第65話 違和感と過剰品質

 親和図法を使ってグレイスの周囲の人物関係を整理していたら、黒衣の男とダークエルフを説得する流れになった。

 彼らの目的次第では敵対しなくて済むかもしれないからだ。

 ただ、相手と連絡を取る手段がないので、俺がグレイスに変装して街の外に出て、相手をおびき寄せる必要がある。

 その時はグレイスの護衛が手薄になってしまうので、信頼できる人物にグレイスの護衛をお願いすることになる。

 俺にはそんなに知り合いがいる訳ではないので、スターレットたちにお願いすることになるのだが、初撃を防いでくれたら後はグレイスの持っている『恋人たちの指輪』で俺を召喚してくれたらいい。

 ただし、これは俺とグレイスだけで話したことだ。

 このあとスターレットたちに話をして承諾してもらう必要がある。

 シルビアは冒険者ギルドにいるからいいとして、スターレットとアスカはどこにいるのかわからない。

 携帯電話なんていう便利なものはこの世界に無いからな。

 そういえば、前世でも携帯電話が普及する前は居場所を確認するのが大変だったな。

 すれ違いからドラマが生まれたりしたもんだが、今の時代ならSNSのアカウントを友だち登録してしまえば終わりだ。

 名も知らぬ者同士が出会って別れても、直ぐに再会できるし、連絡なんて24時間どこでも取ることができる。

 そんな便利さに慣れてしまうと、異世界の連絡手段には不満しかない。

 スターレットもアスカも寝る場所はわかっているから、夜になるのを待つしかないか。

 そう考えて冒険者ギルドに戻ったら、依頼を貼り出す掲示板の前にスターレットとアスカがいた。


「あ、丁度良かった。二人を指名して依頼を出したいんだけど」


 そう声をかける。


「アルトからの指名依頼?」


「女の影がチラつくわね」


 スターレットは不思議そうに聞き返すが、アスカは噂好きのパートのおばちゃんみたいな、嫌らしい笑みを浮かべた。

 まあ、今回は正解なんだけど。


「実はグレイスの身代わりで街の外に出て、この前の黒衣の男とダークエルフに会って、交渉をすることになったんだ。その間、グレイスの護衛をしてもらいたいんだけど」


「やっぱり女絡みじゃない」


 アスカはどや顔をする。

 そんな顔されるとスターレットが嫌がるのでやめてほしい。


「それで報酬は?」


 アスカが俺に報酬を聞いてきた。


「一日金貨一枚でどうかな」


「そんなにくれるの!」


 アスカが驚くのも無理はない。

 彼女たちのランクからしたら一日で金貨一枚というのは破格だ。

 まあ、相手が神殿の送り込んでくる刺客だというリスクを考えたら、それでも少ないくらいだと思うけどね。


「それだけ危険なんでしょ?」


 スターレットが不安な顔をしてこちらを見てくる。


「そうだねえ。ステラの街中で大々的に仕掛けてくるとは思えないけど、なにせ相手は権力と金があるからねえ。黒衣の男とダークエルフは流石に街の中までは入ってこられないと思うけど、それなりに危険を伴う可能性はあるから」


