第56話 工程FMEA

 俺の攻撃は男のスキル【工程FMEA】によってダメージを与えられなかったらしい。

 工程FMEAとは故障・不具合の防止を目的とした、潜在的な故障の体系的な分析方法だ。

 先程男が言った影響度とは、工程FMEAの中でRPN(危険優先指数)という指数の算出に使用される。

 算出方法は影響度(深刻度、致命度等)×発生度×検出度で、それぞれの項目が1~10ポイントまであり、合計値は1~1000となる。

 数値が低いほどよいとされており、一般的には60や100を超えると対策を講じて、RPNを下げることとしている会社が多い。

 因みに影響度1とは不良が発生しても、全く問題ないレベルであるという事である。

 反対に10になると確実にリコールしなければならないレベルだ。

 先程男が影響度を最小にしてあると言ったので、どんなに攻撃を当てても影響はないということだろう。


「アルト、攻撃が効いてないよ」


 スターレットに言われなくてもわかってはいるが、こうなるとどうやって男を倒せばよいのかわからない。

 脳をフル回転させて、工程FMEAを前世の記憶の海から引き上げる。


(工程FMEAって確かクロスファンクションチームで実施していたよな)


 そう記憶が蘇った。

 クロスファンクションチーム、日本語で言えば多機能横断組織。

 工程FMEAを実施するにあたって、様々な部署からそれなりの経験者を集める。

 そうすることで、三項目の性格な点数評価や故障モードと呼ばれる故障の原因の列挙の漏れを防ぐのだ。

 あの時は、品質管理、生産管理、調達、製造、生産技術だったな。

 そんなことを思い出す。

 そして、


(ああ、そういえばあの時設計と実験は来なかったんだよな)


