第67話 旋盤 前編

 黒衣の男との話し合いが終わり、神殿騎士団には事情を話して納得してもらった。

 ステラの神殿に情報を流している奴がいて、今回囮だとバラしてしまえばグレイスの身に危険が及ぶし、相手を嵌めて自白させることも出来なかったと説明したら納得してくれたのだ。

 神殿に帰ったら裏切り者の洗い出しと、記録の水晶をどうやって使うかの話し合いになると言うのだが、そちらは俺の管轄外なので神殿関係者の皆さんにお願いする。


「全て計画通りでしたね」


 馬車の中でジーニアにそう言われたが、首を振って否定した。


「出来れば黒衣の男を説得して、襲撃をやめさせたかったのですけどね」


「彼らも一度受けた依頼は途中で止めたりしませんから。それをする時は依頼主からのキャンセルとか、依頼主が裏切っていたと分かった時くらいですよ」


 ジーニアは今回の記録の水晶を交渉材料に、王都の神殿が出した依頼をキャンセルさせるつもりらしい。

 はたして、そううまくことが運ぶかどうかはわからないが、今のところはこれくらいしか手札が無いのも事実。

 無理矢理王都の神殿に乗り込んで、相手を屈服させようものならこちらがお尋ね者になってしまう。


「良い結果となるといいですね」


 とだけ言っておいた。


 その後はなんのトラブルもなくステラに帰り着く。

 神殿の一室ではグレイスとその護衛をしてくれている三人がカード賭博に興じていた。


「暇だったから稼がせてもらったわ」


 グレイスがにっこりと微笑む。

 彼女の目の前には貨幣が積まれていた。

 護衛の三人の表情が暗いところを見ると、グレイスの圧勝だったのだろう。

 聖女というよりも賭場が似合うのは何故なのか。


「早く帰ってきてくれて助かったわ。依頼料を全部巻き上げられるところだったわよ」


 シルビアはそう言うと席を立った。


「あら、負けを取り返さずに止めますの?」


 グレイスが挑発する。

 が、シルビアはそれを鼻で笑う。


「そんな挑発にはのらないわよ。今日はもうお開き。他の二人は知らないけどね」


 シルビアにそう言われて、スターレットとアスカも席を立った。

 スターレットは俺の手を取ると


「これで依頼は終了でしょう。ご飯食べに行こう」


 と外に連れて行こうとする。


「結果の報告がまだなんだけど」


 そう言うと、ジーニアが


「そちらは私の方でやっておきます」


 と言ってくれた。

 なので、護衛をしてくれた三人と一緒に食事に行くことになった。

 三人はグレイスに巻き上げられたので、俺の奢りである。

 まあいいか。


 街のレストランで食事をして、その後どうしようかという話になった。

 俺はデボネアに渡した希少金属の加工が気になっていたので、デボネアの店に行きたいと言うと


「ドワーフのところはパス」


 アスカはそう言った。

 無理に連れて行く必要もないので、彼女とはここで別れることになった。

 シルビアとスターレットは一緒についてくる。


「そんな面白いもんじゃないと思うけどね」


 と言ったら物凄い勢いで否定された。


「伝説の金属で作られた剣が面白くないはず無いわよ」


「そうだよ」


 シルビアとスターレットは物凄く興味があるようだ。

 二人ともジョブが剣士だからかな。

 できることなら使ってみたいと盛り上がっている。

 そうこうしているうちに、俺たちはデボネアの店にたどり着いた。


「こんにちは」


 店番をしていた細君に挨拶をすると


「いらっしゃい。ウチの人は工房だよ」


 と教えてくれた。

 勝手知ったるなんとやらで、工房に入るとそこにデボネアともう一人のドワーフがいた。


「こんにちは」


 と声をかけるとデボネアともう一人のドワーフがこちらを見る。


「よう、丁度いいところに来たの」


 デボネアに丁度いいと言われたが、その意味がわからなかった。


「来客中じゃないの?それならまた出直すけど」


「いいや、こっちから冒険者ギルドのお前さんのところへ出向こうかと思っとたところじゃよ」


「そりゃまたどうして」


「実はな、こいつはエッセという若者なんじゃが、どうも新しい事をやってみたいと言って、他のドワーフの工房を何度も追い出されているんじゃよ。アルトに相談して何か仕事を見つけられないかと思ってな」


