第52話 8Dレポートによる対策 5

 吐血して片膝をつくカイロン伯爵。

 これが呪いの効果だろうか?


「苦しそうですね」


 俺が声をかけると、伯爵は手で口についていた血をぬぐう。


「こいつの欠点は一度発動すると誰かの命を吸わないと、使用者の命を吸う事だな」


 と呪いの効果を説明してくれる。

 厄介な代物だな。


「このままでは死んでしまいますよ」


 心配するのも変だが、ついそう言ってしまった。

 すると、カイロン伯爵は俺を睨みつける。


「そうだな、ここではまだ死ねぬな。今まで散々他人の命を奪ってきたんだ。死後地獄の業火に焼かれようとも後悔はしない。だが、娘の発作を抑える為にも、もう少し金を作る必要がある」


「何もそこまでしなくとも」


「自分の子供が捕まって磔にされるのを我慢できる親などいるか?発作を抑える事が出来るとわかっているのに。全ての罪は私が背負う。死んだらこんな運命を押し付けてきた神とやらに文句を言ってやるさ」


 伯爵も子を愛する親であり、神の定めた運命から子を守ろうとしてるのが痛いほど伝わってきた。

 俺自身品質管理なんてジョブで困っていたのだ。

 まだ発作で他人に迷惑をかけないだけマシだったな。

 出来ることなら、伯爵と一緒に神をぶん殴ってやりたい。


「是正処置を一緒に考えましょう。薬の作り方さえわかればなんとかなるかもしれません」


 なんとか伯爵を説得しようと、俺はそんな提案をした。

 だが、伯爵は首を縦には振らなかった。


「遅すぎるのだよ。既にこの手は汚れている。その秘密を知った貴様らを生かしておいたら、いつ秘密が漏れるともしれないからな」


 ショートソードを杖替わりにして、伯爵はヨロヨロと立ち上がった。

 既に呪いの効果でまともに動けなそうだ。

 命の火は今にも消えようとしている。

 真因にたどり着く前なら、悪い奴は倒すべしって言っていただろうけど、今となっては子供のために自らの手を血で染める覚悟を持った親であると知ってしまい、こちらの決意も鈍る。

 伯爵は本当に悪なのか?

 いや、悪でないとして死んでいった人たちにどう説明できる?


 どうにも自分の考えがまとまらない。

 前世の客先からの要求に応えられずに、成績書の改竄に走ってしまった他社の品管の顔が浮かぶ。

 何度か仕事で一緒になったことがあり、面識どころか多少の悩みの相談をする仲であった彼は、性能が要求にたいして未達であったが、納期を優先するあまり、成績書を改竄してしまったのだ。

 無理な単価、無理な納期、最初から品質を満足する物なんて出来るわけがなかった。

 だが、不幸なことにその製品は使えないわけではなかった。

 だから、成績書を改竄しろという見えない圧力があり、それに負けてしまったのだ。

 知らない人間からしたら、そんなものは突っぱねて本当の事を言えばよいと思うだろうが、そうすることでその会社にはいられなくなる。

 露骨に解雇するような手段は取らないだろうが、やはり見えない圧力はかかる。

 彼にも家族があり、その生活を守るためには金を稼がねばならない。

 ある程度年齢も行ってしまえば、転職はかなり厳しくなる。

 そんな状況に置かれて、正論を言い続ける事が出来る奴なんて皆無だ。

 ただ、成績書の改竄はいつかはばれる。

 そして、無言の圧力をかけた連中は責任を取らない。

 ニュースになると世間は彼を批判したが、そこに至るまでの背景を深掘りするなんて事はなかった。

 率先して品質偽装をする品質管理なんていない。

 最初から良品であれば、そもそも嘘を書く必要なんて無いのだから。

 真因はどこにあるのか。

 今回の伯爵だって、子供が普通のジョブであれば、こんなことをしただろうか。

 そして、発作を抑える薬が存在しなければ、若しくは安価であれば。

 そんな事が頭をちらつく。


 神が与えるジョブは絶対である。

 これが原理原則であるなら、それをどうにかすることで是正処置とは出来ない。

 例えるなら金属を切削する際に発生する熱を無くそうとする様なものだ。

 刃物と金属がぶつかるのだから、どうしたって熱は出る。

 だが、油を使うことによって熱による影響を軽減することは出来る。

 今回の是正処置もおとしどころはそんなところか。

 ただ、既に遅すぎて多数の犠牲が出てしまっている。

 それらに目をつぶって、伯爵の気持ちだけを理解するのも間違っているな。

 前世の成績書を改竄した品管の彼も、責任を取って解雇された。

 社会的な制裁を受けているのだ。


「何故貴様が泣いている?」


 伯爵に指摘され、初めて自分が泣いているのに気がついた。

 過去の記憶と伯爵の気持ちを自分に投影したら、涙が勝手に出てきたのだ。


「罪を償いましょう。薬は何とかします!」


 そう訴えるも、伯爵は拒否した。


「今さら死んでいった者たちに頭を下げたところで許されるはずもない。それに、世間がこの事を知れば娘はどうなる?私と一緒に吊し上げられるに決まっているさ。既に何度か盗みをはたらいているしな。先程も言ったろう。手遅れなのだよ!!」


