第60話 落下品2

 除霊をするのはステラにある元貴族の屋敷。

 ある日ゴーストが現れて、貴族の家族に襲い掛かったので、冒険者を雇い何度か退治しようと試みたのだが、ことごとく失敗に終わったそうだ。

 俺が全く知らないのは、貴族が醜聞が広まるのを恐れて、冒険者ギルドを通さずに冒険者に依頼したからだとか。

 一応冒険者には守秘義務があるが、貴族の醜聞ともなれば金になるので、あっさりと情報を売るやつが出ないとも限らない。

 依頼内容を聞いて辞退された上に、情報を売られたのではたまらないので、冒険者ギルドを通さずに、自分達で見極めた冒険者に依頼したとしても、なんの不思議もなかった。

 そして、全てのパーティが失敗し、屋敷に住むことが出来なくなったので、二束三文で不動産屋に売却したという経緯がある。

 二束三文で買った不動産屋も、何とかしてゴーストの退治をしようとしたが、結果は全て失敗してしまい、神殿に聖女が来たと知ってそこに最後の望みを託したのだった。

 この世界の神殿関係者はアンデッドモンスターと戦うスキルはほとんど無く、それがあるのは聖女くらいなものなので、グレイスがステラに来なければ今回のことは無かっただろう。


「聖女が除霊も出来るなんて知らなかったよ」


「え、出来ないわよ」


 俺の感想が口から出たところで、即座にグレイスの否定が入る。


「え?」


 思わず呆けた声が出てしまった。


「バレると面倒だから、ここからは日本語でね」


 そう釘を刺された。

 そういえば出来ないわよというのも日本語だったな。


「出来ないの?」


「そんなスキル取ってないから。ヒール撃ち込めば倒せるんじゃない?ゲームなんかだと、アンデッドモンスターは回復魔法で倒せたから」


 なんともいい加減というか、度胸がいいというか。

 この世界の法則がゲームと一緒とは限らないのに。


「そんな理由で倒せるなら、他の連中が既に成功していたんじゃないかな?」


「それはそうかもしれないけど、試してみないとわからないわよ。こう見えても、攻略本読まずに何本もゲームをクリアーしたんだから」


 グレイスの「こう見えても」が何なのかわからないが、どうにも現実とゲームをごっちゃにしているのが不安でならない。

 品質管理のスキルもアンデッドモンスターと戦うのに適したものなんてないし、攻撃が効かなかったらどうするつもりだろうか。


「大丈夫、事故物件にビビっていたら大家なんて出来ないから」


「そこは流石、前世が地主の娘ですね」


「まあね。警察と一緒に鍵を開けて中に入る経験をしているから、多少の事では驚かないわよ」


 労災の現場を見ることが出来なかった俺とはえらい違いだな。

 ただ、事故物件にはアンデッドモンスターはいないけど、ここにはいるっていう大きな違いがあるけど。


「それに、神は越えられない試練は与えないっていうじゃない」


「それってどうなのかな……」


 この世界の神は知らないが、前世の神がいたとするなら、人生なんてクソゲーを作った罪を償ってもらいたい。

 自分の親戚は生後12ヶ月でアメリカ軍の空襲で死んだのだが、これを越えられない試練だというなら、お前がやってみろと言ってやる。

 きっとこちらの世界でも乳幼児の死亡率は高いだろうから、やはり越えられない試練はあるんじゃないだろうか。

 それは神でなく仏でも一緒だ。

 前世での悪行で夭逝するのだというなら、救う事が出来ない奴が悟りだなんだという権利があるわけがない。

 そんな試練を与えておきながら、祈りを捧げろだなんだという奴は悪魔か詐欺師のどちらかだ。

 それで天罰が下るというなら俺は天罰を選ぶ。

 まあ、そんな考えを他人に強要したら、俺が神を自称する奴と一緒になってしまうからやめておくが。

 そんな理由でグレイスの考えも論破しようとは思わない。

 疑問は投げかけるけどね。


「まあいいわ。神の与えたもうた試練かどうかは置いておいて、あんたの実力は頼りにしているからね。ゴーストの品質管理をよろしくね」


「何だよそれ」


 ゴーストの品質管理なんてよくわからない。

 JIS規格にない事はからっきしだからな。

 JIS規格にあってもからっきしなのだけど。


「そういえば、品質管理って言ってみたけど、同じジョブの人を見たことある?聖女なんて当代一人みたいなジョブとは違うでしょ」


