第61話 落下品3
屋敷の敷地に踏み込むとやはり虫たちがこちらに寄ってくる。
「アルト、気持ち悪いからなんとかして」
不機嫌を隠そうともしないグレイスから、結構無茶なオーダーが飛んでくる。
受注したらひどい目に遭うやつだな。
前世では営業が社内の意見を無視して受注して、その一身に社員のヘイトを集めていた。
ここにはそんな影響もいないので、この仕事は受注しないつもりだ。
「アルト殿はそんなスキルもお持ちでしたか」
「ええ、アルトならやってくれます」
騎士団長の余計な一言に、グレイスがなんの根拠もない肯定を被せてきたので、やるつもりはなかったのだがそうも言えない雰囲気になってきた。
ただまあ、俺も虫は嫌いなのでここは手を打つとするか。
しかし、品質管理のスキルに虫除けは無い。
製薬会社の品管ならあるいはあったかもしれないけど。
じゃあどうするか。
庭一面の雑草に火をつければ、それなりの煙は出るだろうから虫除けになるだろう。
しかし、類焼の危険がある。
解決策が思いうかばないな。
こういう時どうすればっていうと、なぜなぜ分析かQCサークルだろうか。
若しくはQRQCか。
QRQCはクイックレスポンスクオリティコントロールの頭文字なのだが、問題発生時にラインを止めて実施するので、今虫が飛来しているのには向かないな。
暫定対策が妥当だ。
って、対策書じゃないんだから。
「とりあえず、風魔法で自分たちの周囲に障壁をつくります」
やっとそこまで思考が辿り着くと、グレイスは不満そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
そう訊いた俺に不満が爆発した。
「単なる風魔法を使うのに、どれだけ考えているのよ!!!」
虫が嫌いなので、かなり機嫌が悪くなっていた。
漫画だったら#マークが額に描かれていそうな勢いだ。
これ以上時間を掛けると、物理的に何かが飛んできそうなので、急いで風魔法を使って虫が近寄ってこないようにした。
そこからは罠も無く、問題なくドアに到達する。
まあ、いくら貴族の屋敷だったとはいえ、正面の門からドアまでに罠を仕掛けるのは無いか。
前世の近所の変わり者おじさんは、有刺鉄線だので通れないように対策をしていたが、そんなのはごく少数だと思う。
ただ、ドアについては念のため罠の有無を確認した。
「罠は無いです」
俺は後ろを振り返って、そう伝えた。
すると、ジーニアがドアの鍵を取り出して、鍵穴に入れて回す。
ガチャリと音がした。
「ゴーストがいきなり襲ってくるかもしれないので、下がっていてください」
俺は三人が下がったのを確認して、ゆっくりとドアを開けた。
ゴーストの姿はなく、中に足を踏み入れたが、攻撃される事は無かった。
「大丈夫です。どうぞ入ってください」
安全を確認して、グレイスたちを中に招き入れる。
「奥から禍々しい気配が感じられます」
グレイスが廊下を指差した。
エントランスからは二階に上がる階段もあるが、目的のゴーストは一階にいるようなので、そちらに進むことにした。
「1枚、2枚……」
奥から数を数える女性の声が聞こえてくる。
「先客?」
「鍵は閉まっていたわよね」
後ろを振り向いて訊いてみたが、グレイスのいうように鍵は閉まっていたので、先客ということはないか。
住民もいないし、この声の主こそがゴーストだろう。
「アルト殿、グレイス様に危害が及ばぬようお願いします」
ジーニアの言葉に頷いた。
まずは俺が声のする部屋に入ろう。
外の護衛は騎士団長にお願いする。
「こんにちは」
俺が入った部屋は厨房だった。
そこには若い女性のゴーストがいた。
戸棚のところでお皿を数えている。
「貴方は誰?一緒にお皿を数えてくれるの?」
ゴーストはこちらを振り替えるとそう訊いてきた。
「あ、作業中でしたか。話しかけてご免なさい。途中で止めると数え間違いしやすいですよ。1サイクル終わるまでは手を止めないようにしないと」
「ああ、そういうことね。旦那様にお皿が足りないって言われたけれども、数え間違いだったのね」
ゴーストはこの世に未練があるとなるというが、どうやらこのゴーストも事情があるようだ。
「僕でよければ話を聞きましょう。どうしてお皿を数えているのですか?」
「実は、旦那様の食事を用意するときに、大切なお皿を落として割ってしまったのです。このお皿は旦那様の祖先が国王陛下より下賜された、とても大切なお皿だったとかで、しかも10枚で1組となる絵皿だったのです。旦那様はたいそうお怒りになられて、私に『皿を数えてみよ。1枚でも足りなければお前を斬る』とおっしゃられました。当然割れたお皿の1枚が足りず、私は旦那様にその場で斬られてしまったのです」
どこかで似たような話を聞いた気がする。
それにしても、落として壊したから殺されていたら、工場の生産ラインでは毎日人が死んでるな。
いくら大切な物でも、人命には及ばないと思うが、そこは流石の封建社会だ。
「それはわかったけど、どうしてこの世に未練があったの?殺されたならそこで終わりじゃない。旦那様は死後の世界まで追いかけてはこないよね?」
「私がここで働いて稼いだお金で、幼い妹を養っていたのです。早くに両親を亡くした私たちは、私が働かないと食べていけなかったので、妹の事が気になって、なんとかお皿を10枚数えて、もう一度ここで働かせていただけたらと……」
「でも、その旦那様も君が追い出しちゃったよね?」
「いえ、私はこの屋敷に上がり込んできて、無理やり私を追い出そうとした狼藉ものを追い返しただけです。昔は良くしてくれた他の使用人たちも、私を追い出そうとしたので、懲らしめてやりましたけど。私の事を化け物みたいに言うんですもの」
どうも話をすると、本人はもう一度ここで働けると思っているみたいだな。
話の端々に狂気を感じるのは、やはり生前と同じような思考は出来ないからだろうか?
「話は聞かせてもらったわ」
俺がどうしたものか思案していると、グレイスが厨房に入ってきた。
「あなたは?」
驚いたゴーストがグレイスに訊ねた。
「私は通りすがりの聖女。迷える貴女の魂を救済させてもらいます」
ビシッとゴーストを指差すグレイス。
室内で通りすがりも無いもんだと思うが。
「心配しないで、ここにいるアルトは落下品のプロよ。きっと解決方法を見いだしてくれるわ」
「落下品のプロ……」
そう聞いたゴーストは期待の眼差しでこちらを見る。
俺は小声でグレイスに苦情を言う。
「落下品のプロってなんだよ」
「あら、どうせ前世で落下品の対策はしたでしょ。困っているゴーストの助けになってあげれば、無理やり除霊しなくても済むかもしれないじゃない。それに、彼女の言うことが本当なら、残された妹の情報も確認しておきたいでしょ。こんなセイフティーネットのないところで、女の子が一人で生きていけるわけないもの」
「それは確かに」
「さあ、人助け人助け」
既に人じゃなくなってて、ゴーストなんですけどねと言いたいのは我慢した。
「だけど、ゴーストは皿が割れたのをなんとかしたいんだよね。品質管理の対策なんていうのは、全て問題が起こったあとにやるもんだから、起きちゃった事に対しては何も出来ないんだけど」
「そこは、旦那様に対策を説明して納得してもらうってことで、あのゴーストを説得すればいいのよ。アルトに割れたお皿を直せなんて言わないわ」
「うーん」
グレイスの言うこともわかるので、ゴーストの納得がいくような対策を考える事になった。
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