 というのも思い出す。

 そうか、設計と実験は来ないでも工程FMEAを実施出来るんだった。

 本当はいてくれた方がいいんだけど。

 特に設計。

 設計は量産開始後も製品に対して責任を持たなければならないからな。

 時間が合わなくて参加しないことも多かったが、参加してくれたときは貴重な意見を出してくれた。

 懐かしいな。

 おっと、懐かしんでいる場合じゃなかった。

 設計には設計FMEAというやるべき事がある。

 似てはいるが、工程FMEAとは別物だ。


「よしっ!」


 俺は気合いを入れる。

 それを馬鹿にするように男は笑った。


「工程FMEAが支配するこの空間で、俺にダメージを与えるのが不可能だとまだわからんのか?」


「やってみなければわかりませんよ」


 そう言って、俺はスキルを発動した。


「【硬度測定】」


 硬度を測定するべく、生み出された四角錐の形状のダイヤモンドが男に向かって飛んでいく。

 硬度測定をする方法はいくつかあるが、その中にダイヤモンドを測定対象にぶつけて硬度を測定するというものがある。

 勿論、人に向かってやってよいものではない。

 測定室の中ならばだ。


 男はそれを認識するも、全くかわそうとしない。

 かわす必要がないと思っているから当然だ。


 だが――


 ボゴッっという鈍い音がして、ダイヤモンドの測定子が当たった胸の部分の男の鎧が凹む。

 そして後ろに吹っ飛んだ。


「HRC62か。それなりの硬さですね。まあ、測定物を固定出来ていないので、どこまで正確な数値化はわかりませんが」


 測定結果を確認するが、目的はそれじゃない。

 奴のスキルの効果範囲の中でダメージを与えられることが確認するのが目的だ。


「馬鹿な、スキルは発動しているはず」


 男は胸部を手で押さえながら立ち上がってきた。

 こちらを睨みつけてくる。


「教えてあげましょうか。あなたの工程FMEAは量産品質、こちらの攻撃は開発品質。つまり、対象外なんですよ」


 自分でもダメージを与えられたらいいなと思っていたくらいで、確証は無かったのだが、こうして実際にダメージが与えられたということは、今の説明で間違っていないはずだ。

 開発品質はその名の通り、開発段階で確認すべき品質だ。

 振動試験や引張試験、硬度測定なんかは量産時に日常的に確認するのが難しいので、開発段階に確認をするだけだったりする。

 日常の品質チェックをする場合もあるが、それはごくごく限られた製品だけであるのだ。

 量産工程にはないので、当然工程FMEAでも管理してない。

 異世界ナイズドされた工程FMEAもそれは同じだったということだ。

 剣での斬撃や、拳や鈍器での打撃は量産工程っていう認識になっているんだろうな、きっと。


「リエッセ!!」


 男がダークエルフに目配せした。

 ダークエルフは直ぐに理解し指笛を吹いた。

 少しすると、


「ワイバーンよ」


 アスカが飛来するワイバーンを確認した。

 徐々にその姿が大きくなってくるワイバーン。

 今度は空からの攻撃かと身構えたが、男がワイバーンに向かって走り出した。

 ダークエルフもそれに続く。

 そして、ワイバーンに掴まると、そのまま飛び去って行った。

 吹っ飛ばして距離が出来たのは失敗だったな。


「逃げたのかな?」


「みたいね。不覚を取ったわ」


 目を覚ましたシルビアが俺の横にならんで、ワイバーンが飛び去った方向の空を見つめている。


「気がついたんだね」


「ええ、助かったわ。そういえば、気を失う前にヒールをかけたのはいい判断だったわね。致命傷だったから」


 シルビアに礼を言われるが、ヒールをかけたタイミングが違う。

 そういえば、腹を刺されたシルビアを抱えたが、その時血だまりは無かったな。

 どういうことだろうか?


「さて、危険もなくなったし馬車の中にいる人にそれを伝えなきゃね」


 スターレットが馬車の方に歩いていく。

 神殿騎士団が護衛していたとなると、中にいるのはやはり宗教関係者かな。

 スターレットが馬車の中の人物に話しかけると、直ぐに女性が二人中から出てきた。

 背の高い神官服の女性と、背の低い神官服の女性だ。

 背の高い方は30歳くらいにみえる。

 ほっそりとした体型に、切れ長の目が印象的だ。

 なんとなく、前世で客先にいた性格のきつい品管の女性を思い出す。

 背の低い方はおっとりとした雰囲気だ。

 年齢も10代半ばくらいにみえた。

 その彼女がこちらに歩いてきて


「助けていただきありがとうございます」


 そう言って頭を下げた。


「助かりました。あなた方は冒険者ですか?」


 その後ろから背の高い女性が話しかけてくる。


「自分とこちらが冒険者ギルドの職員で、他の二名が護衛の冒険者ですね」


 その説明で安心したようにみえた。


「本当に助かりました。私はグレイス。こちらがジーニア」


「アルトです」


「シルビアよ」


「スターレットです」


「アスカ」


 と挨拶が終わったところで、騎士たちが起き始めた。

 あれ、死んでいなかったのか?


「死んでいなかったのかって驚かれましたね。私のエリアヒールで回復させておきましたから、全員生きていますよ。今までは気を失っていただけ。そちらのシルビアさんと一緒ですね」


「エリアヒール?」


 知らないスキルの名前なのでシルビアの方を見て、教えて欲しいと目で訴える。


「広範囲に一斉にヒールをかけるスキルよ。魔力も大量に消費するし、習得するまでに必要なスキルポイントも多いから、普通の冒険者は習得しないわね。神殿にいる神官や巫女くらいなもんよ」


 知らなくて当然ね、と最後に付け加えた。

 その話を聞いて、グレイスの顔がパッと明るくなる。


「よくご存じですね」


「まあね。昔そんなスキルを使った聖女が王都にいるって話を聞いたのよ」


 この世界にも聖女がいるのか。


 と思ったところで、起き上がった騎士たちがグレイスとジーニアを守るように囲み、こちらに向かって剣を抜く。


「お止めなさい」


 ジーニアの言葉に騎士たちが戸惑いの表情を見せた。


「この方たちが襲撃者を追い払ってくれたのです」


 グレイスが追加で説明をすると、騎士たちは納得したようで剣を納める。


「非礼をお許しください」


「いや、お仕事でしょうから」


 非礼を詫びられるも、こちらはそんなに怒ってない。

 シルビアですら冷静だ。


「で、神殿騎士団が護衛して、エリアヒールが使えるとなると、あんたがその聖女様なんでしょ。襲われる理由があるなら教えて貰えるかしら?神殿騎士団に二人で挑むようなまともじゃない連中が関わっているとなると、とんでもない理由が出てきそうだけど」


 シルビアの発言に焦る。

 聞いたら後戻り出来ないかも知れないのに。

 品管の能力で一番大切なのは、トラブルから遠ざかることだ。


「シルビア、そんな――」


「ここはハッキリ聞いておくべきよ。大きな事件の予感がするの」


 その予感なら俺もしている。

 だから止めているんだよと本人たちを前には言えないが。

 グレイスやジーニアの口が開く前に何とかしたいと焦る。


 そんな風に俺が焦っている時に、グレイスの口が小さくひらく。

 そして――


「こいつら、騎士たちでも勝てなかったのを追い返したんだから使えるわね。このまま護衛させるか、ジジイの送ってきた刺客やばすぎ」


 と笑顔を崩さずに蚊の鳴くような声を出した。


 日本語で!!!

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