第62話 落下品4

 さて、流れで幽霊の不具合対策をする事になってしまったが、まずは暫定対策だな。

 幽霊が残ったお皿を数えているけど、また落としすかもしれない。


「えっと、まずは数えるのを一旦止めて貰えませんか、幽霊さん」


 幽霊に作業を中止するようにお願いした。

 不良を作った作業を続けていれば、また同じ不良が出るから、工場ではラインをすぐに停止させる。

 そして、ラインQRQCを開始するのだ。

 作業者がやるべき事は、止める・呼ぶ・待つって奴だな。

 幽霊は作業を止めていないから、まずは止めてもらう。


「あの、私の名前はキックスです。幽霊って呼ぶのはやめてもらえませんか?」


「あ、失礼しました。では、改めてキックス、数えるのを止めてください」


「はい」


 キックスが作業を止めた。

 次は5W1Hで落下させた時の状況を確認だな。

 本来であれは割れた皿の現物を確認しておきたいが、素手に捨てられてしまってここには無いから諦めた。

 本当に落下で割れたのか、そこから検証すべきなのだが、現物がないので聞いた情報だけで落下で割れたとしておく。


「お皿を落としたのはキックスで間違いないかな?」


「はい」



「いつ落としたのかな?」


「先程申し上げたように、お食事の準備をするときです。出来た料理を皿に盛るため取り出そうとしました」


「お皿があった場所は?」


「食器棚に置いてありました」


「さて、ここからが一番難しいけど、どうやって取ろうとしたのかな?再現できる?」


 俺のお願いを聞いて、キックスは食器棚の前で皿を取り出そうとしたときのポーズをしてくれた。

 身長が足りないので、片足立ちになって片手を大きく伸ばしている。

 非常に不安定な姿勢だ。


「こうやって取ろうとしました」


「いつもそうしていたのかな?」


「はい」


 日常に潜む危険を察知できなかったのかな?

