそうでもないが、大量に作っているとしたら差分儲かるな」


「元々の金貨だって、金の比率が下がっていますから、作れば作るほど国が儲かるようになっていますよ。金の地金と同じ価値は無いものに、国家の保証だけで価値を付加していますからね」


 これは地球の歴史を見てもそうだ。

 江戸時代よりも前は金貨は金地金の価値とイコールだったが、江戸時代にはそれが崩れる。

 紙幣も金本位制が崩れてしまってからは、その価値を担保するものは国力しかない。

 日本の一万札の製造原価、紙としての価値には一万円もない。

 日本という国が無くなってしまえば、一万円札は単なる紙でしかなくなる。

 この国でも改鋳によって金貨の金属としての価値は下がってしまった。

 だからこそ、そこに贋金を作って本物と変わらない出来栄えで流通させて、利益を上げる余地が存在してしまうのだ。

 ただ、この金貨が贋金と決まっているわけではないが。


「しかし困ったな」


 ティーガタは金貨をテーブルに戻して、手で顎を触る。


「何が困るんですか?」


「明日にはヴィヴィオビストロシフォン伯爵の元に出向いて、警備計画を立案する為に城の中を見せてもらおうと思ったのだが、わしも聖女様と一緒にいたのが知られているだろうから、簡単にはいかんかもしれんな」


「そういうことですか」


 なんだか状況が複雑になってきたな。

 これは無事にステラに帰る事が出来るのだろうか。

 そんな不安がよぎる。

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