第98話 ヴィヴィオビストロ騒動 ~エックスバーアール管理図から導かれる異常~ 4

 ティーガタとグレイスは俺がヴィヴィオビストロ公爵領に行く事を了承すると、ギルド長のところに行って俺の長期出張の許可を取り、それが終わると冒険者ギルドから帰っていった。 

 それと入れ替わりにやってきたのがオルタネーターベルトだ。

 まるで見ていたかのようなタイミングでやってきたのだが、多分見ていたのだろうな。


「約束覚えている?」


 彼女は相談窓口のカウンターに来るなりそう言った。

 自分でも苦虫を嚙み潰したような顔をしていただろうとわかるが、オルタネーターベルトにもそれを指摘される。


「アルト、ひょっとして怒っている?」


 そう言われて感情を抑えることなく、そのままをぶつける。


「何を考えているんだ。犯行予告当日はこの国でおそらく一番警備が厳しい場所だぞ。それに、ティーガタはある程度ラパンの人物像を掴んでいる。変装を見破られる可能性だってある」


 俺の怒りなどどこ吹く風で、オルタネーターベルトは意味深な笑みを見せた。


「あら、私の事を心配して怒ってくれているの。ひょっとして、私に気があるのかな?」


「冗談を言っている場合かよ。捕まれば処刑なんだから」


 俺が強く言うと、オルタネーターベルトは悲しそうな顔になった。


「そんなに心配してくれた男性は、お父様以外ではアルトだけよ。見返りがあるわけでもないのに、どうして私のことをそんなに心配してくれるの?」


 そう言われて言葉に詰まる。

 彼女のこれまでの人生を知ってしまえば、必ずしも批判するだけにはならないのだけれど、自分はオーリスの人生に踏み込み過ぎなのかもしれない。

 これには、オーリスへの同情に加えて、カイロン伯爵への同情もあるからだろうか。

 父親として娘の為に犯罪に手を染めて、最後は自分自身の命もかける。

 そんな彼が守りたかったものを自分が引き継いで守りたいという気持ちなのだろう。

 が、そんなことを彼女に伝えたとして、迷惑に思われるのも嫌だしここは黙っておこう。


「人が死ぬのが嫌なんです」


 すると彼女は納得した表情となった。


「そう、じゃあ私が捕まらないように協力してくれるのにも躊躇はないってことね」


「しぶしぶですよ。ティーガタを上手く誤魔化せる自信もないし」


「それは私の仕事だから。私もアルトのパーティーメンバーとしてヴィヴィオビストロ公爵領までの道のりを同行するからね」


「え?」


 オルタネーターベルトに言われた事が信じられずに、おもわず聞き返してしまった。

 俺はグレイスと一緒にヴィヴィオビストロ公爵領へと向かうが、ティーガタもそれに同行するのだ。

 そこにオルタネーターベルトに変装しているとはいえ、オーリスが同行するなんて正気の沙汰じゃない。


「心配しなくてもいいから。道中で盗みは働かないからね」


「それは当然です」


 オーリスはオルタネーターベルトとして俺と一緒に行くという。

 出発前から頭が痛い。

 気を紛らわそうとコーヒーを飲むつもりで席を立ったら、そこにシルビアがやって来た。


「アルト、ギルド長から聞いたわ。ヴィヴィオビストロ公爵領に行くんですって」


「そうなんだ。そこで行われる伯爵の結婚式に参加するグレイスの護衛と、予告状を送ってきたラパンの逮捕に協力しなきゃならないから、暫くはステラに帰ってこられないよ」


「安心して、私も同行することになったから」


「シルビアも?」


「ギルド長から言われたのよ。もしグレイスへの襲撃とラパンの出没の二つが同時に起こったら、アルト一人じゃ手が足りないだろうからってね」


 言われてみて気づく。

 一人で行っても二つの事には対処出来ない。

 更にはそこにオーリスへの協力も入ってくるので、絶対に一人じゃ無理だろうな。

 自分の担当する顧客二社で同時に不良が発生した時を思い出してしまった。

 二社の所在地はかけ離れており、どちからを取ればどちからは捨てるしかない状況だったのだ。

 結局面倒な方を自分で選別に行き、別の方を同僚にお願いした。

 今回もそんな状況だな。


「助かります。でも、危険ですよ」


「私はそれでも自分で何とか出来るけど、スターレットはどうするのよ?アルトがそれだけ長い期間ステラを留守にするなら、絶対に一緒に行くって言うわよ」


「うーん」


 スターレットの事は悩ましい。

 危険が小さいのなら同行するのはいいのだけれど、今回は国内最大級の危険が伴うはずだ。

 それでも彼女は同行するっていうだろうけど。


 そんなことを悩んでいたら、エルフのアスカがやってきた。


「アルト、お願いがあるんだけど」


「何でしょうか?これから長旅にでるから簡単な相談にかのれないけれど」


「そうかあ。実はこれから私もヴィヴィオビストロ公爵領に行くのよね。最近そこでダークエルフの目撃情報がいくつか上がっていて、エルフの里から調査の依頼が来たの。それで、本当にダークエルフがいたら自分も無事に帰ってこられる保証はないから、万が一の時は冒険者の宿にある荷物の処分をお願いしようと思ったのよね」


「奇遇ですね。実は自分もヴィヴィオビストロ公爵領に行くところだったんですよ。それにしてもダークエルフですか……」


 公差下限値ぎりぎりの金貨とダークエルフの組み合わせから嫌な予感しかしてこない。

 背景には黒衣の男がいる気がする。

 となると、これはかなりの難事件になってくるのではないだろうか。

 俺の悩みとは全く別世界のように、アスカはニコニコしながら


「じゃあ一緒にいけるんだね」


 とはしゃいでいる。

 俺としては現地でやる事がこれ以上増えるのは勘弁してほしいところだけれど、ひょっとしたら根っこは繋がっているのかもしれない。

 となると、どこから手を付けても全てを解決しないと終わらない気がしてきた。

 アスカはシルビアと道中のことで楽しそうに話しているが、俺の心はどんよりと曇っていた。


 そしてもう一つ頭を悩ませていることがある。

 オルタネーターベルトをどんな理由で同行させようかということだ。

 そこのとで頭を悩ませているうちに、時刻は夕方となってしまった。

 その日の依頼を終えて帰ってきたスターレットがやって来た。


「アルト、一緒に帰ろう」


「そうだね。食事をしながらこれからの事について話がしたいんだ」


 俺の言い方が良くなかったのか、スターレットは勘違いしたようで


「えっと、それってプロポーズ?それなら汚れた格好じゃなくて、一旦体を清めてからにしたいんだけど」


 と照れながら答える。

 そうじゃないので受け答えに非常に困る。


「ごめん、そうじゃないんだ。実は明後日にはステラを発ってヴィヴィオビストロ公爵領に行くことになったんだ。それで、その公爵領で色々と仕事があるから長期間不在になるんだけど、スターレットはどうするかなと思って。それを聞きたかったんだ。これからの事についてなんて紛らわしかったね」


「あ、私の方こそごめんなさい。早とちりしちゃって」


 スターレットは顔を真っ赤にして恥ずかしがった。

 それを見て、今後は言い方に気をつけようと心に誓う。


 結局話し合いの結果、スターレットも同行することとなって、大人数でヴィヴィオビストロ公爵領に向かう事になった。

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