第74話 恐怖による抑止力
「今度ゆっくりとその話を聞かせて欲しいわね。今は急ぎなんでしょう」
シーマに言われてここに来た本来の目的を思い出す。
「そうでした。オーランドの娘、ジャーニーの監禁場所を知っているのなら教えてください」
「ステラの街の悪徳商人が所有する空き家よ。詳しいことはガゼールに訊いて。構成員からの定時連絡もガゼールに入ってくるようになっているから」
シーマは手でガゼールに指示を出す。
そして椅子を立つと
「店番に戻るわね」
といって部屋を出ていこうとした。
それをシルビアがドアとシーマの間に立って制止する。
「あら、まだ何か?」
シーマの口角が上がるが、目は笑っていない。
その瞳は獲物を見つけた蛇のような印象を受ける。
「下の麻薬使用者に売っているのはここ?」
「違うわよ」
「じゃあどうしてここにあんな中毒者があつまるのよ。店内に染み付いた麻薬の臭いだって、昨日今日のものじゃないわ。流通にかかわっていると思う方が自然でしょ」
シルビアがシーマに詰め寄る。
俺はいつでも飛び出せるように体の向きを変えたが、それはガゼールも一緒だった。
そんな緊張した雰囲気になったが、シーマがガゼールを手で制する。
「ギルドとしてはなにもしてないわよ。麻薬を作るノウハウだって持ってないし。ただ、どこの誰が商売してようとも、こちらの利益を損なわなければこちらからはなにもしないわよ。これが、ギルドの構成員に中毒者を出すようなら、きっちりお仕置きするけど」
「嘘じゃないわよね!」
「本当よ。証明する手段は無いけどね。中毒の連中はここに衛兵が来ないからって理由で来店しているだけよ。それに、あいつらが幻覚を見て街中で暴れるのを、ここに来させることで防いでいるんだから、治安維持に協力してるって誉めて貰いたいくらいね」
シーマはシルビアの態度に臆すること無く、むしろ煽るように返した。
「ここで口論している時間も惜しいでしょ。目的を間違えないことね」
シーマはそう言うと、シルビアを避けてドアから出ていった。
シルビアもそれ以上は何もせず、麻薬についてのやり取りは終わった。
ひりついた雰囲気が無くなった部屋で、俺はガゼールに向き合う。
「じゃあ、早速監禁場所の具体的な事を教えて貰いましょうか」
俺に声をかけられて、一拍おいてからガゼールが我に返った。
「まったく、ここで戦闘になるかと思ってヒヤヒヤしたぜ。あんたらいつもこうなのかい?」
「まあ、よく命を狙われて、そのやり取りにはなりますね」
「確かに早死にしそうな顔しているぜ」
ガゼールが俺を見てヘラヘラと笑う。
前世が早死にだったので、現世では長生きしたいんだけどなあ。
「御忠告ありがとうございます。長生きするためにも、なんで暗殺者を差し向けられたのか確認しないとですね。それで、監禁場所はどの辺になるんですか?」
ガゼールは今度は真面目な顔になる。
「恒久住宅街だからちょっと距離はあるな。周囲は金持ちばかりで昔からの住民たちだ。くだんの家は広い庭があるから、ちょっとやそっと大声を上げたところで、道までは声は届かない。それに、お偉いさんとつながりのある商人の所有物件だから、衛兵による捜査にも膨大な手続きが必要だろうな。何かをするには持って来いだぜ。というか、今までもそこで色々と行われている」
その言葉にスターレットが不快感をあらわにする。
「そこまでわかっていて、なにもしないんですか?」
「そのネタを使って脅すようなことは、その時が来るまで取っておくもんだ」
「そうじゃないです。通報したりとか」
「無駄だよ。仮に俺が善人だとして、衛兵に通報したところで証拠でも持ち込まなければ、捜査は上に握りつぶされる。場合によったら証拠も握りつぶされるかな」
「そんな……」
スターレットには辛い現実だったようで、次の言葉が出てこなかった。
そんな彼女に変わって、俺がガゼールに質問をする。
「で、相手は何人ぐらいかわかっていますか?」
