第73話 暗殺の暫定対策
さて、オーランドの娘であるジャーニーが生きている事はわかった。
ではそれをどうやって探すのかっていうことだが、行方不明の人間を探し出す便利なスキルは無い。
「こういう時は三現主義か」
「三現主義?」
オーランドは聞きなれない言葉に、不思議そうな顔をする。
三現主義とは現場・現物・現実という三つの現を指す言葉だ。
不良が出た時に現場を見て、現物を見て、現実を見て、なぜ不良が出たのかを確認することで、真の対策ができるというものである。
警察でも事件が起きれば現場を確認するが、要はみなそれが大切であるということだ。
「犯行現場、ジャーニーが連れ去られた場所を確認したいんだけど」
オーランドに訊ねたが、彼はどこで娘がさらわれたのか知らなかった。
当然か。
「こういうときは目撃情報を集めるのよ」
シルビアがアドバイスをしてくれる。
流石は元ベテラン冒険者だな。
過去には人探しの依頼も受けて、こうした経験があるのだろう。
こういう時は頼もしい仲間だ。
暴力を振るうのを止めてくれたら最高なんだけど、そこが玉に瑕だね。
「じゃあ早速目撃情報を集めに行こうか」
「あてはあるの?」
「うっ」
シルビアに言われて言葉に詰まる。
発生場所がわからないのに目撃情報を集めようとしても、ステラの街全体では範囲が広すぎる。
時間にも余裕がないので、悠長にしらみつぶしにとは出来ない。
「こういう時は犯罪ギルドを使うのよ」
「犯罪ギルドを?」
シルビアの言葉が理解できなかった。
なので、オウム返しに聞き返す。
「街にいる物乞いなんかは、みんな犯罪ギルドの管理下にあるのよ。彼等から上がってくる情報に金を払い、そしてその情報を他に高く売りつける。そうすることで利益を出しているのよ。もっとも、自分達で恐喝に使ったりする方が多いでしょうけどね」
「なるほどね。街の情報屋ってわけだね」
「そうよ。だから金を出せば欲しい情報は手に入るのよ。特に人さらいとか貴族の逢瀬とかね」
シルビアの話にオーランドも頷いている。
正しい情報の入手方法なんだな。
監視カメラの無い社会じゃ、彼等のような存在は貴重な情報源となるか。
今後の為にも覚えておこう。
「で、その犯罪ギルドはどこにあるのかな?」
俺の質問にオーランドが答える。
「貧民街にあるオルタネーターっていう酒場があって、そこに犯罪ギルドのボスがいるはずだ。一階の酒場でカウンターの女に俺の名前を出せば、ボスに取り次いでくれるはずだ」
「オルタネーターだね。わかったよ」
ギルド長に事情を話して、冒険者ギルドでオーランドをかくまってもらう。
そして俺たち三人は貧民街にあるというオルタネーターへと向かった。
メイン道路から貧民街に足を踏み入れると、一気に周囲の雰囲気が変わった。
悪臭が鼻を突き、路上では人相の悪い男達と、薄着の女達をよく見かけるようになった。
男達はおそらく物盗りの類だな。
隙を見せたらみぐるみをはがされそうだ。
それに、下卑た笑みを浮かべながらシルビアとスターレットを見てくる。
二人とも当然その視線に気づいて不快な表情を浮かべる。
「寄ってきたらぶん殴ってやるんだけど」
殺気を放つシルビアに言い寄ってくる命知らずはいなかった。
彼らは相手の実力を推し量る能力に長けており、叶わぬ相手には向かってこない。
野生動物並みの嗅覚だな。
女達は娼婦で間違いないだろう。
ただ、どうも一般的な娼館とは違う雰囲気を感じる。
こちらが裸になったところで、美人局のように男が乱入してくるか、それとも睡眠薬を飲まされてという昏睡強盗の手口でくるかだろう。
スケベ心が命取りになるやつだな。
そんなかんじで、治安が悪いのが一目でわかる。
冒険者ギルドにいる面々もかなりあれだが、ここは更にそれを煮詰めたような場所だ。
いうなれば、一般街は通常の生産ラインだとすると、貧民街は選別で弾いた製品を手直しするか、廃却するかの瀬戸際が集まる品管の測定室だな。
この説明が一般的かはわからないけど、伝わると思う。
そんな雰囲気の悪い中を歩き、目的の酒場であるオルタネーターに到着した。
昼間だが営業をしているようで、店の前にはいかつい顔をした体格の良いバウンサーが二人立っている。
俺たちが店に入ろうとすると、入り口の前に立って入るのを止めてきた。
「なんの御用で?」
野太い声で質問してくる。
「客よ」
シルビアが答えると
「ドレスコード違反だな。お帰り下さい」
と言ってどかない。
「どきなさい、客よ。それもとびっきりのね」
シルビアもバウンサーを挑発するように顔を相手にグイっと近づける。
見ているこちらはハラハラする。