 デボネアに紹介されたのはエッセという名のドワーフの若者だった。

 まあ、ドワーフは見た目で若いか年寄りかなんてわからないので、言われたとおり若者だと思っておこう。


「職業斡旋っていっても、ドワーフの仕事ならよっぽどデボネアの方が詳しいんじゃないの?」


 それを聞いたエッセが自分の希望を述べる。


「今のドワーフは新しいものを生み出そうとする気持ちに欠けています。昔からの鍛冶や大工仕事を極めようとしているだけで、新しいものなんて生み出してないんですよ。僕はそんな閉塞的なドワーフ社会が厭なんです」


「いつの時代も若さとは挑戦だよね」


「アルトだって若いじゃない」


 エッセの言葉についついおっさん臭い感想を述べてしまったら、スターレットからツッコミが入った。

 前世の記憶もあるから、実質アラフィフのおっさんなんだよ。

 とは言えないな。


「自分にはとうに失われた考え方だったから、ついつい感心しちゃって」


 と誤魔化した。


「それにしても、新しいことねえ…………」


 俺は考え込んだ。

 木工となるとノコギリやノミでの加工がメインになるし、金属加工なら鋳造と鍛造が一般的だよなあ。

 新しいことをしようといっても、ここではやれることが限られている。

 こんなとき、あの生産技術の男なら何を考えるだろうか?

