第57話 地主の家に生まれたかった

 まさかの日本語がグレイスから飛び出した。

 蚊の鳴くような声だったので聞き間違いかもしれないな。

 是非ともここは確認する必要がある。

 今更望郷の念に駆られるとは、自分でも驚きだ。


「まさか日本人?」


 と日本語で質問すると、グレイスは驚きに目を見開く。


「え?」


 彼女は驚きの直後、今度はしまったという顔をした。

 何故だろうと考えて、答えが直ぐにわかった。

 口にしたのが聖女らしからぬ物言いだからだ。


「聞いてたわね」


 そう訊かれたので、こくこくと頷く。


「他の連中にばらしたら殺すわよ」


 これまた聖女らしからぬ。

 俺が返答に困っていると、彼女はジーニアに向かって、


「さあ敵も去った事だし、進みましょうか。助けていただいたお礼に、この方とすこしお話をしたいのですが。二人きりで」


 そう言って、俺の手を取って馬車の中へと連れ込もうとする。

 呆気にとられた俺とその他の人達。


「あの、いくら助けていただいたとはいえ、先ほどであったばかりの方とお二人にするわけには……」


 騎士団のなかで、一番偉そうな人が困ったようにグレイスを見る。

 彼女は意に介さず


「神託にありましたように、今日私の仲間が見つかるというのであれば、きっとこの方でしょう。それとも隊長は神託に異議がおありですか?」


 そう返した。

 ジーニアスは額に手を当てている。

 その態度からは反対なんだろうけど、聖女に神託と言われてしまえば言い返せないと困っているのだろう。

 俺としても、グレイスに訊きたいことがあるので、ここはどうしても二人きりになっておきたい。


「アルト」


 スターレットが心配そうに俺を見ている。


「大丈夫、失礼のないようにするよ」


 そう言ってグレイスと一緒に馬車の中に入る。

 そして、馬車はゆっくりとステラに向かって動き出した。


「さあ、説明してもらいましょうか。全部日本語でお願いね。誰かに聞かれても正体がばれないから。で、どうしてあなたが日本語をしゃべれるの?」


 グレイスに胸ぐらを掴まれる。

 絶対聖女じゃないよな……


「前世の記憶があるって言えばいいのかな?信じてもらえるかわからないけど」


 その言葉を聞くと、グレイスは掴んでいた俺の胸ぐらを放してシートに座る。


「信じるわよ。私と同じだもの。それに神託があったの。『ステラに向かえば仲間に会える』ってね。まさか仲間っていうのが転生者だとは思わなかったけど」


「それじゃあ、前世は日本人?」


「ええ。あなたの死んだ年はいつ?」


「令和元年、西暦で2019年」


「それも一緒ね。同じ世界線にある日本だったのかもしれないわね。まさかと思うけど第二次世界大戦で日本が勝利した歴史だったりしないわよね」


 グレイスはいたずらっぽく笑う。

 この状況でよく冗談が言えるな。

 俺は同郷の者に出会えたことで興奮しているぞ。

 ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆくと詠んだ石川啄木の気持ちが痛いほどわかる。

 久々に聞いた日本語に嬉し涙が出そうだ。


「そんなことはないよ。敗戦を経験している。歴代の総理大臣は勘弁して欲しい。覚えてないからね」


「そこまではいいわよ。まあ、これで元日本人だってのがわかったから。あんたも三途の川渡ったの?」


「そうだよ」


「やっぱりね。転生ってラノベとかだと神様がさせてくれるじゃない。でも、死んだら三途の川渡らないとね」


 グレイスは興奮したように死後のことを話す。

 俺には三途の川を渡ったときのことで、どうしてそこまでテンションが上がるのか理解できなかった。

 だって、自分が死んだときの事だぞ。


「でもね、転生するなら王族や貴族の娘が良かったわ。聖女なんて贅沢な暮らしはできないし、地方の巡回やらお祈りやらで仕事が大変だし」


「それはわかるな。転生したら仕事をしなくてもいいような、特権階級になりたかった。前世のサラリーマンとちがってね」


 この時、俺はグレイスの話しにうまく乗ったと思っていたが、実はそうではなかった。

 彼女は見下すような視線を送ってくる。


「何か?」


 と、その視線の理由を聞いた。


「あたし、前世じゃサラリーマンなんてしたこと無いわよ。女だからOL?サラリーパーソン?どっちでもいいけど」


「え、じゃあ無職?」


「違うわよ!職にはついていたわ。親の資産管理会社の社員よ。親が地主だったから、法人化して不動産を管理していたの。そこで毎日仕事をしていたわ!」


 グレイスが強い口調で否定する。


「仕事内容は?」


「銀行や証券会社、アパート管理とかの会社からの電話の応対ね」


「ほぼ仕事じゃないよね?」


「はあ?ちゃんと給料貰っていたわよ。月給100万円だったけど」


 電話対応だけで月給100万円か。

 手取りか総支給かなんて関係ないな。

 俺なんか、客先からのクレームの電話対応をして、選別して対策書を書いてもその半分にもみたなかったぞ。


「そんな、誰にも愛想を振り撒かなくていい生活から一転、病人・怪我人を診たり、信者と会話をしたりなんて辛くて死にそうよ。猫を被るのにも疲れたわ。ついでに、神殿のジジイから命を狙われて本当に死にそうだったし」