「でも――――」


 伯爵への反論に窮してしまい、そこで言葉が詰まってしまった。

 その時、部屋のドアがあき非の打ち所がない外見の少女が入ってくる。

 洗練されたその顔立ちは、一切の凹凸のない定盤のような美しさがあった。

 おっと、訂正だな。

 少女ではなく、若い女性で成人済みだ。


「もうよいのです、お父様」


「オーリス……」


 伯爵と少女の会話から、彼女が娘のオーリスであることがわかった。

 彼女は言葉を続ける。


「神がわたくしにこのジョブをあたえたもうたからには、そこには人には計り知れないお考えがあっての事。神慮を無明の凡下がどうして推し量れましょうか?推し量れぬ以上はこのジョブで生を全うしたく思います」


 凛とした態度でそう宣言した。


「それでは――」


 と言いかけたところで、伯爵が前のめりに倒れる。


「時間切れですわね。残念ながらと言いましょうか、お父様は旅立たれました」


 オーリスの発言は身内の死に対するものじゃないな。

 感情がまったく感じられない。


 ショートソードは指輪に吸われる様にして消えた。

 オーリスは伯爵の指から指輪を外すとそれを自らの左手中指につけた。


「さて、そろそろ館に火を放つように命じた時間ですわ。わたくしもお父様もここで焼死となることでしょう。あなた方はどうぞお逃げください」


 彼女はそう言うと、こちらに向かって一礼した。


「死ぬつもり?」


 シルビアがオーリスに訊ねる。

 彼女はそれを一笑に付した。


「まさか。やっとお父様が居なくなって、これからわたくしの人生が始まるというのに。ここで死ぬなんて毛ほども考えておりませんわ」


 その言葉を聞いてほっとするが、直後に彼女のジョブを思い出す。


「まさか、今後盗みで生計を立てるつもりですか?」


「ええ。わたくしがここで焼死したことになれば、万が一捕まったとしても家名に傷がつくことはありませんから。もっとも、捕まるようなへまはいたしませんが」


 俺に微笑むが、その目の奥は笑っていない。

 捕まえられるものならやってみろという挑戦状を叩きつけられた気分だ。


「逃がすわけにはいかないわね」


 シルビアが飛びかかろうと前傾姿勢になったのが背中から伝わってくる。

 が、次の瞬間オーリスは先ほど伯爵が空けた床の穴に飛び降りた。


「このオリハルコンは貰っていきますわね。アルトでしたっけ?あなたとなら上手くやれそうな気もしましたわ。焼け死なないうちにどうぞお逃げください」


 階下からそう声が聞こえた。

 床から覗き込むと、大きなオリハルコンのブロックゲージが消えていた。

 収納魔法かな?

