第58話 品質管理の日常業務

 ステラの街に戻るとそのまま冒険者ギルドに向かう。

 任務完了の報告と、グレイスの一件を報告しなければならないからだ。

 今までは街の喧騒を気にもしなかったが、万が一この中にグレイスを狙う刺客がいたらと思うと、ついつい全員が容疑者に見えて気がぬけない。

 それは神殿騎士団も同じで、緊張した雰囲気が伝わってくる。

 婀娜な女性などはこちらの気を逸らすための駒ではないかと考え、彼女の逆によからぬやからが居るのではないかと視線を向けたりもした。

 全ては心配のしすぎで、襲撃はなく冒険者ギルドに到着した。

 アスカとスターレットは俺の護衛の完了報告、俺とシルビアはギルド長に封印の報告とグレイスが来たことの説明となって別れた。


「冒険者ギルドの中に神殿騎士団がいるっていうのも妙な光景よね」


 執務室に向かう途中、シルビアが後ろを振り返りロビーで待機する騎士団を見る。

 ギルド長の執務室に全員が入れるわけもないので、グレイスとジーニアと神殿騎士団長だけとなっている。

 彼らを案内して執務室のドアをノックした。


「どうぞ、でも足音の数からして随分と人数が多いようですが」


 中からギルド長の声が返ってきた。

 ドアを開けて軽く事情を説明する。


「ここじゃあなんですし、応接室に移動しましょうか」


 彼はそう言ってきたが、グレイスがここでよいと返した。

 そして、神託があってこちらに来てみれば、襲撃を受けたが俺に助けられたこと。

 王都の神殿長が多分黒幕であることを伝える。


「そうですか」


 ギルド長は一通り話を聞いてから考え込む。

 はたしてどんな裁定が下されるのだろうか。

 俺も緊張してその結果を待つ。


 そしてギルド長は口を開いた。


「暫くこの街の神殿に逗留されてはいかがでしょうか。この街の神殿長は良く知っております。彼なら問題ないでしょう。その間にこちらも協力して王都の神殿長の不正の証拠を調べて、失脚させることが出来れば無事にお帰りいただけると思います。うちの職員を専属の護衛としてお貸するわけにはいきませんが、何かあったら駆けつけることは許可しましょう」


 専属ではないが何かあったら駆けつけるのなら、普段の業務は出来るわけだ。

 遠出は出来なくなるだろうが。

 まあ、ギルド長はそんなに長い時間をかけるつもりはないのだろう。

 王都での情報さえ集まれば、あとは神殿内の政治で解決だろう。

 場合によっては国王が動くのかもしれない。

 冒険者ギルドもそれなりの政治力があるからな。


「ただ――」


 そこで俺も意見を出す。


「ただ、どうやって駆け付ければよいのでしょうか。神殿と冒険者ギルドには距離がありますし、夜ともなれば自分の部屋にいますが」


 それを聞いてグレイスが騎士団長に指示して、彼の指輪を外させる。

 そしてそれを受け取ると、俺に手渡してきた。


「これは?」


 彼女に訊ねる。


「『恋人たちの指輪』と呼ばれる神器です。どんなに離れていても一瞬で駆け付ける事が出来ますわ。試しにそのドアの外にでてもらえますか」


 グレイスの指示に従って、一度退室する。

 ドアを閉めた瞬間、目の前の景色が通路から先ほどまでいた執務室に切り替わった。


「効果は確認していただけましたね」


 にっこりと笑うグレイス。

 一瞬の出来事で俺は呆けていたが、やっと頭が起きた事態に追いついた。


「距離はどのくらいまで?」


 まずは効果範囲を確認しなくてはと思い、グレイスに質問した。


「試してはおりませんが、別の国にいても転移できたという言い伝えがありますので、おそらく国内であれば問題はありませんね。ただ、転移できるのは自分の身に着けているものまでで、手をつないていても他の者までは転移できません」


「これって俺が預かったほうも呼び出すことが出来たりします?」


「勿論、ただし湯浴みしている場合もありますので、そちらからの呼び出しは極力ご遠慮ください」


「はい」


 そうだな。

 俺が彼女を呼び出す必要はないからな。

 でも、逆に俺が裸の時に呼び出される事もあるんじゃないか?

