第51話 8Dレポートによる対策 4
さて呼ばれて向かった先はやはりカイロン伯爵の邸宅であった。
街の実力者だけあって、外から立派な建物が見える。
そして敷地が広い。
勿論門番もいるのだが、老紳士と一緒なのでそのまま通される。
彼がいなければどうやって敷地内に入っただろうか。
強行突破だとこちらが罪人になるしな。
と考えていると、スターレットが同じ事を考えていたようで
「アルト、どうやってこのお屋敷に入れてもらうつもりだったの?」
と訊いてきた。
「ラティオを見せれば向こうから招き入れてくれると思っていたよ」
と返したものの、当然いま考え付いたことだ。
不具合発生現場を確認して初めて気づくことだってままある。
やはり三現主義で、現場は見るべきだな。
「随分と杜撰ね。そんな事だろうとは思ったけど」
アスカは肩をすくめて、ハンと鼻を鳴らした。
他人を見下すその視線は、そういう趣味なら興奮しそうな程に冷たさを放っていた。
まあ、俺にはそんな趣味は無いので興奮もせずに視線を逸らしただけに終わるが。
品管なんぞをやっていると、精神的に追い込まれてそういう趣味を持つ人もいたが、生憎と俺にはそれは理解できなかった。
尾籠な話はこれくらいにしておこうか。
ここは敵地なので油断しているとどんな攻撃をされるかわかったもんじゃない。
その後室内に案内されて、カイロン伯爵を待つように言われた。
老紳士は慇懃に頭を下げると、主を呼びに部屋を出ていく。
身分の低い自分達に対して慇懃無礼な対応かと思いきや、洗練されたその動作に嫌味は全く無かった。
寧ろ気分はいい。
「私もあんな執事が欲しいな」
とスターレットが感想を漏らす。
全く同意見だが、そんなもんを雇う金をどう捻出するつもりなのか。
「待たせたな」
暫くしてやってきた男は非常に偉そうにそう言った。
豪華な服に身を包んだ中年の男である。
服の上からでもわかるその体形は良く言えばぽっちゃりだな。
ステレオタイプの貴族そのものだ。
「呼び出された要件はこいつ絡みでしょうか?すいませんね、育ちが卑しいものですから、貴族の方への言葉遣いなんてわからないもので」
俺はラティオを指さすと、敢えてぞんざいにそう言った。
相手を怒らせて揺さぶってみようとしたが、残念ながらそれは空振りに終わった。
怒りでつい本音を出してしまうのに期待したんだが、そう簡単にはいかなかったか。
怒りというか、汚いものを見る眼差しだな。
不良の真因調査でも作業者の性格が千差万別で、強く出れば良い時もあれば、下手に出れば良い時もある。
みんな、なかなか正直には話してくれないのだ。
じゃあどうしようと考えていると、意外にも向こうから質問がきた。
「貴様らの中で子供が居る奴はいるか?」
そう聞かれて、全員が首を振って否定した。
生憎と前世でも独身で子供はいなかった。
ついでにいえば童貞だった。
そんなわけで、俺の子供を妊娠したとかいってくる奴は詐欺師だな。
若しくは、俺が記憶障害。
「そうか、ならば親の気持ちなどわからんか」
カイロン伯爵は憐憫の眼差しでこちらを見る。
「親の気持ちと今までの事がどう関係するのか説明してもらいましょうか」
俺の返答にカイロン伯爵は頷いた。
そして、事の真相を語り始める。
「あるところに可憐な少女がいた。小さい頃から蝶よ花よと育てられ、少女も親の期待を受けて美しく賢く育ってくれた。しかし、10歳になったときに神殿で判明したジョブが怪盗だったのだよ。この時ほど神を恨んだことはなかったね」
カイロン伯爵は既にこちらを見るのは止め、どこか遠くを見ながらそう語った。
そして続ける。
「少女は発作のように時々盗みをするようになった。適性があるというのは素晴らしいな。一度も捕縛されることは無かった。しかし、それがずっと続くと考えるのは楽観的過ぎる。どうすればと悩んでいた時に、神から与えられたジョブの発作を抑える薬の話を聞いたのだよ。親は藁にも縋るつもりでその薬を購入した。薬の効果はてき面で、発作が起こることは無くなった。だが、薬は継続的に飲まないとその効果が無くなってしまう。そして、その薬はとても高額だった。貴族の財産をもってしても、購入を継続するのが困難なほどにね」
成程。
これで真因に辿り着くことが出来た。
薬の購入代金を得るために、麻薬の密造や塩の流通に手を出したわけだ。
あ、武器に使用する鋼材もやっていたな。
しかしまあ、こんな理由だと対策が難しいじゃないか。
薬が高価なのでそれを安くするのか、そもそも神によるジョブ決定が問題なのか。
薬を飲み続けるなんてのは暫定対策だから、ジョブをなんとかしたいところだが、それはこの世界の理に干渉する事なので不可能に近いだろうな。
QRQCの限界と一緒で、無理なものは無理だ。
「そこまで話したって事は、大人しく捕まるつもりはないって事よね」
シルビアが指摘する。
そういうもの?
