第63話 神殿のお仕事とパレート図

「あー、疲れたわ。一ヶ月くらい南の島にバカンスに行きたい」


 冒険者ギルドの相談窓口でぐだっとなっているのは聖女様ことグレイスだ。


「人目が……」


 一応注意はしたが、本人がもう取り繕うつもりがない。

 バリキャリOLの気の緩んだ姿を見ているような気分になるが、何も俺の目の前でやらなくてもいいのではないかと思う。

 一応護衛の騎士とジーニアが壁になっているので、他の冒険者から丸見えという訳ではないが。

 ジーニアは聖女の沽券に関わると思っているのか、若干不機嫌な感じがする。


「もういい子でいる事に疲れたのよ。前世じゃ他人の目を気にすることない地主の娘だったでしょ。昼に銀行がやってきても家族全員パジャマだったわ。それでも誰にも何も言われないの。あれこそが金の力よ」


 言っている事はなんとなくわかるが、住む世界が違いすぎて本当かどうかはわからないなあ。

 でも、本当にそんな生活をしていたのなら、転生して聖女になって規則的な生活を強いられるのは苦痛だろう。

 自由人から社畜へのジョブチェンジだからな。


「何がそんなに疲れるの?」


「仕事が絶え間なくやってくるのよ。おかしいでしょ?だって私が王都からやってくる前もこの街に神殿はあったのよ。そこに私が来たからって今までいた人もいるのに、なんでこんなに休む暇がないのよ」


 目の前にいるのは休む暇じゃないのですか?

 とは言えないな。

 それに、グレイスの言う事にも一理ある。

 グレイスは王都から逃げてきたので、別にステラの神殿が仕事が増えるからと増員を要請したわけではないのだ。

 つまり、仕事は増えていないのに人は増えているのだから、一人当たりの仕事は減っているはずである。

 にもかかわらず、グレイスが忙しいというのはどういう事だろうか。


「やっている仕事をパレート図にしてみようか。そうすれば忙しい原因になっているものが見えてくるかもしれないし」


「パレートってマクロ経済の?」


 流石転生者のグレイス。

 こちらの世界の人々と違ってパレートの事を知っている。

 ただ、グレイスの言っているのはパレート効率性の話だと思う。

 経済学では必ずと言っていいほど出てくるやつだ。

 でも、品質管理の分野ではそれは出てこない。


「そう。でも品質管理の分野でも名前が知られているんだ。本人の功績じゃないけどね。仕事の内容別にかかっている時間を棒グラフにして、それを折れ線グラフで積み上げ行けば、一日の仕事の割合が目で見えるようになるじゃない」


 そう説明して、グレイスの仕事をまずは朝からの仕事を思いつくままに出していった。


「朝は神への祈りがあって、その後信者を前に説法して、孤児院かと診療所の慰問と、それが終わったら高額寄付してくれた信者への祈祷があって、あとお金を取って治療もしているわね。それに夜もまた神への祈りがあるわね」


 そう言いながらそれぞれの時間もだいたいではあるが書き出す。


「慰問って毎日やっているの?」


 と聞いてみると、グレイスは世の中を諦めたような引きつった笑顔になる。


「聖女のブランドって人気があるから、ここぞとばかりに使おうとするのよね。まあ、こっちも王都にいられなくなって居候させてもらっている身だから、文句も言えないけどどうして毎日毎日慰問なんかしなきゃいけないのよ。移動する馬車はお尻が痛くなるし、馬が臭いしで嫌になるわ」


「慰問にかかっている時間は移動時間も入れてある?」


「ええ、入っているわよ。基本的にはステラの街の中だけど、場合によっては街から出るかもね。そん時は護衛お願い」


「拒否権は?」


「ないわよ」


「…………」


 さて、先に進もう。

 出した仕事を見てみると


 朝のお祈り 1H

 説法 2H

 慰問 4H

 祈祷 2H

 治療 3H

 夜のお祈り 1H


 と13時間労働となっている。

 このほかに聖女としての勉強を空いた時間にジーニアとやっているというので、それが3H乗っかってくる。

 16時間仕事していれば疲れるはずだな。

 どこのブラック企業だろうか。

 自分も前世で死んだときは疲れからくる目眩が原因で階段を踏み外したので、グレイスの事が心配になる。


「さて、まずは日々の仕事の洗い出しが終わったら、これを今度は時間が長い順に並び変えよう。時間が長い仕事を改善していけば効果は大きいはずだ」


 この結果上位三位の時間を割いているのが、慰問、治療、勉強だとわかる。

 ここをどう効率よく捌くかだな。

 まずは一番時間のかかっている慰問だな。

 QCサークルでもパレート図の左に来る、一番大きなウエイトを占めている項目を改善するのが一般的だ。

 時には例外もあるが。

 例外はQCサークルの範疇からはみ出た要因だな。

 例えばクリーンルームが古くて不良が出るとなると、現場で改善にかけられる金額を遥かに超えてくる。

 そんなもんどうにも出来ない。


「慰問に行く回数を減らしたらどうかな?」


「聖女が来てくれた、来てくれないで揉めるのよ。だから呼ばれたところには等しくいかないといけないのよ」


「人は神の元に平等か」


「聖女は神じゃないわ」


「神殿の評判を気にしすぎだよねえ。慰問なんて月に一回にして、神殿でのふれあいを増やせばいいんじゃないかな。そうすれば移動時間を減らすことが出来る。慰問に行ったって結局は移動時間を考慮したら3Hもいないんだろうし」


 移動時間には護衛による周囲の安全確認も含まれる。

 それをするくらいなら、神殿に来てもらったほうがいいんじゃなかろうか。

 それに


「診療所なんて、グレイスの治癒魔法で一気に治療すればいいんじゃないかな?そうすれば暫くは慰問なんて行かなくて済むと思うけど」


 慰問する場所に人がいなければいいんじゃないかなと思ったのだ。

 しかし、グレイスはそれには否定的だった。


「そんなことしたら、高額な治療費払ってくれる太客がいなくなるでしょ。聖女の治療は金を稼ぐ手段なんだから」


 と返ってくる。

 それは確かにと納得した。

 太客って表現はどうかと思うが。

 それならもう仕事が忙しいのは諦めてくれと思う。

 本人に言うと不機嫌になるだろうから、これはのみ込んでおくけど。


「それなら、寄付の金額をもっと上げて、収入を変えずに客を減らせばいいんじゃないかな?」


 慰問は諦めて、治療の客単価上げる作戦だ。

 客単価を上げられなければ、今度は回転率を上げる方法を考えるけどね。

 目的が治癒ではなくて、お金を稼ぐことならばこそだ。

 これが多くの人を救いたいってなるのであれば、また話は変わってくるけど。


 グレイスは少し考えて


「どうして今まで気づかなかったのかしら。そうすればよかったのよね」


 と手を叩いた。


「なんなら神殿通さない闇営業でもいいわけだし。ピンハネされないぶんむしろそっちの方がいいわ」


 既に聖女としての自覚がない発言は聞かなかった事にしておこう。

 聖女だからホストみたいに店を通さなかったという事で制裁をくらう事もないだろうが、そんな台詞は聞きたくなかったよ。

 なんにしても、これで忙しい仕事内容の第二位を減らす事が出来そうだ。

 勉強時間を減らすのはどうかと思うし、いい落としどころかな?

 出来れば慰問の移動時間を短くしてやりたいけどね。

 それは次のQCサークルの案件かな。


 QCサークルじゃないけど。

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