「じゃあ、報酬はお金じゃなくていい」


「お金以外で?」


「今からデートして」


 スターレットが俺の腕を強引に引っ張る。


「今から?」


「だって、いつ死ぬかわからないじゃない。危険なんでしょ。アルトだって相手と穏やかに話し合い出来ないかもしれないし」


「そうだね……」


 多分俺の方が穏やかな話し合いになる可能性は-6σの向こう側な気がする。

 そう言うことなので、スターレットの指摘は正しい。

 それに、グレイスに扮して出かけるのは今すぐという訳ではない。

 今すぐという条件は問題ない。

 ただ、仕事中なんだけど。

 いや、これはグレイスの護衛という仕事をするために必要な行為であり、前世であればデート代も経費で落とせるはずだ、いわんや今世をや。


「で、どこに行こうか?」


「デボネアのところで新しいショートソードを見たい」


「わかったよ。アスカは?」


「ドワーフの顔を見るのも嫌だし、他人の恋路を邪魔するほど野暮じゃないわよ」


 アスカはそういうと冒険者ギルドから出ていってしまった。


「本当にデボネアのところでいいの?」


 デートと言うには味気ない気もするので、もう一度スターレットに確認する。

 ここには洒落たデートスポットなんて言うものはないから、他にどこがあるといわれると困るけどね。


「うん。少しでもいい武器があれば生き残る確率があがるでしょ」


 非常に現実的な答えが返ってきた。

 そんなわけで、スターレットの手を取ってデボネアの工房に向かう。


「こんにちは」


 店のドアをくぐると、そこにはデボネアがいた。


「よう、いらっしゃい」


 ちょっと難しい顔をしながらも、彼は挨拶をしてくれた。

 普段は工房にいるのに珍しい事もあるものだ。


「並べてあるものを見せてもらいますよ」


「ああ、かまわんよ。でも、お前さんが使うようなもんはないぞ」


「いや、今日はスターレットの武器を見にきたんですよ」


 そんなやり取りをして、スターレットが早速ショートソードを手に取る。

 いくつかのショートソードを見ていて、彼女がふとデボネアの後ろにもショートソードがあるのに気が付いた。


「デボネア、それも見せて」


 スターレットがそういうと、デボネアは不機嫌が加速する。


「これは売りもんじゃないわい。出来損ないじゃ」


 とそっぽを向いてしまった。


「見た感じとても素晴らしい出来栄えだけど」


 俺も口を挟む。

 ここから見た感じではなんの問題もなさそうだが、デボネアは出来損ないだと言う。


「いいから見せてよ」


「駄目じゃ」


 スターレットとデボネアがそんな問答を繰り返していたが、最後はデボネアが根負けする形でスターレットにショートソードを渡した。


「全然問題ないじゃない」


 握った感触を確かめたスターレットがそういうと、デボネアは首を振った。


「狙った重量よりも軽いんじゃよ」


「軽い?」


 デボネアの話ではショートソードを打った時に少し軽い感じがしたが、その時は問題ないと思ってそのまま完成させたそうだ。

 しかし、店に並べる段階になってやはり軽い事が気になって、やっぱり売り物にならない不良品という扱いにしたらしい。

 軽い原因は素材の比重の問題か、それとも中に巣でもあるのだろうか?

 それよりも、軽いというなら正解の重量って何グラムなのだろうか。


「重量なんかいちいち測ったりせんよ。長年の経験でわかるもんじゃ」


 デボネアの答えはいわゆるKKD、勘・こつ・度胸の類だった。

 ただ、これを馬鹿にできないのは、職人が長年の経験で培った感覚が不良を発見するということだ。

 さて、今回は何が不良なのだろうか。


「試し切りしてみようか」


 デボネアの工房にある試し切り用の藁を切ってみたが、特に問題はないようだ。


「デボネア、問題なさそうだけど」


「ふむ……」


 それでもデボネアは納得がいかないといった感じだが、使い勝手に問題はない。

 となると、今回の件はデボネアの過剰品質かな?

 過剰品質っていうのは要求された品質以上に厳しく判断することだ。

 例えば、自動車部品でも見えない部分に使われる部品の傷については、かなり緩い規格となっているのだが、検査員が傷が気になってNG判定をすることがある。

 特に一度流出不良を出した検査員だと、再発不良とされたくないので、かなり厳しく見てしまうのだ。

 過剰品質にならないように限度見本を用意したり、定期的に現場作業者と品質管理部員で判定のすり合わせをしたりして、なんとか過剰品質にならないようにしたのだが、これが中々難しい。