 グレイスのこの言葉で、ブルジョアとプロレタリアの階級闘争の歴史の振り返りから、急にこちらの世界に引き戻された。


「そうそう、なんで命を狙われているの?」


「神殿の利権って言えばわかるでしょ。王都の神殿ともなれば、予算は莫大で甘い汁も滝のように流れているのよ。神殿長のジジイは今まで糖尿になるくらいそれを吸ってきたけど、聖女のあたしが神殿を統括するようになりそうだから、それを阻止しようとしているのよ。これからも甘い汁を吸いたいんでしょ」


「神殿長が一番偉いんじゃないの?」


「今までは聖女がトップだったの。だけど、聖女のジョブが出なくなって300年。ずっとその間神殿長というポストが実質トップになっていたわけ。あたしのジョブが判明した途端、ジジイは焦ったんでしょうね。でも、今までは大した事もしてこなかったわ。別の場所に神殿を建立して、巫女たちと住んだらどうかとか、そんなくだらない提案くらいだったのよ。まさか、今回みたいな凄腕の刺客を送り込んでくる度胸とコネがあったとはね。今回は神託があって自分からステラに行くって言っちゃったけど、ジジイにとっては渡りに船だったみたいね」


 どこぞの会社で見かけた、利権争いを思い出すな。

 さすがに、ヒットマンを飛ばすようなことはしていなかったが。


「で、そんな刺客がまだ捕まってないとなると、枕を高くして寝る事も出来ないのよ。護衛に雇ってあげるから、さっきのあいつがまた襲ってきたら捕まえてよね」


 そう依頼を持ちかけられたが、グレイスの依頼を断る。


「俺、冒険者ギルドの職員だから、護衛の依頼をされても受けないよ。それは冒険者の仕事だら、横取りするわけにはいかないんだ」


 派遣会社が派遣社員ではなく、自社の営業を相手先に派遣するようなもんで、派遣社員の仕事を奪ってる事になるといえばわかりやすいかな?

 俺が断った事でグレイスが焦る。


「ちょっと、さっきの見たでしょ。神殿騎士が束になっても敵わないのよ。あんた、こんなか弱い女性が変質者に襲われてても、『自分の仕事じゃない』って言えるの?」


 そう言われると、このまま見捨てるのも気が引ける。


「上司に相談します………」


 自分で答えが出せないので、ギルド長に相談することにした。

 答え方が非常にサラリーマンっぽかったなと自嘲する。


「話はこんなもんかな。仲間にも護衛の事は伝えないといけないから、馬車から降りるよ」


「わかったわ。それ以外のことは口外禁止よ」


「わかってるって、俺も自分が転生者だなんていいたくないしな。そういえば――」


「そういえば何よ?」


「襲ってきたあいつも、多分転生者だ」


「えっ!」


 グレイスがとても驚く。


「ジョブがなんだかわからないけど、使っていたスキルはこの世界にはまだ生まれていない考え方だったよ。それに、拳銃みたいなものも持ってた。ただ、話し合いが出来るとは思えないけどな」


「そう、確かにここに二人転生者がいるんだから、もっといる可能性もあるわよね」


 そこまで話したところで馬車を止めてもらい、俺が降りて代わりにジーニアが乗り込む。

 スターレットたちに、グレイスから護衛を打診されたが、結論を出せずにギルド長に判断してもらうことにしたと伝えた。


「ずっと護衛して、一緒に王都に行っちゃったりするの?」


 スターレットが不安そうに俺を見る。


「そうなる前に、さっきの襲撃者を捕まえるよ」


 そう言ってみたが、スターレットの表情は晴れなかった。


「そうだ、アルト、さっきの相手のスキルを教えて欲しいんだけど。どうして攻撃が通用しなかったのか知りたいわ」


 シルビアにせがまれたので、コントロールプランと工程FMEAについて説明する。

 剣の攻撃を例にすると、彼女の理解は早かった。


「確かに、剣で攻撃するときに、速度や刃のたて方、腰や腕の関節の使い方って数値化出来るかもね。で、その数値通りに出来たら毎回ベストな攻撃になるけど、それを逆手に取って敢えてダメージが出ないようにしていたのね」


 その通りだ。


「あたしにもそのスキルの効果を打ち破ることは出来るかしら?」


「コントロールプランを守らないやつもいたし、絶対に守らされるわけでもないかな」


 ついうっかり前世の記憶が口から出てしまう。


「守らないやつがいたって、よく知っているわね」


「ほら、そういうジョブだから……」


 そう、苦しい言い訳をしたが、その言い訳にシルビアが食いついてきた。


「じゃあ、アルトも同じスキルが使えるの?」


「スキルツリーには表示されているから、前提になるスキルを習得すれば使えるようになるね」


 今まで気にもしなかったが、今回実際に使われてみるとかなりのチートスキルだ。

 ひょっとすると、8Dレポートやなぜなぜ分析も自分の思った通りに結論を出せたりするのかもしれないな。

 残念ながらスキルツリーにそんなスキルはないが。


「アルトのいないところで遭遇したら逃げるしかないわね」


 シルビアが腰に手を当てて、悔しそうに歯噛みする。

 逃げてくれると助かる。

 俺のいないところで再戦を挑んでしまうと、今度は殺されちゃうだろうから。


「あのダークエルフだけは倒したい……」


 アスカは宿根の思いを口にする。

 殺されかけていたしね。


 波乱の予感しかしないまま、ステラの門が見えた。

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