第82話 わくらば 1

 冒険者ギルドの買取部門から言い争う声が聞こえてきた。

 冒険者ギルドの中に響き渡るような大声だ。

 一人は買取部門の責任者であるギャランだ。

 もう一人は随分と若そうな声である。

 その声の大きさから、前世での製造の班長と品管の担当者が製品の良不良の判断で言い争っていたのを思い出す。

 野次馬根性半分、仕事かもしれないなという気持ち半分で、声のする買取部門の方向へと足を向けた。


「そっちの鑑定が間違ってるんじゃないのかよ!」


「だから、何度も言うが間違ってねえんだよ。こいつは迷宮薬草モドキだ。迷宮薬草と違って薬になる効果はねえんだよ。買い取れん」


 やはり、ギャランと言い争っているのは少年だった。

 見た感じではやっとジョブが判明したくらいだろうか。

 冒険者になるにはまだ年齢が足りていないように見える。


「ギャラン、どうしたの?ギルド内に響き渡るような声を張り上げちゃって」


 赤箱のような色になっている顔のギャランに声をかける。


「このがきんちょが、迷宮薬草モドキを持ってきたから買い取れないって言ったんだが、迷宮薬草だって言ってきかねえんだよ」


「どれどれ」


 俺はギャランが買取カウンターに置いていた草を手に取って確認してみた。


「あー、これはモドキの方だね」


「だろう」


 味方を得たりとギャランは少年の方を見てフンと鼻を鳴らす。

 が、少年は自分の非を認めない。


「こいつだってお前とぐるかもしれないだろう」


 まあ確かに、冒険者ギルドの職員である俺がギャランの味方につけば、その公平性を疑われても仕方がないか。

 ここは迷宮薬草と迷宮薬草モドキの見分け方を説明しておこうか。


「ほら、葉っぱの先端が尖っているよね。これがモドキの特徴なんだ。本物の迷宮薬草なら先端は丸みを帯びているから。薬草の採取は初めてじゃないんでしょ?今まで見なかったの?冒険者ギルドだと初心者講習で教えてるんだよね」


 なんでそんなものが存在するのかわからないけど、紛らわしい類似品が本物の近くに生えてくる。

 神様のいたずらか、ダンジョンマスターの嫌がらせか。

 どちらにしても、性格か頭が悪そうだなというのが俺の感想だ。

 そんなことじゃ工程監査で指摘事項に上がってしまう。

 類似品の混入発生を防ぐための手段が講じられていないのはまずい。

 混入の流出対策として、俺が提案して初心者講習で見分け方を教えるようになったので、今のところ常時買取で揉めることは無くなってはいたので、久々の事案となる。


「そんなこと知るかよ。俺は冒険者じゃないんだから!」


 間違いを指摘されて怒りはじめる少年。

 理論で勝てなくなると感情で勝負するのはどこの世界でも一緒か。

 不良の指摘で反論できなくなった時の作業者と全く同じ行動だ。

 見慣れた光景ではある。


 そんなところにスターレットがやって来た。


「あれ、アルトが買取部門にいるなんて珍しいわね。何かあったの?」


「まあちょっとね。スターレットは?」


「迷宮帰り。素材の買取をお願いしに来たところよ」


「スターレットお姉ちゃん!」


 少年が突然スターレットの名前を呼ぶ。


「あら、デイズルークスじゃない。なんでこんなところにいるのよ?」


「知り合い?」


 俺が訊くとスターレットは頷いた。


「孤児院にいた後輩よ。まだ冒険者になれる歳じゃないと思ったけど」


 スターレットの目線がデイズルークスに向かうと、彼はここに来た理由を説明してくれた。


「素材の買取をしてもらおうと思ってここに来たんだ」


「冒険者でもないのに?」


「実は、迷宮近くの買取専門店で断られたんだ。迷宮薬草じゃなくて、迷宮薬草モドキだって言われて。買い叩こうとして嘘を言ってると思ったから、ここに来たんだよ」


 なるほど、デイズルークスがここに来た理由がわかった。

 余所でも断られたのか。

 当然だけど。


「ってか、なんであんたが迷宮にしか生えない迷宮薬草モドキを持っているのよ。冒険者でも無いのに」


 スターレットの質問に答えたがらないデイズルークス。


「まさか盗品?」


「違う!自分で採ってきたんだ!!」


 盗品との質問には強く反論するデイズルークス。


「どうやって迷宮内にはいったのよ?」


「運び屋として雇ってもらったんだ」


 と言い訳をするデイズルークス。

 スターレットは胡乱な物を感じ取ったようだ。


「運び屋が採取する時間なんて無いはずよ」


「それは……」


 スターレットの指摘にデイズルークスは言葉に詰まってしまった。


「盗んだのなら正直に言いなさい。一緒に謝りに行ってあげるから」


 今度は一転して優しい姉の表情になるスターレット。

 デイズルークスは観念して本当のことを話し始めた。


「冒険者にお金を払って、運び屋っていうことにして貰って迷宮の中に一緒に入ったんだ」


「なによそれ」


「最初は断られたんだけど、どうしても迷宮の中に入って薬草を採取したいってお願いしたら、お金を払えば運び屋として雇ったってことにしてくれるって言うから」


 迷宮の入り口はチェックが厳しいが、出口でのチェックは無いに等しい。

 何故なら入る時に確認しているからという前提があるからだ。

 工程保証度なんかでも見落としがちなところだな。

 デイズルークスみたいに嘘を言って入る人間もいれば、転移の魔法を使って迷宮内に移動して出てくるパターンもあるかもしれない。

 入る時に確認しているから、出る時は確認しなくても平気だというのは間違いだっていうのがわかった。


「その冒険者へのペナルティは後回しにするとして、なんで迷宮内に入って迷宮薬草を採取したかったのかな?」


 俺はデイズルークスへの聞き取りを開始した。

 異常作業の裏には必ず理由があるものだ。

 その理由を確認しない事には何度でも再発する。


「サクラのためにお金が必要なんだ」


「サクラ?」


 デイズルークスの言ったサクラというのが何なのかわからず聞き返すと、スターレットが代わりに教えてくれた。


「孤児院で一緒だった女の子よ。デイズルークスが妹のように可愛がっていたの」


「なるほどね。その妹のためにどうしてお金が必要なのかな?」


「10歳になって判明したサクラのジョブが病葉(わくらば)だったんだ」


「病葉?」


 聞き慣れないジョブが出てきた。

 なんだそれは?

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