第53話 測定して終わりではありません。その結果をどう使うかです

 部屋の中には男たちがいた。

 テーブルを挟んで三人と一人。

 いずれも人相の悪いやからである。

 部屋にはドアが一つと窓が一つ。

 ドア側に三人がいるといった構図になっている。


「これが成功報酬だ」


 そう言って、三人の中のリーダー格の男がテーブルの上に革袋を置いた。

 ジャラリと音がする。


「金貨50枚だよな?」


 向かいの男が中身を確認する前に、リーダー格の男に質問した。

 向かいの男の名はプローブ。

 暗殺を生業としている。

 今もその成功報酬を受け取りに来たのだ。


「ああ、間違いねえよ」


 リーダー格の男は面倒くさそうに答える。

 プローブは革袋を受け取ると、それを懐にしまった。


「確認しないのか?」


「確認ならもうしたさ。金貨50枚と革袋にしちゃあ50グラムばかり重量が足りないようだ。おおよそ贋金でも混ぜてあるんだろう?」


「てめぇ!」


 プローブの言葉に男達は色めき立つ。

 三人とも自分の腰にあるダガーナイフに手をかけるが、その瞬間にリーダー格以外の男達の眉間にプローブの投げた針が刺さっていた。


「グリズリーですら即死させる程の毒だ。既にあの世に旅だったよ」


 プローブはニイっと笑うと、針を一本取り出してリーダー格の男に見せるように、自分の顔の前までもってきた。


「言ってなかったか、俺のジョブは測定士だ。色々なものを測定することが出来るんだよ。重さ、距離、それに強さだってな」


 プローブのジョブは彼の言うように測定士だった。

 最初は聞いたことないジョブに戸惑ったが、スキルレベルが上がることで徐々にその特異性が呑み込めた。

 そして、そのスキルを使って暗殺者になったのである。

 主な手口は毒殺。

 自分の最大射程から毒矢で相手を殺す。

 逃走するのに距離が取れるので、こうして今まで生き延びてこれたのだ。


「だから持っただけで贋金とわかったのか」


 男の問いに無言で頷く。


「そして、罠だとわかっていても落ち着いていられたのは、測定した結果、お前らが弱いのがわかったからだ。俺が中身を確認するのに視線を逸らした時か、この部屋を出ていく時のどちらかで襲おうと思っていたんだろ?」


 プローブは男たちの企みを見抜いていた。 

 襲われるのがわかっており、相手の強さもわかっているので、慌てふためくことが無かったわけだ。


「ま、こんな商売をしていると、何度も口封じをされそうになるからねえ。それに、口封じを依頼された事もあったか」


 人差し指と親指でつまんだ針をくるくると回転させる。


「俺を殺すのか?金なら払う。依頼料の倍でどうだ?」


 男が命乞いをしたが、それを首を振って否定した。

 それを見て、男の額には脂汗が流れる。


「最初からそうしていれば良いものを」


 そう言って針を投げようとしたところで、急に部屋のドアがあいた。


「動くな。やっと尻尾を掴んだから、大人しく捕縛さ……死んでる?」


 室内に侵入してきたのは若い男女だった。

 男の方が口を開いたが、言葉を出しきる前に床に転がった死体に気がついて、途中で言葉が止まってしまった。


(なんだこいつ!?)


 というのがプローブが感じ取った印象だった。

 スキルを測定した結果が、


品質管理レベル50

スキル

 作業標準書

  作業標準書(改)

 温度測定

  温度管理

 荷重測定

 硬度測定

  ダイヤモンド作成

 コンタミ測定

 三次元測定

  RPS補正

  マグネットブロック作成

 重量測定

 投影機測定

 ノギス測定

  ハイトゲージ測定

  内側測定ノギス測定

  ピックゲージ測定

  デプスノギス測定

  定盤作成

 pH測定

 輪郭測定

 クロスカット試験

 塩水噴霧試験

 振動試験

 引張試験

 電子顕微鏡

 マクロ試験

 照度測定

  照度管理

 レントゲン検査

 蛍光X線分析

 粗さ測定

  粗さ標準片作成

 ガバリ作成

 検査室作成

 シックネスゲージ作成

  C面ゲージ作成

  軌間ゲージ作成

  姿ゲージ作成

  テーパーゲージ作成

  ネジゲージ作成

  ピンゲージ作成

  溶接ゲージ作成

  リングゲージ作成

  ラディアスゲージ作成

 ブロックゲージ作成

  リンギング

 ゲージR&R

 品質偽装

  リコール


 と、見たこともないスキルが並んでいたが、一番驚いたのはスキルレベルが50であったことだ。

 今まで見てきた冒険者でも20となると金等級になる。

 それが目の前の若者は50だ。

 直後、今まで危機をなんども乗り気って来た直感が働く。


(逃げるに限る!!)


