第83話 わくらば 2

「ジョブが判明したとたんにサクラは病気になってしまって」


「病葉か」


「ねえ、それってどういうこと?」


 スターレットに訊かれたので、病葉について教える。


「病気の葉っぱのことだよ。他が緑色なのに一枚だけ枯れていたり、黄色く変色しているものがあるじゃない。わくらばっていうとそれが思い付いたんだ。サクラって子は今でも病気なんでしょ?」


「そうだ」


 とデイズルークスは認めた。

 そして続ける。


「孤児院だと治療費が無いんだ。お金はみんなのご飯で精一杯だから、サクラの治療に使っちゃうと他の奴らがご飯を食べられなくなる。だから、俺とサクラが孤児院を出ることにしたんだ」


「病葉を取り除くことで健康な葉が生き残るとか、まんまだね」


「アルト、なんとか出来ないの?」


 スターレットにお願いされては断るわけには行かない。


「まずはサクラって子の様子を見てみようか。判断するのはそれからだね」


 何事も三現主義です。

 そんなわけで、デイズルークスに案内してもらい、彼らの住み処へと向かう。

 方向はステラのスラム街だ。

 近づくにつれて次第に空気が悪くなっていく。

 臭いとかではなく、周囲から伝わってくる雰囲気がという意味だ。


 そして、本格的に治安の悪そうな場所まで来る。

 物盗りとおぼしき連中から、こちらの懐具合を値踏みするような視線が投げられてくるのを無視して、薬物中毒と娼婦の間を歩いていく。

 そしてすぐに目的の場所についた。


「ここです」


 デイズルークスが指差すのは、廃材を集めただけのとても家とはいえないようなものだった。

 壁が中途半端なので、外からでもそこに横たわっている少女が見えた。


「こんなところに病人を寝かせているの」


 スターレットはやや強めの口調となる。


「お金がほとんど無いし、それに子供だと宿もアパートも借してもらえないんだよ」


「だったら、私みたいな孤児院の卒院生を頼ったりしなさいよ。少しは頭を使いなさい」


 スターレットがお姉さんモードになってデイズルークスを説教する。

 確かに思いつきで突っ走るのは見ていて危ないので、ここいらで一度釘を刺されておいた方がいいな。


 一通りスターレットの説教が終わったところで、いよいよサクラとの対面となる。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 中から蚊の鳴くような声が帰ってきた。

 見える位置まで近づくとよくわかるが、その声の主は声のままの色白の痩せた少女だった。


「サクラ、久しぶりね」


「スターレット!?」


「そうよ。覚えていてくれたのね」


 サクラの方もスターレットの事を覚えていたようだ。

 ふたりは抱き合って再会を喜ぶ。

 スターレットの頬に光る筋が見えたような気がした。


「どうしてここにスターレットが?それに、後ろの人は?」


「デイズルークスと偶々行き会ってね。それでサクラが病気だからっていうから、後ろの人を連れてきて診察してもらおうとおもったの。アルトよ」


「はじめまして」


 俺の挨拶にはおっかなびっくりと会釈で返された。


「支払うお金なんて無いよ」


 サクラはスターレットに困った貌で言う。

 スターレットは首を横に振る。


「大丈夫、アルトは私の恋人だからお金なんていらないの」


「恋人!!」


 恋人という単語にサクラの頬がにわかに赤くなる。

 先程までとはうってかわって、興味津々と俺を見つめてくる。

 なんというか、むず痒い。


「はいはい、そういうわけで診察させてもらいますよ」


 スターレットにどいてもらって、俺がサクラの正面に立つと彼女が訊いてくる。


「医者なの?」


「いや、違うよ。でも、診察はできるんだ」


 そう返事をしてサクラの身体を診察し始めた。

 微熱と倦怠感がみられるが、他に大きな問題はない事がわかる。

 ただまあ、これだと仕事をするのは難しいかな。

 安静にしていましょうという状態だ。


「微熱と倦怠感以外に異常はみられないね。命に別条があるとかいうわけではないよ。ただし……」


「「「ただし?」」」


 三人の声がハモる。


「ジョブの鑑定をさせてもらうからね」


「そんな事も出来るの?」


「そうよ、アルトはなんだって出来るんだから」


 俺の代わりにスターレットが胸を張って答える。

 そっちはスターレットに任せておいて、俺はサクラのジョブを鑑定してみた。


「病葉ってジョブは病気の状態が継続するみたいだね。状態異常のデバフがずっと継続されるわけだね」


 俺の言葉にサクラの表情が曇って押し黙ってしまった。

 それと対照的にデイズルークスは怒りを隠さないで俺に突っかかる。


「それって一生だっていうのかよ!なんでだ!?」


「それは神が決めたことで、俺に言われても困るんだけど……」


 興奮したデイズルークスをスターレットが引きはがしてくれて、俺はその続きを説明する。


「ただし、死ぬような大病になるわけじゃない。むしろ、かるい症状が続くだけで長生きする可能性が高いらしいよ。それに、病弱な事でみんなに大切にされて愛される人生を歩めるとも」


 ペナルティを受ける分、メリットもあるという事か。

 それがメリットと感じるかどうかは本人次第だけど。

 これは役職というよりも役割みたいなジョブだな。

 漫画やゲームの病弱ヒロインの立ち位置だものなあ。


 ただ、現実でもそんな話はあった。

 工場にいた作業者で、奥さんが寝たきりになったまま30年看病をしているっていう人がいた。

 子供が小さかった時に寝たきりになってしまい、育児と看病を一人でやっていたのだが、本人は不幸だとは考えてはいなかった。

 どちらかといえば幸せですよと言っていたのだ。

 そんな奥さんよりも俺の方が先に死んでしまったので、人生何があるのかわからない。


 サクラの場合は寝たきりでもないので、もっと添い遂げるのは楽だと思う。

 子供が作れないってわけでもなさそうだし。

 出産に身体が耐えられるのかというと、ジョブの補正で普通の人よりもリスクは低いと思う。


「なんだよそれ。サクラの事を好きな誰かがどんどん出てくるって事かよ!」


 今度は別件で怒り始めるデイズルークス。

 恋のライバルが出てくるとなったら、気が気でないよね。

 でも、ここでの愛は家族愛に近いと思うんだ。


「わかったわ、ふたりとも私のところに来なさい。一緒に住むわよ」


 とスターレットが提案した。

 俺は内心で「ほらね」と思った。

 後輩っていうのもあるんだろうけど、放っておけない気持ちにさせる補正が働いでいるはずだ。


「でも……」


 サクラは遠慮するが、スターレットが強引に手を引いて歩き始める。


「病人がこんなところで寝ていていいわけないでしょ。屋根と壁があるところに行くの」

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