第81話 彫刻機が出来た

 彫刻機が出来たという報告を受けたのはそれから一週間後の事であった。

 デボネアの店が開いていないという話を冒険者がしているのが聞こえてきたが、まさか一週間店を開けずにひたすら彫刻機を作っていたとは。

 それに、病気のエッセがどうなったのかも気になっている。

 ドワーフは体が頑丈だし、死ぬようなことは無いと思うけど、髭が全部真っ白になるくらい疲れているかもしれないな。


 そんなことを考えていたら、スターレットがやってきた。

 カウンター越しに腕をつかまれ、


「アルト、デボネアが呼んでる。一緒にお店まで来て」


 と言われた。


「なんで自分で来ないのかな?」


 デボネアが自分で来ればいいものを、何故スターレットが代わりに来たのだろうか。

 頭の上にはてなマークが浮かぶ。


「アルトが来るまでに、もっと調整したいって言ってたよ」


「調整することなんてあるの?」


「あの機械よ。ほら、デボネアになんか説明していたじゃない」


「ああ、彫刻機ね。それにしても、なんでスターレットがそんなお使いを頼まれるのさ?」


「いつまでたってもお店が開かないから、剣を研ぐことが出来ないの。それで、乗り込んでみたらただで研いでやるからアルトを呼んできてくれって言われたのよ」


 デボネアの店は冒険者に人気があり、そこが一週間も休業していては困るか。

 武器や防具のメンテナンスが出来なければ、冒険者の命に関わることにもなりかねない。

 冒険者ギルドとしては、見過ごせない事態だな。


「わかった。行こうか」


 カウンター越しに掴まれた腕をはなしてもらい、一緒に冒険者ギルドから出た。

 正直、俺もデボネアが作った彫刻機には興味がある。

 原版はいわばプログラムであり、それがあることで同じものが何個も作れるようになる。

 大量生産をするための機械が誕生すれば、この世界の生産の仕組みも変わってくるだろう。

 その変化を見てみたいのだ。


 そしてデボネアの店に到着した。

 相変わらず店には閉店の表示が掲げられている。


「デボネア、アルトを連れてきたよー」


「おう、こっちじゃ」


 スターレットの呼びかけに奥から応えるデボネア。

 店の奥にある工房に行ってみると、そこにはデボネアとエッセがいた。

 エッセは生き生きとしているが、なんかすごくやつれていた。


「アルト、出来たぞい」


 子供のような笑みで俺に彫刻機を見せてくるデボネア。

 動力は足踏み式ペダルになっている。

 ペダルを踏んで上下させることで、その動きを回転運動に変換してベルトを動かす仕組みだ。

 そう言ってしまうと、旋盤と変わりない。

 主軸が縦向きか横向きかの違いでしかないな。

 旋盤にも、縦旋盤っていうのがあるけど。


「あー、出来を確認する前にエッセの体調を確認したいんですけど……」


「ボクナラ、ダイジョウブダヨ」


 ハイライトの消えた目で笑顔を見せるエッセ。

 なんというか、狂信者のように見える。

 まあ、死にそうにはないからいいか。


「ドワーフは新しい加工方法を見つけると寿命が100年伸びると言うたじゃろ。エッセもこいつのお陰で病気も治って寿命も伸びたんじゃよ」


 彫刻機を指差すデボネア。

 しかし、俺にはそうは思えなかった。


「いや、寿命が縮んだようにしか見えないんだけど」


「それは機械に魂を刻んだからそう見えるだけじゃ」


「はぁ……」


 だめだ、全てをポジティブに受け止めすぎてて、エッセの体調は回復したとしか考えていない。

 もはやどうやっても説得は無理だと悟りあきらめた。

 エッセも動いているならそれでいい。

 彫刻機の出来を確認させてもらおうか。


「動力は足踏み式のようだけど」


「そうじゃ。賢者の石でもあれば、人力なんぞに頼らなくても済むんじゃが。アルトなら賢者の石を作れたりせんかのう?」


「いや、残念だけど作れはしないんだ」


「そうか、残念じゃのう。わしが作り方を知っていれば、何を置いてもつくるんじゃが」


「アハハ…………」


 乾いた笑いが思わず出た。

 作り方はわからないけど、素材は聖女なのでグレイスから作り出せる。

 しかし、それを教えてしまうとグレイスの身が危ない。

 エッセの様子を見れば、デボネアとエッセは間違いなくグレイスを狙うだろう。


「無いものを当てにしてみても仕方ないから、ある動力でやってみようかってことだよね」


 なるべく賢者の石から離れるようにしないと。

 と考えて、話題を変えてみるようにチャレンジしてみた。


「そうじゃ。しかし、針でなぞるという性質から、水車を使った方法は採用できんっかったのじゃ。あれは振動が大きすぎての。針が原版から飛んでしまうんじゃ」


「それは確かにねえ。でもドワーフの技術力をもってしても、水の振動を抑える事は出来なかったんだ」


「これは随分と挑発してくれるのう。振動を吸収する仕組みを組み込むことは難しいわい。それが出来るなら馬車の乗り心地なんぞ、今よりもっとよくなっとるわい」


「そうだよね。ただ、普通にやっていても針は飛んじゃうことあるよね」


「そんなのはドワーフにはおらんわい。一度針の飛ぶ感覚を経験すれば、次からは飛ぶ前に針の動きをコントロール出来るようになるわい。のう、エッセ」


「トウゼン、デスヨ」


 白い歯をみせてニカッと笑うエッセ。

