第55話 コントロールプラン 後編

 俺は前のめりに倒れたシルビアに駆け寄ろうと走り出す。

 男がこちらに向かって剣を構えるのが見えた。

 回復魔法のヒールの届く範囲に入り、走りながら詠唱をする。


「【ヒール】」


 シルビアはまだ動かないが、多分一命は取り留めたはずだ。

 しかし、もう一撃無防備な状態で食らうと危ないな。

 なんとか男から引き離さないと。


「でりゃあぁぁぁぁ!!!」


 気合い一閃。

 持っていた剣を振るうと、剣速は普通だった。

 あれ、いつもと変わらない?

 俺は驚いたが、それは相手も同じだった。


ガキン――


 俺の攻撃は相手の鎧によって受け止められた。


「鉄をも切り裂く斬撃のはずなんですけどね」


「残念ながら、この鎧は特殊鋼で出来ている。お前にもわかるように言うならば、特別に硬くした鋼だ。しかし、なぜその剣速を出せる?」


 男が訝しげにこちらを見る。

 それにしても、特殊鋼で出来た鎧か。

 全くもって、この時代の文明にそぐわない言葉だな。

 鋼ならわかるが、わざわざ特殊鋼と言ったのには、単なる鋼ではないと主張したかったのだろう。

 炭素以外に混ぜたのは、クロムか、モリブデンか、それともニッケルか。

 興味をそそられるが、今はシルビアだな。

 男が後ろに下がって距離を取ったので、片腕でシルビアを担ぐ。

 気絶はしているが、呼吸をしているのがわかったので一安心だ。

 生きているのがわかったので、そのまま元いた場所まで下がる。

 シルビアを抱えたままでは、思うように攻撃出来ないし、防御もままならないので。


「シルビアを頼みます。気絶しているだけで、命に別状はないから」


「わかった」


 スターレットは寝かせたシルビアの前に立つ。

 俺はそれを確認すると、再び男との距離をつめた。

 さて、攻撃するにしても、鎧は特殊鋼で出来ているのでショートソードの攻撃はダメージを与えられない。

 狙うなら露出している部分だな。

 先程の攻撃でわかったが、相手はそんなに強くはない。

 攻撃が遅いから防げていただけだ。


「リエッセ、俺に向かって石を投げろ」


 男がダークエルフの女に指示をする。

 リエッセと呼ばれたダークエルフは、その指示に驚き目を丸くした。


「よろしいのですか?」


 そう聞き返すと、男は頷いた。


「コントロールプランの効果があるのかを確認したい。あいつが特殊なのか、それとも効果が切れたのか。問題の切り分けだ」


 リエッセはそう言われると納得したようで、足元にあった石を拾って、男の方に向かって思いっきり投げた。

 残念ながら俺には速度の計測スキルがないので、正確なスピードはわからないが、当たればケガをするのは間違いなさそうだ。

 そのケガをするくらいの速度の石が、男に近づいたところで減速する。

 不思議なのは減速したのに軌道が変わらないことか。

 普通であれば、投げられた石が減速するのであれば、重力に負けて地面に向かうはずなのだが、石は未だに真っ直ぐに飛んでいた。

 言うなればスロー再生だな。

 ゆっくりと飛ぶ石を、男は簡単にかわす。


「これで宜しかったでしょうか?」


「ああ。スキルが問題なく効果を発揮しているのはわかった」


 ダークエルフの質問に答えた男はこちらを睨む。


「コントロールプランによる攻撃速度の制限は効果を発揮しているが、その効果が及ばないのが貴様の攻撃だけとなると、対策すべきはそこか」


 殺気が放たれる。

 コントロールプランの不備ごときで殺されるのはかなわないが、もっともそれは前世の話だな。

 この世界なら俺の作業標準書でも人は殺せる。


「対策するのは無理ですよ」


 俺の言葉に男は目を丸くした。


「何故そう言える?」


「こちらの攻撃は作業標準書を遵守している。作業標準書の上位文書はコントロールプランかもしれないが、時には作業標準書がコントロールプランの作成者の意図を超えて、さらに効率的な作業を生み出している事だってある。作成者はそれを認めたがらずに、『コントロールプランの通りに作業をしろ』と言うが、それは現実を見ていない証拠だ。そしてコントロールプランの性質がこの世界でも共通なのであれば、当然作業標準書との関係も引き継がれる」