 グレイスは話題を変えて、俺と同じ品質管理のジョブを見たことがあるのか訊いてきた。

 これは品質管理の成り立ちの説明が必要かな。


「いや、見たことないな。まあ、相手のジョブが見える訳じゃないから、すれ違っても気づかないんだけど。ただ、品質管理が生まれるにはもっと時間が必要だと思うんだ」


「どうして?」


「品質管理の歴史をさかのぼると、大量生産が前提条件になる。そりゃあ、小さな品質問題なんていうのは、人間の生産活動があれば発生するんだけど、20世紀に生まれた品質管理っていうのは大量生産をした時に、一定の品質水準が維持されることを目的としているんだから。で、その大量生産は産業革命によってもたらされる訳だが、産業革命を起こすためには多くの工場労働者が必要なんだ」


「人口ならこの世界にも相当数がいるじゃない」


 グレイスは俺の話した前提条件がここで終わりだと思っているが、実はまだ前提条件には続きがある。


「俺達のいた前世の世界でもそうだったが、農業生産の効率が悪くて、農業従事者を減らすと食糧危機が発生する。そうなると、人口は減少するじゃない。それを防ぐ為に農業革命が必要なんだよ。日本の単位に石高ってのがあるよね。あれは大人が一年間で食べる米の量なんだ。一石が一人分。石高が増えなければ、人口は増やせない」


「でも、それだと農業革命が起きてから、人口が増えるまでのタイムラグがあるわよね。生産量が増えたから子供を作ろうってなって、その子供が育ってって考えるとかなり長いわよ」


「ああ、増やすって説明するとそうなっちゃうよね。逆に、今の人口を支える食糧生産が、半分の農業従事者で可能になれば、残り半分は失業しちゃうよね。地球でも実際に農業革命が起きたら、失業した農家の次男三男なんかが都市に流入したんだ。そして、彼らが工場労働者になる」


 俺の説明でグレイスは納得したようだった。

 この辺の事情は学校でも習う事だし、学校に行っていれば聞いたこともあるだろう。


「じゃあ、アルトはなんでまだ存在しないようなジョブなのよ?おかしいでしょ」


 どうやらそっちは納得していないようだ。

 それについては俺も同意だ。

 やはり、こちらの世界の神とやらも、人生はクソゲーにしたいらしい。

 実際、俺だけでなくカイロン伯爵やオーリスも被害者だしな。


「そこは、聖女様が神に訪ねて欲しい」


「今度会ったら訊いとくわ」


「会えるの?」


 俺の冗談に思ってもいなかった答えが返ってきたので、驚いて思わず声が裏返ってしまう。


「冗談よ。神託はいつも向こうから勝手に投げつけてきて、こちらからの問いには答えて貰えないのよ。双方向メディアとは違うわね」


 なんだ、冗談だったのか。

 聖女が言うと冗談に聞こえないぞ。


「冗談だったの。それは残念。俺も自分のジョブの存在意義を訊いてみたかったのに」


 そうこうしているうちに、件の屋敷へと到着した。

 外から見る限りでは、立派な邸宅ではある。

 だが、外から見てもわかるほどに庭は荒れ放題となっており、今にもお化けが出そうな雰囲気だ。

 まあ、実際に出るわけだが。


「草がボーボーで虫が出そう」


 グレイスが露骨に嫌な顔をした。


「ゴーストは大丈夫なのに、虫は駄目なの?」


「何か一つだけ願いが叶うなら、世界から虫を無くしたいわね」


 環境がどう変わるかわからないから、実行はしないで欲しいところだが、その意見には同意したい。

 俺も虫が苦手だ。

 虫がいるところには、蜘蛛もいるからな。

 出荷容器に昆虫や蜘蛛が入っているのを取るのが嫌でしかたなかった。

 そんな虫たちも駆除したら、生態系が崩れてしまってどうなるかはわからない。

 こちらの世界なら神の見えざる手によって、生態系が崩れる前に元に戻りそうだけど。

 何せ、迷宮からは次々にモンスターが湧いてくる世界だ。

 絶滅危惧種なんてものは無いのかもしれない。

 不良品と一緒で無くならないんだろうな。

 例え、浜の真砂が尽きるとも。


「偶然だね。俺も実はそう思ってたんだ」


 本当は不良がなくなる方が願いとしての優先度は高いけど。


 今にも朽ちそうな門を通過し、屋敷の中へと足を踏み入れる。

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