多分、さっきまで男達のいやらしい目線にさらされていたことで、イライラが溜まっているから暴れたいんだろうな。
ここで暴れられて話がこじれても困る。
俺は間に割って入った。
「オーランドからの紹介でここに来ました。中に入れてもらえますよね?」
オーランドの名前を出すとバウンサーの二人はお互いの顔を見た。
そして一瞬の沈黙があった後で
「どうぞ中へ」
と俺たちを中へと案内してくれた。
「ふん、最初からそうしていればいいのよ」
シルビアは相手を不動明王の阿遮一睨よろしく睨んでから中へと入った。
俺はその後ろをついていく。
中に入ると甘ったるい臭いが鼻を突いた。
「麻薬ね」
シルビアは顔をしかめた。
そうか、この甘ったるい臭いは麻薬を吸うときの煙の臭いか。
店の中を見回すと、目の焦点があってない客が何人かいる。
紙巻きたばこのような棒に火がついており、その煙を吸っているのが見えた。
まったくもって不健全だな。
「よく麻薬ってわかったね」
と俺が言うと、シルビアは忌々しそうに
「昔ね、やっぱり行方不明になった子供の捜索依頼を受けたんだけど、その時見つけた場所がこんな臭いがする所だったわ。子供は麻薬漬けで廃人同然。薬で思考を奪って娼婦として働かせていたの。助け出した後は、厚生施設に入れたみたいだったけど。その後は知らないわ」
と過去の事を語ってくれた。
結構重たい話だ。
「犯人は?」
「誘拐組織は壊滅させたわ。でも麻薬の流通ルートはわからなかった。そこまでは依頼の範囲外だしね。衛兵たちが追ったみたいだけど、結局はわからずじまい。そして今もこうして流通しているの。彼らも本気で追及したのかはわからないけど」
最後の一言が気になった。
「本気じゃなかったと?」
「どこにでも賄賂を受け取る役人はいるわよ。それに大きな犯罪組織なら、役人を脅迫する事だって出来るわ。どちらの手段を使ったのかはわからないけど、捜査は中途半端に打ち切られた。何らかの力が加わったと考えるのが合理的でしょ。それにこれはよくある話」
よくある話か。
ただ、製造業では不良を出したときに袖の下でもみ消すなんて事は無かったので、それだけ社会よりも健全だったわけだ。
何度か金でもみ消せるならそうしたいと思ったこともあったが、金を受け取ってくれるような客先の担当者はいなかった。
それだけ品質に対して真面目に取り組んでいたっていう事だな。
「役人が腐っているのはいつの時代も一緒よ。で、注文は?」
カウンターにいる婀娜な女性が注文を訊いてくる。
艶のある長い黒髪に真っ赤な唇と、胸の谷間を強調するようにおおきくはだけた黒い服。
色っぽいと感じて鼻の下を伸ばすか、危険だと感じて警戒するか。
個人によって別れるだろうけど、俺には彼女に蜘蛛のような肉食動物の気配が感じられて、どうしても警戒心を解けない。
「オーランドからの紹介で、ボスに取り次いでもらいたいんだけど」
「あら珍しいわね。オーランドからの紹介なんて。彼って他人との付き合いが下手でしょ。よく、この店を紹介してくれるまでの仲になったわね。恋人とか?」
どこまで本気かわからないが、値踏みされてるような視線を感じる。
そして
「ついてらっしゃい」
彼女はカウンターの中から出ると、二階へと続く階段を登っていく。
カウンターで気づかなかったが服は黒のロングドレスで背中も大きく空いており、下半身は腰の辺りまでの大きなスリットとなっている。
そのスリットから覗く太ももは世の男を魅了しそうなもんだが、残念なことにその太ももにはダガーナイフがついている。
身のこなしをみるに相当腕もたちそうで、下手に手を出せば命はないな。
いつダガーナイフが抜かれるかドキドキしながら見ていると、スターレットに服を引っ張られた。
「アルトはああいう格好が好きなの?」
予想もしていなかった質問が来た。
「いや、そんなことないよ。どうしてそんな風に思ったの?」
「だってさっきからじろじろ見てるじゃない」
それはダガーナイフが目に入ったからです。
スケベ心は1マイクロメートルもございません。
「スターレット、ほら彼女の太ももにダガーナイフがあるじゃない。あれがいつこっちに向かってこないかって警戒しているんだよ。それに、肌の露出が多いのはシルビアで間に合っているから」
そう説明するとシルビアが間髪を入れず
「そうよ。アルトはスターレットの貧弱な体に満足できなくて、あたしで満たされているの」
とスターレットをからかった。
「そんなことないから。アルトからも何か言ってよ」
「今はそういう言い争いをしている場合じゃないと思うんだ」
オーランドの娘の命がかかっているので、おふざけをする雰囲気ではない。