 前世じゃベテランの作業者でも、たまに針が原版から外れて不良品を作っていたのだけど、それがないとなるとドワーフの技術力は高いとなる。

 事実高いのだが、手加工で作成したプーリーにベルトをかけて動かす工作機械で、その振動が21世紀の日本の物に勝っているとは思えない。

 となると、凄いのは振動を感じ取って工作機械の動作を制御する彼らの手感となる。

 まあ、汎用の彫刻機は20世紀のものか。

 新規で購入できるのか今となっては調べる手段も無いが、前世でも新規で購入したというのは聞いたことが無い。

 自分のうまれる遥か前の昭和の時代に作られたものが、平成・令和と生き残っていただけに過ぎない。

 その辺は汎用旋盤と一緒か。

 作りが単純だから、消耗品を交換するだけで長く使える。

 今では引退してしまったような小さな鉄工所の社長たちが、起業時に購入したものが購入者はいなくなっても、その会社で現役で稼働しているのはグッとくるものがあるな。


 おっと、感傷的になっている場合じゃない。


「実際に加工してもらえますか?」


「勿論じゃ。エッセ、ペダルを頼む」


「えー、僕にも加工させてくださいよ」


「駄目じゃ。こいつはおぬしにはまだ早い」


 適当な理由をつけてはいるが、単にデボネアが使いたいだけなのだろう。

 エッセは諦めてペダルの方へと移動した。

 デボネアが木材を彫刻機のテーブルに固定する。


「いきますよ」


「おう!」


 エッセがペダルを踏み始めると、それに連動して主軸が回転し始めた。

 回転が安定したところで刃具を木材に当てると、木くずが飛び始める。

 材料が削れている証拠だ。


「随分と柔らかそうな木ですね」


「ああ、こいつはカリュウといってな。木の中では柔らかい種類なんじゃよ。その分刃具が当たった時に逃げるから、それはそれで加工が難しくもあるんじゃが」


「わかりますよ。鉄だって柔らかすぎるとかえって加工がしづらいもんですから」


 鉄もSS400なんていう柔らかいものよりも、S45CやS50Cみたいな炭素含有量が大きい方が加工者には好まれる。

 柔らかければ加工しやすいなんてことはないのだ。

 原版に従って主軸が動き、一周したところでテーブルの高さを上げる。

 テーブルの高さはネジで調整出来るようになっており、これで徐々に深いところを削ってくことが出来るのだ。

 NCなら自動なんだけど、そんなものはここには無い。

 みるみるうちに木が加工されて洗濯ばさみの片割れの形となった。

 ただし、外周のみであるが。


「あとはこれを立てて、今横になっている面を削ってやれば洗濯ばさみの完成じゃ」


「組み立てはしてないけどね」


 と釘をさしておいた。

 削って終わりじゃないからだ。

 加工が終わったものをデボネアに手渡されて、その出来を確認するが市販のものと比較してそん色はないと思えた。


「うーん、これなら問題ないけど、彫刻機よりも先にボール盤を作るべきだったかなあ。穴あけの方が需要がありそうなんだけど」


「ボール盤?なんじゃそれは」


「彫刻機と違って主軸が上下にしか動かない工作機械ですよ。その分仕組みは簡単ですけど。基本的な動作は彫刻機と同じでプーリーにベルトをかけて主軸を回転させるんです」


 ボール盤はZ方向のみの加工しか出来ない。

 彫刻機はXY方向の加工しか出来ない。

 それぞれの特性を活かした加工をすることになる。


「なるほど、今度はそのボール盤とやらを作るってみるか。のう、エッセ」


「いや、僕用の彫刻機が欲しいんですけど……」


「なに、ボール盤はおぬしに優先的に使わせてやるわい」


「本当ですか!」


 そんなやり取りが始まったので、俺はスターレットと一緒に店を出ることにした。

 ここにいても、これ以上俺がすることはない。


 しかし、スターレットは違った。


「デボネア、約束した剣を研ぐのやってくれるのよね?」


「ボール盤が優先じゃ。その後にでもやっておくわい」


 新しいやりがいを見つけてしまったデボネアは、スターレットの剣を研ぐどころではない。

 たぶんまた店は閉めたままになるんだろうな。


「それだとまた冒険者ギルドで依頼を受けられないじゃない!」


 泣きそうなスターレットに俺から提案をした。


「デボネアに教えてもらって、剣の研ぎ方は作業標準書になっているから、スターレットの剣は俺が研ぐよ」


「本当に!?」


 スターレットの顔がパッと明るくなった。

 が、すぐに元通りになる。


「でも、デボネアだったら無料の約束だったのに」


「スターレットからお金は取らないよ。デボネアの無料分は次回にまわそう」


「そう。それならアルトにお願いしようかな」


 こうして俺はスターレットの剣を研ぐことになった。


 そして後日、あまりにも店を閉めてて仕事をしないデボネアが、奥さんに張り倒されたと風の噂に聞いた。

 エッセは過労でダウンしたそうだ。


 そんな話を聞いたある日の午後。

 相談者もいなく、暇な冒険者ギルドの相談窓口にて。


「新しい加工方向はドワーフの寿命を伸ばすどころか、極端に縮めているよなあ」


 俺は過労死した前世を思い出しながら、午後の眠気と戦うためのコーヒーを一気に飲み干した。

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