第72話 暗殺に至るなぜなぜ分析

 オーランドの話では引退後娘と二人暮らしをしていたが、最近になって娘が誘拐されて、解放する条件として俺の暗殺を成功させることという条件が提示されたそうだ。


「犯人に心当たりは?」


 俺はオーランドに訊く。

 が、彼は首を振った。


「恨みを買う事はあっても、こんな強引な依頼をしてくる奴に心当たりはない。あんたの方こそ心当たりがあるんじゃないか?」


 逆に俺が質問された。

 正直色々とある。


「殆ど逆恨みでしょうけど、いくつかの顔は浮かびますね」


 思い当たる顔が浮かんでは消えていく。


「相手は単独犯なの?」


 今度はシルビアがオーランドに訊ねた。


「わからんが、多分単独犯ではないだろうな。誘拐っていうのは一人でやるのは難しい。攫ったあとでどうやって運ぶかってなるからな。たいていは馬車を使うが最低でも見張りと御者は必要だろ。殺してから連れ去るなら別だが、犯行現場と思われるところに血痕はなかった。気絶させて連れ去るにしても嬰児でもないなら目立つ。それに俺の事を知っているならどこかしらの組織には所属しているだろうよ。単独で動くとなれば組織からの制裁も覚悟しなきゃならない。なにせ、俺は大人しく暗殺を実行して、娘を返してもらったらそれ以上は詮索しないなんてことはないからな。みんなそんなことは知っているだろ」


 当然知っている知識として扱われても、俺はオーランドなんて初めて知ったのでそれが常識なのかどうか判断できない。

 が、シルビアがうんうんと頷いているのを見ると、そういうことなんだろうなと納得した。


 俺は咳払いをして話を進める。


「つまり、なぜ俺を暗殺しようとしたのかというと、子供を誘拐されて人質に取られているから逆らえなかったと」


「ああそうだ」


「それで娘を取り返してもらいたい。ただまあ、殺されている可能性が高いけどな」


 オーランドは諦念の表情を浮かべる。


「どうして?」


「監視役がいるだろうし、そいつが暗殺失敗を報告しているだろう。そうなれば俺はお前たちに殺され、娘を俺への切り札として取っておく意味が無くなる」


「それじゃあどうして取り返してもらいたいなんてことを?」


「親としては最後まで諦められない。理屈と感情は別物だってことだな。心のどこかでは生きているはずと思っている。いや、願っているかな。ただ、裏稼業の経験からは駄目だろうと判断している。矛盾だな」


 オーランドは自虐的に笑う。

 俺は前世も含めて子供を持ったことが無いから、親の気持ちなんて本当のところはわからないが、きっとどこまでいっても子供の無事を願う事を止めないんだろうというのはわかる気がする。

 親よりも先に死んでしまった前世を思い出し、ちょっと親に今はこちらで元気にやっているよと手紙でも書きたくなった。

 ただまあ、実際に手紙を届ける手段が有ったら、今度は顔を見たいなんていうことになるだろうな。

 手紙という連絡手段があることで隔靴掻痒となるわけで、それならない方がいいのか?

 いや、それでも生きているという連絡があった方がいいのか?