 ヒヤリハットという言葉があって、不具合につながるヒヤリとしたりハッとするような前兆があるはずなんだが。

 その事を訊いてみる。


「そう言われてみれば、いつも落としそうになってヒヤッとしたことがありました。今までは運が良かっただけなんですね」


 キックスは当時を思い出してくれた。

 そう、実際には運が良かっただけで、いつ不良が出てもおかしくないなんてことはよくあるのだ。

 運が良いというか、作業者がベテランで違和感を感じたから見直したとかかな。

 不良が発生しても流出しなかっただけというのは、流出したときにはじめて気づいたりする。

 そうならないためにも工程内不良の監視が必要なのだが、作業者が手直しして良品にしたため工程内不良としてカウントされずに、管理者も気づかないなんてことは多々ある。

 今回にしても、いままではキックスが落ちる皿をキャッチしていたから、割れるという事象までには至らなかったわけだ。


「不安定な姿勢で取ろうとしていたことが、落下に繋がったんだろうね。お皿を取り出す時にはしっかりと両手でつかむようにすることが重要だね」


「確かに、あの時両手でお皿を持っていれば、落として割ってしまう事もなかったのかもしれません。でも、私の慎重だとどうしても届かないのです」


「それなら踏み台をつかうとか、手が届く人に取ってもらうとかしないとね」


 これは結構難しい問題である。

 ラインを新設するときに、作業者の身長を想定するのだが、大型のユニットになるとどうしても平均身長以下では作業が出来ない場合が出てくる。

 自分が見てきた製品だと、身長180センチメートルですら手が届かないというものがあった。

 結局そのラインで仕事をする作業者は、身長を基準に選定することになったのだ。


「今ならこうして宙に浮くこともできて、高いところにある皿も両手でしっかりと握ることも出来るのですが、あの時はこんなことは出来ませんでしたからね」


 悲しそうな表情をするキックス。

 これが工場なら技術革新っていうことになるんだろうけど、死んでゴーストになったことで宙に浮けるようになったというのは対策としては採用できない。

 何せ、水平展開をしようとしたら、みんな一度死んでもらうしかないからだ。


 そういうわけで、今回の不具合は無理な姿勢をしたことでお皿を落としてしまったので、無理な姿勢をしないようにするとなった。

 ヒヤリハットを見逃したことについても、見逃さないための対策をしたいところなのだが、まあ本人は死んでいるし他の人間はこの屋敷からいなくなったのでよしとしよう。

 対策としてやるのであれば、管理者に報告をする仕組みを作るといった事になるだろうな。

 管理者は何故ヒヤリとする事象を見逃したのかといえば、作業者からの報告が無かったわけで、それはそもそも報告する仕組みがなかったからとなる。


 対策は考え付いたが、それでも沈んだ表情のキックスの前にグレイスがずいっと出てきた。


「どうですか、落下のプロであるアルトのアドバイスは。これで同じミスを二度としなくなると思いますが」


 聖女の微笑みをキックスにぶつける。

 その笑顔に圧されたのか、キックスはゆっくりと頷いた。


「貴方の主人もきっと天で対策の報告を待っているはずです。さあ報告にまいりましょう」


「こんな私の対策でも旦那様は聞いてくださるでしょうか?」


「当然です」


「それに私には妹が……」


「それについては神殿が責任を負って面倒をみて差し上げます」


 確かに神殿は孤児を預かっていたりもする。

 ただ、どこの世界でも宗教関係者の下半身に理性はないので、それはちょっと心配だな。

 グレイスがどうこうするわけじゃないんだけど。


「妹の住んでいる場所を教えてくれないかな。これから迎えに行って、神殿に連れていこうと思うんだ」


「わかりました」


 キックスから聞いた住所は、平民の居住区の中心辺りであった。

 ここからそう遠くはないので、帰りに寄っていこうと思う。


「それではこれから旦那様に報告してきます」


 そう言うとキックスは次第に薄くなっていった。

 そしてとうとうその輪郭が見えなくなる。


「キックスの魂は天に上りましたね」


「グレイス、わかるのか?」


「当然でしょう、私は聖女よ。それにしても良かったわ。前金で散々高い金をふんだくっていたから、失敗しましたって言えない状況だったのよね。それにしても、あのゴーストが抜けてて助かったわ。旦那様とやらの貴族は死んでないもの。天に昇ったらそれこそ会う事なんて出来ないわよ。除霊が目的だからこれからその貴族を連れて来いっていわれたらどうしようかと思ったわ」


 聖女よと言った直後に、聖女らしからぬ生臭い話になる。

 そしてちょっと黒い。

 それなのに聖女と自称するなら、この世界における聖女の定義が必要だな。

 ゴーストのJIS規格も必要だけど、聖女のJIS規格も必要だと思う。

 JISじゃなくてJASになるのかな?


「あの、俺にも分け前」


「あるわけないでしょ。これは神殿への寄付よ。それにアルトは私の護衛としての任務であって、除霊の依頼を受けたのは私なんだから」


 その理屈で言えば寄付は神殿のものであって、グレイスにはびた一文入らない気もするのだが、どうも全部自分で使えるような言いぐさなんだよな。

 売り上げは全部自分の手柄っていいはる営業みたい。

 製造から恨まれるぞ。

 それで言ったら、製造も全部自分達が稼いでいるみたいな感覚なんだが、間接部門が無かったら回らないのがわかってないので似たようなもんか。

 グレイスにもその辺の感覚を養ってもらいたい。

 それに、キックスが昇天したのって殆ど俺のお陰じゃないのかな?

 納得がいかん。


「自分の取り分が無いからって、キックスの妹を手籠めにしないでよね」


「しません!」


 グレイスに釘を刺されるが、そもそもそんなつもりは毛頭ない。

 俺を飢えた野獣かなにかと思っているのかな?


 そんな言い合いはあったが除霊もできたので、キックスの妹を迎えに行って神殿に帰ることにした。

 妹は姉の事を知っており、頼る身内も無くて途方にくれていたので、神殿の申し出を二つ返事で受けた。

 表向きは聖女であるグレイスの威光に当てられたってのもありそうだけど。

 聖女様が自分を迎えに来たとなれば、浮かれてしまうのもわかる。

 残念なグレイスの内側を知らなければという条件はつくけど。


 こうしてヒヤリハットから生まれた悲劇は幕を閉じた。

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