 俺はふと敵の事を考えた。


 生産技術というのはQCDすべてに関わる重要な仕事だ。

 QCDとは品質(クオリティー)・価格(コスト)・納期(デリバリー)の頭文字である。

 製造業はこの三つで出来ているといっても過言ではない。

 加工方法を決めるのはこの三つが全て関わってくるから、とても重要なのだ。

 切削でやるのか、ダイカストでやるのかで大きな分かれ道となる。

 勿論、月産予定数だったり設備投資の有無等もあるから、一概にどちらが良いとは言えない。

 切削でもマシニングセンターという工作機械よりも、ボール盤を併用して使ったほうが安くあがる事もある。

 工程飛びの危険性があるから、品質面からいったら採用したくはないが、コストだけを見ればそういった工程にするのも有りだ。

 なんで安くできるのかといえば、初期投資が安くて済むからだ。

 なのでマシンチャージが変わってくる。

 10倍以上の差が出るのだ。

 だけど、マシニングセンターなら一回のセットで加工が完了するが、ボール盤だとそちらにも工程が発生する。

 そこに工程飛びの可能性が出てくるのだ。

 そのリスクとマシンチャージを天秤にかけるわけである。

 なお、ボール盤で行うのはネジの加工であるが、マシニングセンターでもボール盤でもネジの出来栄えは変わらない。

 ボール盤で加工できないネジもあるが、基本的には差が無いと思ってもらえばいい。


「ボール盤は無くても旋盤っていう手もあるか」


 ふと、旋盤加工が頭に浮かぶ。

 旋盤というのは材料を回転させて加工する工作機械だ。

 地球の歴史でも回転加工は中世には登場する。

 流石に現代の旋盤はないけどね。


「旋盤?」


 デボネアが不思議そうに聞き返す。

 初耳だろうな。

 むしろ、聞いたことがあるというのなら、更に他の転生者がいる可能性が出てくるぞ。


「旋盤っていうのはね」


 俺は以前デボネアに教えたグラインダーを使って説明する。

 グラインダーを回転させて、そこに刃具に見立てたピンゲージを当てる真似をした。


「こうやって回転している金属や木に刃具を当てて切削する工作機械なんだ」


「なるほどのう。これなら見たこと無いわい」


 デボネアはあごひげを触りながら動きを見ていたが、その隣のエッセは鼻息が荒くなっていた。


「これって、他には何か出来るんですか!?」


 俺の両肩を掴んでガックンガックン揺らしてくる。


「へら絞りっていう加工も出来るよ」


 へら絞りというのは回転する金属の板に金型を当てて絞り加工をする工法だ。

 基本的な工作機械の動作は旋盤と変わりはない。

 尚、金型は旋盤で加工する事が殆どなので、旋盤が無いと金型を作る事が出来ないのだが。

 最近ではへら絞りなんて新幹線の先端部くらいしか取り上げられないが、昔は電気の笠なんかもへら絞りで作っていたのだ。

 この世界でならコップとかを作ることが出来るかな?

 もっとも、俺の作り出す金属があればこそではあるが。

 炭素がいっぱいの硬いだけの金属なんてどうやって削るんだっていうことになるからだ。

 でも、それは俺がまだこの世界の全てを知っている訳ではないからだな。

 加工のしやすい金属が存在する可能性はある。

 ドワーフが丁寧に作った炭素量が少ない鉄が存在するなら、俺がいなくなってもこの加工方法は残っていく。

 まあ、時代が進歩して鉄鉱石から炭素を分離する技術が発達するだろうしね。

 今でも反射炉くらいなら出来そうなもんだけど。


 さて、金属の事は後回しにして、旋盤の構造をデボネアとエッセに伝える。

 まずは複合旋盤みたいな奴じゃなくて、卓上旋盤が少し良くなった程度のものからだ。

 手回し式や足踏み式、水車を動力としたものなどのアイデアを伝える。

 加工は彼らに任せておこう。

 俺なんかよりもよっぽど詳しいからな。


「主軸が回転するときにぶれがあると、加工の出来にもろに影響するからね」


「確かにのう。真円で回転する事がなによりか。こりゃあ大変じゃな」


 デボネアが腕組みして悩む。

 まあ、彼なら何とかするんじゃないだろうか。

 振れについては俺の測定スキルで測定は出来る。

 ただ、どの程度までに抑えれば良いのかまではわからないので、そこはやはり加工してみた感じで判断だろうか。

 なお、昭和の汎用旋盤は色々なメーカーで製造しており、今では無くなったところもあるのだが、なくなるなりの理由があって、出来が本当に悪かったのだ。

 歯車の寸法がいい加減で、旋盤を動かすと騒音がして、更に真円も出ていないもんだから加工した製品の出来が悪い。

 返品された旋盤の歯車に研磨用の砂を入れて、当たりを取ってから別の顧客に販売なんて会社もあったのだ。

 いくらネットが無い時代とはいえ、そんなもんが売れるわけもなく、いつの間にか会社は無くなっていた。

 デボネアならばそんなことはないと思うが、工作機械なので精密な加工が要求されるので簡単にはいかないだろう。


「じゃあ、出来たら呼んでね」


「わかった」


 そう約束してデボネアの工房を出た。


「ドワーフにも色々な考えを持ったのがいるのね」


 スターレットがエッセに感心していた。


「そうだね。いつの時代もああやって新しいことに挑戦した人物が切り開いて来たんだよね」


 等と会話をしていてはたと気が付いた。


「あ、デボネアにオリハルコンのショートソードが出来たかどうか確認するのを忘れた」


「そういえば」


「なにやってるのよ!」


 スターレットもシルビアまうっかり忘れたことに気づいたが、その反応が全く違った。

 何でシルビアは俺に文句を言うのかわからないよ。

 自分だって忘れたくせに。


 結局責任を取らされて晩御飯も俺の奢りになった。

 うっかりミスの対策書を書かねば……

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