 やはり親にならないとわからないな。


 余談ではあるが、工場作業者着用義務の安全靴は外からの衝撃に対してとても強いので、靴の上からかゆい個所を掻こうとしてもなんの感覚も伝わって来ない。

 リアルに隔靴掻痒を味わえるぞ。


 そんなことを思っていたら目の前のオーランドが哀れになった。

 今さっきまで命を狙われていたのだが、もう彼に対して怒りはない。


「事情を訊いてしまったからには放置する訳にもいかないかな?」


 俺はシルビアとスターレットを見た。

 2人とも拳を胸の前で握って、力強く頷いて見せた。

 よかった、二人とも協力してくれる。

 というか、ここでオーランドを見捨てたら、俺も二人から見捨てられていたかもしれないな。


「よし、じゃあまずはオーランドを冒険者ギルドに連れていこう。ここじゃ目立ちすぎるからね」


 オーランドを捕まえた体で、冒険者ギルドに連れていく事にした。

 監視役の気配を探ってみたが、既にこの場を去ったのか怪しい気配は無かったので、そちらを追跡するというのは諦める。


 場所は変わって冒険者ギルド。

 ここの応接室にオーランドを連れ込んで、彼を捕縛していた縄をほどく。


「いいの?」


 スターレットが不安そうに俺の顔を見た。


「武器は持っていないし、何かするつもりなら娘さんの事を諦めなきゃならないからね。今の彼にそんな気配は感じられないよ」


 そう言ったが、スターレットはオーランドに対して警戒を緩めていない。

 シルビアも警戒はしているが、彼女の場合は普段の行動だ。

 常に隙が無いのは銀等級の冒険者としての所作だろう。


「大丈夫よスターレット。アルトならオーランドが完全武装していたとしても、後れを取る事はないわ。もしそうなら今頃通りで冷たくなっているはずよ」


 シルビアはスターレットをなだめるような視線を送る。

 その言葉でスターレットも納得したようだ。


「さてと、じゃあまずは娘さんの名前を教えてください。それと外見的特徴も」


 俺がオーランドにそう言うと、彼が娘について喋り始めた。


「名前はジャーニー。年齢は10歳で体つきは標準的な10歳だ。髪は茶髪で後ろで縛っているが、そんなに長くはない。うなじ程度までの長さしかないな」


 訊いてはみたが、そんなに特徴は無いな。

 標準体型だし、茶髪は結構な頻度で存在する。

 似顔絵を描かせようかと思ったが、オーランドが絵は苦手だというので代わりの案を出す。


「脳内の記憶を読み取らせてもらってもいいですかね?そこで見た記憶を元に俺の方で似顔絵を描きましょう」


 記憶を読み取らせてもらうという発言に、オーランドは怪訝そうな顔になるが、直ぐに娘を助けるためにはそれしかないと承諾してくれた。


「じゃあ読み取りますね」


 俺はオーランドの額に手を当てた。

 勿論、作業標準書で使えるようになったスキルだ。

 宮廷魔術師クラスが使う魔法なのだが、以前金等級の魔術師に色々な魔法を教えてもらった時に、その一つとして習得している。

 それを使って彼の頭の中をのぞく。

 やる気になれば過去の犯罪とかも確認できるのだが、今回はそれはしない。

 本来の使い方は犯罪捜査で犯人や容疑者が自白しない場合や、戦争で得た捕虜の持っている情報を確認するために使うので、これが使えるのがばれると国家に引っ張られる可能性がある。

 割と取り扱いが面倒なスキルなのだ。


 魔法が発動して、俺の中にオーランドの記憶が流れ込んでくる。

 そこには可愛らしい女の子の姿があった。

 その読み取った姿を直ぐにスケッチして、スターレットとシルビアに見せる。


「写術的で今にも動きそう」


 とスターレットが感嘆の声を漏らす。


「画家として生きていけるんじゃないの?」


 シルビアも肯定的だ。


 これも画家のスキルを作業標準書で習得したものだ。

 絵画の技法も標準化してしまうとは、改めて恐ろしいスキルだと思う。

 これが一般化したら画家や音楽家なんて職業は成り立たなくなるからな。

 工場の大量生産が職人の仕事を奪ったので、専門性の高い職業もそのうち無くなるのだろうけど。

 中世からみたらとんでもない加工精度の製品が、今日初めて工場作業に就いた作業者が生産できるって、当時の人からしたら想像もできないような凄い事なんだろうけど、テクノロジーの進化がそれを可能にした。

 じゃあ、芸術家がそうならないという事を誰が証明できるだろうか。

 見せ方のテクニカルを数値化することで、誰にでも芸術性の高いものが量産できる未来が、って既にAIで絵画を作成したり、作曲したりなんて事が行われているか。

 人はAIがスタートするようにボタンを押すだけ。

 そんな時代がこの世界にもやってくるのだろう。


 味気が無いと嘆くべきか、誰にでも可能性を開いたと喜ぶべきか。

 立場によって意見が分かれるかな。


「これが娘のジャーニーだ」


 オーランドのお墨付きも貰う。

 これで、俺以外の二人がジャーニーを見つける事が出来るようになったな。


「もう一つ」


 と、俺は三人の顔を見まわす。


「なによ、怖い顔して」


 とシルビアに言われて、俺は頷いた。


「今からジャーニーの降霊を行う。生きていれば当然降霊は出来ないし、死んでいれば降霊は成功する。どんな結果が出るか覚悟をして欲しい。まあ、降霊に成功したらお別れの挨拶をさせる事は出来るんだけどね」


 俺がそういうと、オーランドは生つばを飲み込む。

 これは新規品の客先受入検査の結果を訊く時よりも緊張するな。

 どちらかといえば、機械に挟んだ指が再生するか、壊死するから切断しなければならないかを告知されるときの緊張に近いな。

 切断を告知された人のがっかりした顔は忘れられない。


「わかった、覚悟は出来ている頼む」


 オーランドの許可を得て、俺はネクロマンサーから教えてもらった降霊術を使う。

 が、反応はない。


「降りてこないな。ジャーニーはまだ生きている」


 俺の口からそう告げると、オーランドは安どのため息をついた。

 スターレットとシルビアの顔からも緊張の色が消えた。


「何人もの命を奪ってきた俺が、こんなに生死の確認で緊張するとはな。やはり身内は別物だな」


 緊張がとけてオーランドが感想を漏らす。

 ちょっと彼の過去を覗いてみたくなったが、それをすると許せなくなりそうなのでやめた。

 知らなければ問題ないのは、品質の見逃しOKと一緒だな。

 性能に問題が無いので、気づかずに見逃してしまえば出荷できるというのが見逃しOKだ。

 けっして褒められたことではないが、納期を守るためにというのと、どうしても品質基準を満足する製品が作れないというやむにやまれぬ事情から、ついうっかり見逃してしまった事にする場合がある。

 客からしたらやむにやまれぬわけではないので、ばれたらしっかりと対策を立てる事を要求されるが。


 なんにしても、救助対象が生きていることが判ってよかった。

 次は攫われたジャーニーの居場所をどうやって突き止めるかだな。

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