「やはり貴様はコントロールプランを理解しているのか」


 男は大きく目を見開いてこちらを見る。

 まさか、この世界でコントロールプランを知っている者がいるとは思わなかったのだろう。


「偶然ですけどね」


 と言って、更に俺は言葉を続ける。


「おそらく貴方のスキルで作った効果は敵意のある攻撃という工程について、攻撃速度に制限を加えているはずだ。だから味方であるそこのダークエルフの攻撃にも効果を発揮した。また、そう指定しておかないと自分の攻撃速度も遅くなるからでしょうね」


 ギリッと歯を噛み締めるのがわかった。

 男の態度からして、指摘は正解だろう。

 俺がコントロールプランを作る場合でもそうする。

 先に説明したように、コントロールプランとはどこの工程で、どのように管理するかを決めたものである。

 ならば、自分に向けられた攻撃という工程で、その攻撃速度を時速5キロまでと指定すれば、当然その条件で攻撃することになる。

 これは工場ならば、ガスの流量だったり、油圧だったりするので、作業者は段取り時にその数値になるようにしなければならない。

 が、時にはその範囲では良品が取れなかったり、範囲外の方が歩留まりが良かったりするのだ。

 本来は許されないコントロールプランとのアンマッチではあるが、実際はそのような事はとても多い。

 そして、それが今回も起きたというわけだ。


「そして、世界の理は知っています。改善の余地があるなら、そのコントロールプランは絶対ではないと。まあ、力関係でコントロールプランを遵守させる場合もありますがね」


 そう説明する。

 前世で散々生産技術に言ってきた言葉だ。

 まさか、今回も言うことになるとは思わなかったぞ。


「貴様、この世界の住人ではないな」


 しまった、喋りすぎて気づかれたか。

 というか、向こうもそう言ってくるという事は、転生者かなにかなのだろうか。

 同じ世界から来たのか、それとも似た世界からなのか。

 コントロールプランという単語を知っているから、同じ世界の可能性が高いかな。


「いや、自分はこの世界で生まれ育ってますし、今もここで生活をしています。この世界の住人ではないという意味がわかりませんね」


 そうはぐらかす。


「ならば」


 と言って男は懐から拳銃を取り出した。


「【ブロックゲージ】」


 危険を察知して咄嗟に拳銃の射線上にブロックゲージを作りだした。

 が、これがまずかった。


「何故拳銃の存在しない世界で、その危険性を知っている?やはり外の世界の知識を持っているではないか」


 転生したという事まではばれていないが、それでもそれなりの知識を持っていることはばれてしまった。

 この男を黙らせないと厄介ごとが増えそうだな。

 さっさと倒して捕縛しよう。


「ダークエルフと一緒に馬車を襲っていたので、貴方を捕まえさせてもらいます。馬車の人達が悪いというのであれば、取り調べの際に申し開きするといいでしょう」


 そう言って男との距離を一気に縮めて、新たに作成したピンゲージで頭部への一撃を狙う。


ゴン――


 とい鈍い音がして、男が気絶をしたと思ったが、残念ながら相手は気を失う事無くこちらを睨んでいた。

 おかしい、間違いなく手ごたえはあったのに。

 どう見てもノーダメージだ。


 一旦バックステップで距離を取る。

 俺の慌てた様子を見て、男は馬鹿にしたようにニヤつく。

 ピンゲージが当たった場所は血が出るどころか、腫れてすらいない。

 男もそれを確認するように、頭部を自らの手で触る。


「貴様の攻撃は【工程FMEA】スキルによって影響度を最小にしてある。どんなに攻撃を当てても、ダメージは無いのだよ」


 男の口から出た言葉に驚かされる。

 工程FMEAだと。

 またしても厄介なスキルが出てきた。

 いったい、こいつのジョブはなんなんだ?

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