っと思ったが、カイロン伯爵は頷いた。
「秘密を知ったからには生きていてもらっては困る」
「切り札のこいつが捕縛されていてどうするつもり?」
スターレットがラティオを指さす。
ラティオは身動きが取れない状況だ。
ここでこいつ以上の使い手なんて出せないと思う。
ここでカイロン伯爵は自らの指にはめた指輪に魔力を流す。
「なっ!!」
驚いて声を出してしまった。
まばゆい光が室内を照らす。
アーク溶接のような光に視界が奪われた。
白内障になったらどうしてくれるんだ。
やっと視界が戻ると、そこにはショートソードを手にしたカイロン伯爵がいた。
ショートソードはなんとも禍々しいオーラを放っている。
とても危険な雰囲気なので、俺が一番前に出て伯爵と対峙するようにした。
背中から声が聞こえ、
「呪いの武器よ」
とアスカが教えてくれた。
「精霊たちが怯えているわ。あれに近づいちゃ駄目だって言ってる」
そうか、精霊は呪いがわかるのか。
便利だな。
アドバイスに従うなら、カイロン伯爵を倒したあとも、武器に触れてはいけないんだろうな。
上段に構えた伯爵は、そのままショートソードを振り下ろす。
貴族の嗜みで剣術も習っているのだろうが、その一撃はそんなものを遥かに凌駕した。
攻撃を防ぐために俺も自分のショートソードでその攻撃を受けたが、受けた箇所が斬られた。
そう、折れたのではなく斬られたのだ。
ただ、そこはチートスキルがある。
致命傷にならないように、斬撃をバックステップでかわした。
作業標準書(改)でインチキしていなければ、今の一撃で死んでいたな。
「なんで今のがかわせるんだ!!」
伯爵は怒声を飛ばしてきた。
逆の立場なら俺もそうしているな。
ショートソードが斬られたのを見てからバックステップでかわすとか、インチキにも程がある。
「作業標準書どおり!」
そう言って、今度はこちらから攻撃する。
折れたショートソードは使い物にならないので、オリハルコンのピンゲージを作り出し、それで橫薙ぎの一撃をお見舞いする。
が、ショートソードで受けられて、ダメージは与えられなかった。
「白金等級を超える一撃だったんですけどね」
距離をとって、中段に構えた。
ラティオですら防げない一撃を、伯爵は簡単に止めてくれた。
滅茶苦茶だな。
「これならラティオがやられるのも納得だ。言い値で雇ってやってもよいぞ」
ここに来て伯爵からのヘッドハンティング。
言い値でと言われて嬉しいが、使い物にならなかった俺を雇ってくれた冒険者ギルドには恩がある。
それに、犯罪に手を貸すのは御免だ。
「魅力的なお誘いですが、ご遠慮させていただきます――」
そう返答して一呼吸置く。
「シルビア、ラティオを連れてみんなで逃げてください。相手が悪すぎる。他の人を守りながら戦える相手じゃない!」
視線は伯爵から逸らさず、背後にいるシルビアに指示を出した。
自分一人を守れるかわからないのに、他人がいると間違いなく手がまわらない。
ただ、部屋の入り口側に伯爵がいるので、窓から出ていくしかないな。
ついでにいうと、ここは三階になる。
「三階よ!飛び降りろって!?」
「死ぬよりマシだから」
そういうと自分と伯爵の間に天井まで届くブロックゲージを作り出した。
U字に伯爵を囲んだので、こちらに来るには一度部屋の外に出て、隣の部屋から壁をぶち抜くくらいしかないぞ。
今の伯爵なら難なくやってくれるだろうな。
時間稼ぎにしかならないが、やらないよりはいいだろ。
――ガギン!
「ぬっ、ただの金属ではないな」
伯爵はブロックゲージを斬ろうとしたのだろう。
金属同士がぶつかる音がした。
「オリハルコン製です」
「このサイズのオリハルコンがあるなら、薬代には困らんな。手足を切り刻んで死ぬまでオリハルコンを作らせるのもよいか」
伯爵がそう言い終わると目の前のブロックゲージが消えた。
正確には下に落ちたのだ。
伯爵が床を斬ったため、そのまま下の階に落ちて止まっている。
ショートソードで床が斬れることにビックリだな。
どういう理屈なのかわからないが、武器の特殊効果なんだろうな。
「一人たりとも逃すわけないだろ」
伯爵はどうにも逃がしてくれそうにない。
となると、倒すしかないのだが、既に人のそれを超えた動きにどう対処したらよいものか。
室内でピクリン酸やフッ化水素使うわけにもいかないしな。
「時間が惜しい。貴様の能力は惜しいが死んでもらう」
伯爵の足に力が入るのがわかった。
床に空いた穴を飛び越え、こちらを攻撃するつもりだな。
「【RPS補正】」
ラティオには破られたが、ダメもとで伯爵にも使ってみた。
一瞬動きは止まったが、再び踏み込み向かってきた。
1000tプレスの清掃をした時のようなプレッシャーを感じる。
命の危険を知らせるセンサーが反応しているな。
頭にインジケーターランプが乗っていたら、赤い色が点灯しているはずだ。
「死ねい!!」
伯爵の渾身の一撃が襲ってくる。
胴を真っぷたつに切り裂くための橫薙ぎの一撃。
ピンゲージを両手で持ってそれを受け止める。
オリハルコンで出来たピンゲージはその一撃に耐えた。
「【ブロックゲージ作成】【照度管理】【照度管理】」
俺は顔を覆うくらいの大きさのブロックゲージを伯爵の目の前に作り出すと、照度管理を素早く二度使った。
最初は暗闇を作り出し、次に目映い光を作り出す。
この照度の差で伯爵の視界を奪った。
回復には数秒かかるだろう。
こちらはブロックゲージによって、光が遮断されているので問題はない。
その数秒を逃さずに、伯爵のショートソードを握る手に、ピンゲージで打撃を加えた。
「がはっ」
手を叩いたのに、伯爵は何故か吐血した。
「呪いの効果か?」
片ひざをついた伯爵に問いかける。
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