第64話 親和図法
「これまでの状況を整理してみようか」
グレイスの仕事をQC七つ道具の一つであるパレート図を使って改善したので、ついでに今置かれている状況をQCっぽく確認してみようと思う。
使うのは親和図法だ。
今まで登場した人物を敵と味方に分けていく。
当然どちらにつくのかわからないのもいれば、裏切りそうなんていうくくりになるのも出てくるだろう。
「どうすればいいの?」
グレイスが訊いてくるので、最初にやるべきことを話すことにした。
彼女に小さな紙を手渡す。
「この紙に自分の身の回りにいる人物を、王都時代も含めて書いていってほしいんだ。紙一枚に対して一人の名前だけにしてね。イメージは単語帳かな」
「あの英単語を勉強するのに使う奴?」
「そう、それだよ」
流石は転生者のグレイスだ。
単語帳というワードで通じてくれる。
そこに書いていくのは今まで周囲にいた人物だ。
ジーニア、神殿騎士団のメンバー、俺、ギルド長、ステラの神殿長などの名前の他に、ダークエルフのリエッセや黒衣の男の名前?も出てくる。
勿論、俺の知らない王都の神殿の人物たちも出てくる。
「こんなところかしら」
グレイスは一通り名前を書きだしたことを報告してくれた。
なんでドヤ顔しているのかはわからないが、やり切った感からなのかな?
QCサークルでもそんなメンバーがいたなと思い出して苦笑する。
こんなものは改善の入り口でしかないのに、やり切った感を全面に押し出してくるからなあ。
勿論そんなことを指摘して、機嫌を損ねても馬鹿らしいので黙っているけど。
「そうしたら、今度はこっちの大きな紙にグループ分けをしながら置いていこうか」
今度は大きな紙を用意して、今名前を書いた紙をその上に置くように指示をした。
グループ分けっていうのは、敵と味方に分けるってことだ。
どちらともつかないのは中立のグループにする。
王都の神殿長は間違いなく敵なのだが、ダークエルフのリエッセや黒衣の男は雇われなので、こちらの味方につける事は出来ないまでも、相手と手を切らせることは可能なのかもしれない。
なので、やや中立寄りの位置に紙を置いた。
「ほら、こうしてみると敵味方の区別に加えて、どうしても敵対する相手と仲間にできそうな相手、それに敵から引き離せそうな人物がわかりやすくなるよね」
「そうね。でも、どうしてあんたが中立寄りになっているの?」
グレイスは俺が中立寄りになっているのが気になっているようだ。
ちょっと言葉に怒気が混じっている。
「ギルドの仕事で今は護衛をしているだけだからね。命令が解除されたら中立になるよ」
「はあ?じゃあ私が襲われているところを見ても助けないっていうの?」
グレイスが近寄ってきて俺の胸倉を掴む。
その手をやさしく掴んで引き離す。
「いや、目の前で襲われているならそれは助けるよ。でも、王都に乗り込んでとかはないかなあ」
「『恋人たちの指輪』があるから召喚するわよ。それに、どこまでも追いかけようって気はないの?小泉八雲ののっぺらぼうみたいに」
「それってストーカーっぽくない?というか、外すよ、流石に」
「呪いのアイテムが簡単に外れるわけないでしょ」
ここでグレイスからの衝撃の一言があった。
え、この『恋人たちの指輪』って呪いのアイテムなの?