 怪盗のジョブで取得できるスキルが気になるぞ。


「火の精霊の力が急激に強くなってる。早く逃げないと!!」


 アスカが精霊の力を感じ取って叫んだ。

 オーリスがに気はなるが、今は脱出するのが先だな。

 屋敷の外にブロックゲージを作って階段代わりにする。

 地面から生えたブロックゲージはパレート図で描かれる棒グラフのようになっていた。


「さあ、ここから脱出しよう」


 窓から順番に脱出する。

 アスカ、スターレット、シルビア、ラティオを担いだ俺。

 既に煙で視界が悪くなり始めていた。

 窓から噴き出す熱気で、呼吸をすると肺が痛い。

 もう少し遅れていたら死んでいたな。


「私たちこれからどうなっちゃうの?伯爵殺しの罪になったりしない?」


 スターレットが心配そうに俺の袖をくいくいを引っ張った。

 目撃者も多いし、その可能性はあるな。


「そういう時のギルド長よ。さあ、衛兵が来る前に冒険者ギルドに行くわよ」


 シルビアに促され、俺達は冒険者ギルドに向かった。

 そして、急いでギルド長に事の詳細を報告した。


 そして、数日が経過した。

 俺たちは衛兵に捕まることなく、いつもどおり冒険者ギルドにいた。

 ギルド長に報告したあとは、特にすることはなかった。

 ギルド長がラティオを連れていき、たぶん街の偉い人と話し合ったのだろう。

 カイロン伯爵は火事で死亡。

 娘のオーリスも一緒に焼死体が見つかったと話題になった。

 本当に焼死体があったのか、それとも噂を流しただけなのかはわからないが、オーリスは絶対に死んではいない。

 なので、俺はジョブの発作を抑える薬をつくるのを諦めてはいなかった。

 なお、ラティオはまた逃げたしたそうである。


「あんたも物好きね。ジョブの発作を抑える薬の情報に懸賞金をかけるなんて」


 俺が冒険者ギルドの食堂で昼食をとっていると、そこにシルビアがやってきた。

 彼女の言うように、俺はその薬の情報に懸賞金をかけたのだ。


「問題が解決していないからよね」


 俺の相向かいに座っているスターレットがサラダを食べる手を止めて、こちらを見て笑う。


「そうだね。これはまだ是正処置までたどり着いてないんだ。ここから、是正処置とその効果の確認をして、再発しないように水平展開をすることで完了になるんだ。先は長いよ」


 と答えて、自分の皿のカットステーキを食べようとしたら、シルビアに橫からひょいとさらわれた。


「あっ、今食べようと思っていたのに!!」


「ケチ臭いこと言わないの。懸賞金を懸けるくらいお金があるんでしょ」


 噛まずに飲み込んだシルビアは、バシンと俺の肩をたたいた。

 せめて味わってくれ……


「それにしても、アルトにも解決できないことがあったなんてねー」


 スターレットは彼女の皿に残っていたカットステーキを一切れ、俺の皿に移してくれた。

 それをありがたくいただく。

 そして、ステーキが喉を通過した後に俺は


「品質管理ツールも万能じゃないからね。むしろ、解決出来ないことの方が多いよ」


 と目をつぶって前世を思い出しながら言った。

 そう、前世の時だって解決出来ない問題は山ほどあった。

 慢性不良の有無は監査で間違いなく質問され、無いと答えてはいるが、現実はそんなことなんてない。

 赤箱には常に不良品が入っており、日々工程内不良が発生していた。

 それらは品質管理ツールを使っても解決なんてしなかったのだ。

 品質管理の偉い学者は工場の現実を見るべきだと思う。

 出来る範囲の改善をやり尽くした結果がこれなのだから。

 現場現物現実を見ない経営者、上司たちの目を盗んで、何とか改善に金をまわしてたどり着いたのがここであるのだから。

 理想は予算を湯水の如く使って、完璧なラインを作り上げることだが、それが出来る会社が世の中にどれだけあるというのだ?


 と、文句を言いたい気持ちはあるのだが、こちらの要望を全て叶えてくれる職場、プロジェクトの方が稀有な存在だ。

 仕事に限らず、人生は常に何かしらの 障害がある。

 いちいち出来ない理由を探していたら、永遠に何も成し遂げられない。

 俺の前世の婚活みたいなものだな。

 やはり、ここは前向きにいかないとね。


「解決出来ないなら諦めなさいよ」


 いつの間にかアスカもやってきて、シルビアと反対の席に座る。


「ちょっと、二人ともアルトから離れなさいよ。こっちも空いてるじゃない!」


 スターレットがテーブルをバンバン叩いて抗議した。

 その音に反応して、他の客がこちらを睨む。

 姦しくなってしまった女三人に代わって、俺が頭を下げて謝罪した。

 みんなここの馴染みなので、シルビアと揉めたくないのか、それ以上文句を言ってくるような奴は居なかったのは幸いだったな。

 頭を下げ終わって椅子に座り直すと、俺はアスカに


「今解決できなくても、諦めなければいつかは解決できるさ。人生はEOPまで長いからね」


 と言った。


「EOPが何かは知らないけど、時間をかければ解決できると思ってるのね。それまでに、あのお嬢様が捕まらなければいいけど」


 アスカも一応気を遣って、公の場ではオーリスの名前を出さなかった。


「もうステラにはいないんじゃないかな?ちょっと、シルビア痛い!」


 スターレットはシルビアに羽交い締めにされている。

 無理に喋らなくてもいいんじゃないかな。

 苦笑いしか出てこないよ。


「この街は彼女には狭すぎるからね。今ここに居たとしてもいずれ出ていくんじゃないかな」


 この予想は数ヶ月後に的中し、王国中に名をとどろかせる怪盗が誕生する。

 まあ、この時はそんなことはわかってはいなかったので、単なる勘だったのだが。


「きゃっ、何するのよ!」


 シルビアに羽交い絞めにされながらも手をばたばたとさせていたスターレットが、思わずアスカの顔にその手を当ててしまった。

 怒ったアスカがスターレットの髪を掴んで引っ張る。

 いよいよもって姦しさが頂点に辿り着いた。

 そんな姦しさを他所に


「品質管理ツールも万全じゃないのはここでも一緒か。結局最後は人なんだよね」


 と、テーブルに置かれていたカップを手に取り、やや冷めてしまったコーヒーを飲みほした。

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