 襲ってくる方はこちらの都合なんて考えてくれないからな。

 まあ、今はそれを考えても仕方ないか。

 これ以上に直ぐに駆け付ける方法がないのだから。

 それに、俺のスキルなら裸でも戦う事は出来るし。


「他に何かありますか?」


 ギルド長がグレイスに訊ねる。


「そうですね、護衛になる者の日常業務を見学させていただけますか?」


「どうぞ、ただ相談がいつも来るとは限りませんが」


 グレイスの申し出をギルド長は快諾した。


「では早速」


 と、グレイスは俺の腕をとって、執務室を出ていく。

 俺は引きずられるようにしてついていく事になった。


 ロビーに戻るとスターレットとアスカ、それに神殿騎士団が待っていた。


「この中を見学することになりました」


 グレイスが神殿騎士団に指示をすると、後ろからやってきた騎士団長が外で待機するように指示を出す。

 ここで騎士団は冒険者ギルドから出ていき、残ったスターレットとシルビアとアスカと俺にグレイスとジーニア、それに騎士団長を加えた7人で見学となった。

 なんか工場見学を思い出すな。

 品管であっても見学の案内の経験はある。

 体制監査で訪れた客を案内したりもした経験を思い出す。


「ではまずロビーから。あそこに掛けてあるショートソードは限度見本です」


「限度見本?」


 ジーニアが訊いてくる。

 グレイスは知っているのか、今は黙っている。


「新人の冒険者では刃物の刃こぼれの限度がわかりませんので、ああして研ぎに出す基準となる見本をつくりました。言葉で言っても中々わからないですからね」


 そう説明すると、騎士団長が一番大きく頷いた。


「新人どもの教育にはもってこいだな。うちでも導入しよう」


 グレイスはニヤニヤしながら、そっと俺に耳打ちしてくる。


「小学校で行った工場見学を思い出したわ」


 と日本語で。

 グレイスが前世でどこの地域に住んでいたのかは知らないが、車両メーカーに限らず小学生向けの社会科見学をやっているので、小学生は近場の工場に見学に行く。

 俺のやっている事なんて、工場でやっていたことの応用でしかないから、思い出して当然だな。


 ふと気が付くと、殺気じみた気配を感じる。

 後ろを振り返ると、こちらを般若みたいな顔で睨んでいるスターレットが居た。


「聖女様がはしたないと思います!」


 グレイスに強い言葉を投げたが、グレイスは動揺もしない。


「あら、妬いているのかしら。可愛いわね」


 ほほ笑みをスターレットに向けると、俺との距離を取った。

 スターレットが直ぐに俺とグレイスの間に割り込む。

 そして、ジーニアはグレイスの行動を注意した。

 素直に聞く振りをしているが、絶対に反省していないだろ。

 不良を流出させたときに、上辺だけで謝っている作業者と同じ臭いがするぞ。


「次は受付のポカヨケですね」


 ジーニアのお説教が終ったタイミングで、受付に設置したポカヨケの説明をする。

 レオーネがサインを忘れた時の対策で設置したあのポカヨケだ。


「これがアルトのスキルですか?」


 グレイスがよそ行きの言葉で訊ねてくる。

 よく素が出ないものだと感心しつつ、


「いいえ。これはこの街のドワーフに作ってもらったものです。アイデアは自分が出しましたけどね」


 と答えた。


 その後も食堂やポーション製造部などを見学し、俺が今まで対策してきたところを説明する。


「全くスキルを使っていませんね」


 それがグレイスたちの感想だった。

 騎士団長もジーニアも頷いている。

 測定は別として、不具合対策なんてものは特殊なスキルは必要ない。

 真因を特定して、それを対策すればいいのだから。

 ただ、どうしても対策できないこともあるので、スキルがあればいいなとは思うけど。

 そんな特殊な事例を除けば、なぜなぜ分析やQC七つ道具などを使って対策が出来る。

 どんなところでもだ。

 前世で吝嗇家の社長が珍しく俺に外部教育を受けさせてくれて、その時カンバン生産のコンサルタントの話を聞いたのだが、その時強く印象を受けたことが根底にある。

 曰く、「カンバン生産があるから強いのではなく、既存の生産方式のカイゼンを常に考えて行き着いたのがカンバン生産であり、今でも常にそれ以上のものを作り出そうとしている精神こそが会社を強くしている。この精神があるかぎり、どんな業種であろうとも強い企業になれる」

 曰く、「あるものを使え。なんでもかんでもコンピューターに頼るな」

 前者は格闘家みたいな考え方だ。

 リングの上だけではない。

 街でナイフを持った暴漢に出会ったときも、山で餓えた熊に出会したときも、身に付けた技術で立ち向かう。

 そんなイメージに近い。

 そのコンサルタントは一業種につき、一社のみしかコンサルタント業務を請け負わないと言っていた。

 常に別の業種でカイゼンの考えがどこまで通用するかを試してみたいんだと。

 あの人ならば、きっと異世界に転生してもコンサルタントとしてやっていけるだろうな。

 後者はその補足である。

 コンピューターが故障したら在庫がわからない、生産指示がわからないなんて馬鹿げている、と。

 カンバンはだからなるべく紙がいいし、表示の類いだって段ボールの裏に書いてもいいとも言っていた。

 本当にそうするかどうかではなく、今あるもので出来ることをやればいいということなんだろうな。

 カンバンのシステムソフトが無いから出来ませんなんて言い訳は聞きたくないとも言っていた。

 だから、コンピューターの無い異世界でも、そこにあるものを利用していくだろう。

 紙が無ければ木簡かもしれないし、字が無ければ色を使うはずだ。

 その外部教育のお陰で、今までは会社が設備投資してくれないから不良が出ると簡単に諦めていたものを、どうにかしてあるものだけで対応できないかを考えるようになった。

 それでも全部は解決できなかったが、過度に金をかけなくとも対策出来ることもあった。

 まさか、そんな経験が異世界で役立つとは思ってもみなかったが、コンサルタントの言葉を借りれば「品管が品管であるということは、その不具合に対する対策を諦めないことである」ってことだな。

 その結果がこうしてスキルを使わなくとも、色々な不具合の対策が出来ており、評価もされているということだ。

 グレイスに言われて改めて気づく。


「測定系のスキルはありますが、人によるミスは様々なものがあって、スキルで対応という訳にもいかないんですよね。測定なら例えば長さなら測り方は変わりませんけど」


 そう答えた。


 その後、グレイスたちは街の神殿に行くというので、ここで別れることとなった。

 彼女たちを見送った後、スターレットが俺の指についている指輪に気が付いた。


「アルト、そんな指輪していなかったよね?」


「ああこれね。グレイスが緊急呼び出し用のアイテムとして俺に渡してきたんだ。一瞬で呼び寄せられる神器らしいよ」


 そう説明すると、シルビアが


「『恋人たちの指輪』って呼んでたわね」


 と余計な事を言った。

 敢えてアイテムの名前は伏せていたのに。


「恋人たち……」


 スターレットが下から俺をハイライトの消えた目で見てくる。

 俺はシルビアを批難の眼差しで見ると、彼女はニヤリと笑った。

 わかっていてやったな!


 その後スターレットの機嫌をなおすのに、5時間ほどかかった。

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