 プローブは窓に体当たりをして、ガラスを割って外に逃げた。


「アルト、あいつは追わなくていいの?」


「スターレット、今はこいつを捕まえに来たんだ。仲間割れだかで死人が出ているが、今の依頼はなんとか達成できたから、あいつはほっとこう。こいつに訊いてやばかったらその時に探せばいいかな」


 今回アルトはスターレットに付き合って、この場に踏み込んだのだ。

 事の始まりは、スターレットが子供から冒険者ギルドを通さずに依頼を受けたことに遡る。

 ここにいたリーダー格の男が露店商に因縁をつけて痛め付けたのだが、その露店商の子供にたまたま通りがかったスターレットが依頼されて、既に立ち去っていた男を探す事になったのだ。

 聞き込み調査の結果、犯罪者ギルドの幹部であることがわかり、一人で乗り込むわけにはいかないので、アルトと一緒にこの場に乗り込んだわけである。


「さて、どうしてこんなことになったのか、衛兵の取り調べで喋ってもらうことになりそうだな」


 アルトは男を縛り終えると、スターレットに衛兵を呼んでくるように指示をした。

 スターレットが部屋から出ると男は観念したように、これまでの経緯をアルトに話した。


「じゃあ、暗殺が成功したから今度は暗殺者の口封じをしようとしたわけか」


「ああ、あんたらが飛び込んで来なかったら殺されてたぜ」


「どのみち今の話を取り調べで白状したら処刑だろ?」


「見逃してくれてら金を払う。言い値でいいぞ」


 男が交渉を持ちかけてくるが、アルトはそれに応じなかった。


「観念しろ。今回お前が露店商に暴力を振るわなければこうはならなかった」


 アルトの言葉に一瞬ポカンとするが、直ぐに思い当たることが頭に浮かんだ。


「素直に売り上げの一割を納めやがれば、痛い目を見ずに済んだものを」


「そもそも、それがおかしいだろ。なんで天下の往来で商売をするのに、お前にそんなものを支払わにゃならんのだ」


「それをいったら、俺たちみてぇな商売は出来ねえよ。しかし、仕返しのために冒険者ギルドに依頼を出すとはな」


 男はアルトをギロリと睨んだ。

 が、アルトはそれを気にもとめない。


「今回はそうじゃないぞ。まあ、依頼人が誰かなんて喋るつもりは無いがな。逆恨みされても困るので、違うとだけは言っておこう。どうせあんたは処刑されるだろうから、依頼人を知ったところで報復も出来ないだろうけど」


「ぐぬ」


 男は項垂れ、それ以降は会話はなかった。



――――


「はぁ、はぁ。追ってくる気配は無いか」


 プローブは足を止めて後ろを振り返る。

 逃げているのは、昼でも暗い裏路地である。

 建物と建物との間隔が狭く、太陽の光が入ってこれないのだ。

 部屋に闖入してきた連中が追ってきていないのを確認すると、ホッと一息ついた。


 が、それもつかの間。

 前を向くと人が一人、通行を邪魔するように立っていた。

 その輪郭の細さから女性かと思うが、光が弱く顔がいまいちよく見えない。


「やっと見つけたわ。貴方わたくしの暗殺も請け負いましたわよね」


 そう発せられた声から、相手が女性だとわかった。

 自分が暗殺を請け負って、いまだ手を付けていないとなると、怪盗ラパンだけだがっとプローブは黙思する。

 が、ラパンの正体は不明の為、今は情報を収集している段階であった。

 先入観を持つのは良くない事だが、まさかこの女性がと驚きを隠せない。

 だが、折角の獲物が目の前に出てきてくれたのだ。

 これを逃す手はない。

 もとより、道をふさがれたままでは、いつまた追手が来るかもしれないのに逃げられない。

 それに相手を測定した結果は、スキルレベル20。

 今までもそれくらいの相手であれば暗殺してきた。


(こいつになら勝てる)


 いつものように、慣れた動作で毒針に手を伸ばす。


(これを投げれば数秒後に目の前の女は死ぬ)


 っと、そこでプローブの意識は途絶えた。

 首から上がゴロンと今までつながっていた場所から切り離され、血をまき散らしながら地面に転がる。


「あなたのように測定結果を元に、そこからどうすればいいかを考えられる人は有能。殆どの人間は目の前の結果を知ってそこで終わり。でも、そこから先が考えられるなんてなかなかいないわ。本当は手元に置きたかったのだけど、わたくしの命を狙ってしまったので諦めましたわ。それって大罪でしょう?」


 ラパンが手にしていたショートソードが、彼女の指にはめていた指輪に吸収された。

 そして、その姿が建物の影へと吸い込まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る