名前は祝福されていそうな感じだし、神殿が所有していたアイテムなんだけど。
かなり驚いたのでそれが表情に出てしまい、グレイスに笑われてしまう。
「嘘よ」
「うそなの?」
まんまと騙された。
ステラの街なら守ってあげるのも吝かではないけど、いきなり王都に呼び出されたりしたら困る。
なにせ、いきなりの転送だから、お金を持っていない可能性だってあるのだ。
グレイスを助けたはいいが、帰りの路銀に困ることになるぞ。
その時はブロックゲージ作成で、金のインゴットを作って売ればいいのか。
あれ、なんとかなりそうだな。
「今のままだと、王都に帰る前に黒衣の男とダークエルフに襲われて終わりになりそうだけどね」
グレイスが自虐的な笑みを浮かべた。
今の所は黒衣の男とダークエルフのコンビに神殿騎士団は成す術もなくコテンパンにやられたのだ。
「今からでも遅くはないから、神殿騎士団を特訓で鍛えてみるとか?」
「無理よ。彼らがどれだけの期間訓練してきたと思っているの。短期間で強くなれるなんて漫画の世界だけよ」
「そうかなあ。ステラには迷宮があるから、レベリングするにはちょうどいいと思うけどねえ」
自分はジョブが品質管理なので、迷宮で戦闘をしてレベルが上がるのはどうかと思うが、神殿騎士団のメンバーなら戦闘でレベルが上がるのだと思う。
まさか、神にささげる戦いじゃないと駄目とかいうのはないよね?
俺の提案にグレイスが思案する様子を見せた。
「確かにそれはありかもしれないわね」
「でしょ」
「アルトが一緒についていって、パワーレベリングをしたらどうかしら?」
「パワーレベリングの仕組みがあるかどうかわからないよ」
グレイスが提案したパワーレベリングっていうのは、オンラインゲームなんかでよく見かけるやり方だ。
高レベルのキャラクターが低レベルのキャラクターと一緒に冒険をして、大きな経験値を稼がせるといったプレイスタイルだ。
それがこの世界にもあるのかはわからない。
「じゃあどうしたらいいっていうのよ」
グレイスがおかんむりだ。
ここで折角作った親和図を使うべきだろう。
「敵の中でも黒衣の男とダークエルフは神殿の地位争いには関係ないんだよね?」
「ええ。ダークエルフが神殿の要職につけるわけないもの」
そうだよね。
人類と敵対しているダークエルフが神殿の要職に就くなんてありえない。
それは人間が魔族に支配された時くらいだろう。
「だから、王都の神殿が黒衣の男とダークエルフを手ごまとして使えなくなるようにしたらいいんじゃないかな」
「どうやってよ?」
グレイスに訊かれたが、自分もその方法は思いついていない。
だけど親和図法だってそれ自体が解決策を導き出すものではないんだ。
関連性があるものを可視化するツールなのだから。
今回も敵対勢力の勢いをそぐための糸口を見つけるのに使ったわけだ。
王都の神殿関係者で敵対勢力を切り崩すのは難しいだろうけど、それ以外のメンバーだったらなんとかなりそうである。
特に金銭で雇った相手であれば、金で動くということだ。
黒衣の男とダークエルフが金で雇われたかどうかはわからないが、聖女を亡き者にして神殿の要職を占めようなんて考えは持っていないはずだ。
「まだそこまでは……」
と答えると、グレイスは露骨にがっかりした態度を見せた。
「はあ、あんたは問題解決が専門じゃないの?」
「そう言われてもねえ。工場勤務で命を狙われるなんていう事はなかったから」
工場で命を狙われることは無かった。
金融機関で融資回収担当をしていた従弟は命を狙われるのは日常茶飯事だったらしいけど。
なにせ、切羽詰まった債務者は回収担当者を殺せば返済しなくて済むという考えに至ることが多いらしい。
誰かが入れ知恵しているわけではないのに、どういうわけかみんなそこに行き着くそうだ。
その話をグレイスにもした。
そうしたら彼女も思い当たる節があるらしかった。
「よくあるみたいね。うちにきていた銀行の担当者も、融資回収の部署にいたことがあって、その時の癖で今でも駅のホームでは一番前に立たないみたいね。毎年その注意を聞かずに自殺として処理される同僚が出るって言っていたのを思い出したわ」
やはりどこでもある話なのかな。
工場では不良を出した作業者が、それをカウントさせないために品質管理の担当者を襲うなんていう事は無かった。
作業者を注意した班長が襲われる事はあったけど。
班長の態度は普通だったのだが、作業者はどういうわけか激昂して殴りかかった。
そして、取り押さえられて当然の如く解雇になった。
あれは命を取ろうとしたわけではないよなあ。
「じゃあ、まずは何であたしを狙ってくるのか訊いてきてよ」
「どこにいるのかもわからないのに?」
そう、それはあたかも発注がシステム化されていないティア3メーカーのように、どこに連絡していいのか担当者じゃないのとわからないのだ。
この場合の担当者は王都の神殿で、黒衣の男を雇った人物ということになる。
「囮を使っておびき出せばいいでしょ」
「じゃあ、グレイスが囮の餌になるっていうの?」
「そんな事しないわよ。アルト、あんた変身とか出来るんじゃないの?」
グレイスも中々鋭いところをついてくる。
言われてみれば、変身は出来ないけど変装なら出来るかな。
俺がグレイスに変装してステラから外に出れば、彼らがまた襲い掛かってくる可能性は十分にある。
依頼主が期限を区切っていなければ、この作戦は成功するかもしれないな。
「それはありかもしれないね。ちょっと服を貸してもらえるかな?」
「今ここで脱げと?変態なの?」
グレイスは汚物を見るようにしている。
別にここで着ている物を脱げとは言わない。
変態じゃないから。
洗濯したものを貸してくれたらそれでいいんだけどね。
どうしてそれが、今ここで脱ぐという話になるのだろうか?