「毎日持ち込まれている食糧から、多くても10人にはいかないだろうな。おそらく5人くらいだ。流石に中に入るわけにはいかないからな。後は連絡員っぽいのが日に数度訪れているくらいか」
「わかりました。あとは相手の逃走経路ですが、地下通路なんかはありますかね?」
「そういうのは無いかな。悪徳商人もそこまで用心深くはないから。それに、中にいる人数じゃトンネルを掘るにしても日数がかかりすぎる。誘拐してからの時間を考えたら新たに掘る時間は無かったはずだ」
なるほど、つまり逃げるとしたらドアや窓からか。
秘密の通路でもあると面倒だったけど、これならなんとかなるかな。
「突入は今夜、自分達三人でやります。ただ、ギルドの方たちには逃げ出すようなのがいたら、追跡をおねがいしたいです」
俺の提案にガゼールは少し考えて
「わかった。追跡だけでいいんだな」
「はい。でもどうして受けてくれたんですか?お金の要求くらいはあるかと思いましたけど」
「オーランドは元構成員だ。引退した後に家族を誘拐して無理やり仕事をさせるなんてのは、こっちとしては制裁対象になるんだよ。ボスはそういうのを絶対に許さないからな」
「意外と構成員思いなんですね」
「まあ、それもがるが、そんなことされたらこちらに依頼せずに引退を待って、脅してタダで使おうって連中であふれかえるだろうが。俺たちを使おうなんて連中は一筋縄じゃいかねえのばっかりだぞ」
「ハハハ、なるほど」
これにはさすがに苦笑いだ。
高い依頼料を払いたくないために、引退した連中を使うのが横行したら、犯罪ギルドの商売もあがったりだな。
犯罪ギルドを使おうなんて連中は一癖も二癖もあるだろう。
今回の件も見せしめとして、バカどもを痛め付けないとならないわけだ。
「そうなると後始末もお願いできますよね?」
俺は救出後の心配をして、ガゼールに訊いてみた。
「死体は一つ金貨5枚だな。生きたままこちらに渡してくれたらただでいいけど」
「いや、後始末って近隣住民と衛兵の対応のつもりだったんですけど」
慌てて手を振って死体の処理ではないと否定する。
たしかに、こちらを暗殺しようとした相手のところに乗り込むのだから、殺してしまうと思うか。
力量の差がなければ手加減も出来ないし、ものの弾みでってことは十分あり得る。
「殺さねえってのは、その根性がないのか、よっぽど実力差に自信があるかだよなあ」
「根性が無いだけですよ。人が死ぬのを見たくないんで」
「そんなことないから。アルトは優しいのが良いところなの」
「そうね、多少の甘さはあるけど、それが長所ね」
スターレットとシルビアが擁護してくれる。
本当は殺す覚悟がないだけなんですけどね。
「まあ生かしておくってんならそれはそれで構わねえよ。ただ、あんたらが解放した後でどうなるかは知らんがな」
ガゼールは自分達の手で始末すると暗に伝えてくる。
が、それはこちらも知ったことではない。
子供を誘拐して、暗殺を仕掛けてくるような奴らは当然の報いを受けるべきだ。
それは裁判であるべきだと思うが、おそらく犯罪ギルドは牢の中にいる犯人でも暗殺するだろう。
それが広くしれわたる事で、恐怖で自分達に歯向かわないようにするわけだ。
工場でも恐怖で作業者を縛ることはあった。
といってもパワハラではない。
ルールを守らない作業者に、ルールを守らなかったことで指がなくなったり、足がなくなった事例を見せて教育するのだ。
まあ、それでもダメな作業者は危険を理解できずに指を無くしていくのだけど。
恐怖による支配も絶対ではないってことだ。
法律でも、罰則をどんなに厳しくしても、そのリスクを計算できずに犯罪をするやつは出てくる。
飲酒運転も、たとえ刑罰を死刑にしたところで無くならないだろう。
だからといって、恐怖が必要ないというわけではない。
大多数には抑止力となっているからだ。
犯罪ギルドもそうなのだろうな。
後始末についてもお互いの合意が取れたので、あとは夜になるのを待って、ガゼールに監禁場所まで案内して貰うことになった。
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