シルビアに視線でちょっかいを出さないでって訴えると、彼女は舌を出して笑った。
「ここがどこだか知っていて、それでも余裕なのね」
前を歩く女性がくすりと笑う。
そして階段の突き当りの部屋のドアに前で立ち止まると、ドアをノックした。
「入ってよい」
中から男の声がして、女性がドアを開けて俺たちを中へと案内してくれる。
部屋の中には豪華な机と椅子があり、その椅子に中年の太った男が座っていた。
顔には左頬に刃物で斬られた傷があり、いかにも悪人ですという鋭い目つきである。
が、なにか違和感を感じる。
それはシルビアも同様だった。
「これがボス?悪いけど彼女の方がよっぽどオーラがあるわよ」
シルビアの指摘に、ここまで案内してくれた女性がニヤリと笑った。
「ガゼール、お前は貫禄が足りないってよ」
「シーマ様と比べられたら誰だって貫禄不足ですぜ」
男の方がやれやれと後頭部をかいた。
「試したわけじゃないのよ。こういう稼業をしていると敵が多くてね。女だと舐められるじゃない。ま、舐めたやつはみんな土の下にいるけど」
シーマは指で床を指す。
やはり、手を出すとやけどどころじゃないな。
「で、オーランドが何の用件で紹介したのかしら?子供の誘拐とか?」
シーマはいきなり核心をついてきた。
「その通りなんだけど、よくわかりましたね」
「ギルドの情報収集能力を見くびってもらっては困るわ。一昨日10歳くらいの女の子が誘拐された。外見からオーランドの娘である可能性が高いと判断したまでよ」
ガゼールが椅子からたち、代わってそこにシーマが座る。
「まさか、街の住人の特徴を網羅してるの?」
「まさか。そんなことは出来ないわよ。ただ、組織に関係した人物の家族は把握しておく必要があるでしょ。今回みたいに誘拐されて交渉材料にされることもあれば、親や兄弟の仇として向かって来るのもいる。ギルドの運営も楽じゃないのよ」
シーマは大袈裟に肩をすくめてみせた。
その仕草からり大変さが伝わってこない。
「そこまでわかっているなら、監禁場所も調べてあるんでしょうね?」
腕組みをして仁王立ちになったシルビアが、シーマを睨み付けた。
なんでこんなに機嫌が悪いんだろうか?
「ええ、うちの構成員を張り付かせて監視させているわ」
「乗り込まないのね」
「相手の背景もわからないし、オーランドからは何も言ってこなかったからね。でも、言ってきたら協力できるようにしておいたのよ。引退したとはいえ元うちの構成員だからね。その身内に手を出した奴にはケジメを取らせるわ」
シーマは親指で首を斬る仕草をして見せる。
「わかりました。それではその場所を教えてください」
俺がそういうと、シーマは不思議そうな顔をした。
「あなたたち、オーランドのなんなの?」
「暗殺対象ですね。今は子供の救出を依頼されて動いていますけど」
「暗殺されそうになったのに、そいつの娘を救出しようっていうのかい?」
「はい」
「そりゃまたどうして?襲ってきたオーランドは返り討ちにあったんだろ。それならそこで終わりじゃないか。それとも、オーランドに対しての同情か?」
「同情もあるけどそれだけじゃない。オーランドを撃退は暫定対策でしかないからね。恒久対策をするためには、今回の暗殺をする原因になった連中を突き止めないとならないんだ。だから、娘さんの救出はやらなければならない事なんですよ」
「暫定対策ねえ」
シーマはそういうと黙思する。
そして、考えがまとまったようだ。
「我々のギルドも今まで敵対してきた奴らを始末してきたけど、それは全て目の前の事象への暫定対策だったわけだね。その先にある、なぜ敵対してきたのかを確かめて、対応するべきだったわけだ。それに気づかなかったお陰で、雨後の筍のようにわいてくる敵と戦い続ける羽目になったんだね」
「そうです。暫定対策はその場しのぎでしかありません。真因、真の原因を突き止めてこそ有効な恒久対策がうてます」
犯罪ギルドのボスであるシーマに、暫定対策と恒久対策の違いを説明する。
世の中、割りと暫定対策で満足しちゃって、その先に進まない事が多いと感じる。
不良が出ても選別が終わったらそこで終了という訳にはいかない。
恒久対策が出来るまではなんからかの暫定対策が必要になる。
それがダブルチェックなのか、着荷検査なのか、簡易治具なのかはその時によるけど。
向かってくる敵を倒して終わりではなく、なぜ向かって来たかを分析して、その原因を取り除くことが真の対策となるわけだ。
それが出来ないと慢性不良みたく、組織がどんどん疲弊してしまう。
シーマにそれをわかってもらえたようだ。
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