「いや、こっちが訊きたいんだけど、どうして今ここで脱ぐ話になるの?」
「そんなの決まっているでしょ。こんな超絶美少女の私の服を借りるなら、ぬくもりがあるのが欲しいって思うのが男でしょ」
そう自信満々に断言されても困る。
超絶かどうかは置いといて、グレイスは確かに美少女のカテゴリーに入ると思う。
だけど、その美少女の脱ぎたてほやほやの衣服を借りたいと思うのが男の平均値だと思われるのは心外だ。
むしろ、そういう願望がある男性は-3σくらいの位置にいるんじゃないのかな?
統計をとったわけじゃないから感覚てきなものだけど。
あれ、そう考えると男の変態度合いの工程能力指数ってかなり悪いものになりそうだな。
ノー検査にしたら変態が紛れ込む可能性が高い。
って、そうじゃない。
今はグレイスから神官服を借りることだな。
「でも、アルトの身長だと私と違うからばれそうよね」
「それは馬車にでも乗っていればわからないと思うよ。神殿騎士団が護衛についている馬車なら、聖女が乗車していると思うんじゃないかな」
「ちょっと待って!」
俺の言葉を焦った表情のグレイスが遮る。
「どうしたの?」
「神殿騎士団をつれていくの?」
「そうだけど」
「じゃあ、私の護衛はどうなるのよ」
「この街に居れば安心じゃないかな。流石にダークエルフが街の壁や門を破壊して突入してくるとも思えないんだけど。それに、護衛が手薄だと偽物ってばれやすいよ」
「でも、万が一があるでしょ。それに、王都の神殿から送り込まれてくる刺客があいつらだけとは限らないわ」
グレイスに言われてその可能性を忘れていた事に気づく。
そうなると、俺が囮になっている間はグレイスに別の護衛をつけたほうがいいな。
「勿論その事は考慮してあるよ。グレイスには別の護衛をつけるつもりだったんじゃよ」
「じゃよ?」
動揺して語尾が変になってしまった。
グレイスはジト目でこちらを見てくる。
「ほら、グレイスを最初に助けた時のパーティーメンバーがいたでしょ。彼女たちを護衛につけるから」
「まさかとは思うけど、護衛をつけなきゃいけないのを忘れていた訳じゃないでしょうね」
鋭いな。
グレイスの指摘に冷や汗が出る。
「ソンナコトナイヨ」
「なんか片言の日本語よねえ~。まあいいわ、必ず次で彼奴等の息の根を止めてよね。彼奴等の首を塩漬けにして王都にいるジジイに送り付けてやるんだから」
あら、グレイスってばかなりの戦闘民族。
流石にそれはやりすぎだと思う。
「本気?」
「冗談に決まっているでしょ」
そう言って不敵な笑みを浮かべるグレイスを見ると、冗談ではないような気がしてきた。
怖いので考えないようにしよう。
グレイスから神官服を借りると、シルビアのところへと向かった。
シルビア、スターレット、アスカの都合を確認して、三人が揃うときに作戦を結構しようと思う。
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