 ただ、やはり作業者が違和感を感じる物は不良品である場合もあるので、一概に過剰品質と片付けるのも危険だ。

 特に今回のようにベテランのデボネアが違和感を感じているようなケースでは、不良品である可能性が高いのだ。

 これはどうみても過剰品質だけどね。


「アルト、私これがいい」


 スターレットはこのショートソードを買う気満々だ。

 さて、売り渋るデボネアをどうやって説得しようか。

 まだ試し切りをするというスターレットを工房に残して、俺とデボネアは店の方で商談をする。


「デボネア、スターレットが欲しいって言ってるんだけど、やっぱり売るつもりはない?」


「自分が納得してないものを売るわけにはいかんじゃろう」


 デボネアは首を縦に振らない。

 やはりどこの世界でも職人は頑固で、自分の仕事に誇りを持っているか。


「でも、重量の決まりはないんでしょう?スターレットが使うのに違和感がなければそれでいいんじゃないかな」


「それはあの嬢ちゃんの力量不足じゃよ」


「うーん」


 さて困ったな。

 使う側がいいと言っているのに、売る側がうんと言わない。

 デボネアに品質偽装を使って納得させてもいいんだけど、それもちょっと可哀想な気がする。

 出来れば普通に納得してもらいたいのだ。


「そうだデボネア、もっと珍しい金属でショートソードを作ってくれないか。それが出来たらスターレットにはそっちを使わせるよ。早く仕上げれば仕上げるほど、デボネアが出来に納得いかないショートソードを使う事はなくなるからね」


 代替案を出してみたら、デボネアも乗ってきた。


「ふむ、出来の悪いものを世に出すほど辛いものはない。が、そうまでして使いたいといわれると無下にも出来んか。アルトの話に乗るわい。で、珍しい金属ってなんじゃい?」


 機嫌が少し良くなったデボネアに、自分が作り出した金属を渡す。


「アダマンタイトとオリハルコン。それにヒヒイロカネだ。ミスリルは前回作ってもらったからね」


「は?」


 俺が出した金属にデボネアが固まる。

 伝説級の素材が目の前に置かれたらそうなるか。

 因みに、JIS規格もないのでこれが正規の材質なのかはわからない。

 スキルで作り出したブロックゲージなので、正規だとは思うけど。


「初めて見る金属ばかりじゃのう。というか、どれ一つとっても伝説級なんじゃが」


「正直戻ってこられるかわからないから、出来上がったらスターレットに直接伝えて欲しい」


「そんな厄介ごとに首を突っ込んどるのか?」


「まあね」


「スターレットの嬢ちゃんは知っとるのか?」


「知っているし、彼女も一度敵と戦っているよ。でも、次は守り切れるかわからないから、俺だけで相手と会うつもりなんだ」


 実際には神殿騎士団を連れいていく予定だけどね。

 俺の言葉を聞いてデボネアが本気で心配してくれる。


「投げ出すわけにはいかんのか?」


「そうしたいところですけどね、こんな自分を拾ってくれたギルド長から言われた仕事なんで、途中で投げ出すと信義にもとるでしょう」


「それだけか?」


 デボネアは疑いのまなざしを向けてくる。

 グレイスが転生者だから気になっているっていうのはあるんだよなあ。

 それにおそらく黒衣の男もだ。


「好奇心は猫を殺すか……」


「なんじゃそれは?」


 思っていたことがぽろっと口から出てしまった。

 そんなことわざはここにはないから、デボネアが不思議がっている。


「いろいろなところに首を突っ込むと、そのせいで命を落とす危険があるっていう事かな。知りたいことが多いんだけど、知るためには危険を乗り越えていかないといけないからね。死ぬつもりはないけど、どうなるかわからないっていうのが正直なところかな。出来ればオリハルコンとアダマンタイトのショートソードの出来を確認したいと思っているよ」


「そうか、どうもお前さんがこいつを形見にしようとしている気がしてな」


「ないない。それならスターレットに生活に困らないくらいの金塊を渡すよ」


「それもそうかの」


 こうしてデボネアはショートソードを売ることを納得してくれた。

 スターレットは古いショートソードを下取りに出して、新しいショートソードを代わりに腰に佩く。


「お代を払ってもらっちゃってよかったの?」


 スターレットがニコニコしながらこちらを見てくる。


「依頼料の前払いって考えれば安いもんだよ」


「何それ、デートっぽくないんですけど。仕事の一環で来たわけじゃないんだからね」


 と言うものの、スターレットの上機嫌は変わらない。

 あれ、依頼料の代わりにデートっていう話だったはずだけどと思ったけど、それを言うのはやめておいた。

 多分正解だと思う。


 このあとシルビアにもグレイスの護衛をお願いして、明日グレイスに変装してステラの外に行ってみることにした。

 さて、どうなることやら。

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