第42話 照度管理
入口にいる見張り二人の周囲を、照度管理スキルを使って真っ暗にする。
これは基本的には外観検査をするのに十分な照度を確保するためのスキルなのだが、逆に暗くすることも可能なのだ。
今の暗さの徹底は深海と同程度の闇だ。
見張りはいきなり暗闇に包まれてきっと驚いたと思うが、残念ながらこちらからも暗くてその表情はうかがい知れない。
そんな暗闇にシルビアが飛び込んで、すぐに出てきた。
「黙らせたわよ。それにしても、暗闇を作り出す魔法なんて便利ね」
そう言われるが、これは暗闇を作り出す魔法じゃないんだよな。
正確には、照度を設定するスキルだ。
なので明るくすることも出来るぞ。
本来は製造工程で規定の照度を確保するためのスキルだ。
明るくするのが正しい使い方だな。
見張りを倒したので、そのまま中に入る。
メッキ工場のようなむわっとした空気が襲い掛かってきた。
どうやら大鍋で植物を煮詰めているようだな。
やはりここが密造工場か。
「倉庫の半分から向こうを暗闇に出来る?」
「あれくらいの広さはやったことないけど、やってみますね」
シルビアに指示されて、倉庫の奥半分の照度を0にした。
どうやらその程度なら効果範囲は有効らしい。
むしろ、どこまで広くできるのか知りたい。
おっと、倉庫の広さの説明をしていなかったか。
学校の体育館くらいだと思って欲しい。
その半分が漆黒の闇になっている。
そして、残り半分の範囲にいる作業者を捕縛するべく、シルビアと一緒に走り出した。
「ぎゃあ」
「げふっ」
と短い叫び声をあげて気絶させられる作業者。
前世でもこんな感じで作業者を攻撃できたらどんなに良かっただろうか、などとは毛ほども思ってませんよ。
本当です……
作業者を全員気絶させたので、今度は残り半分の範囲の明るさを元に戻し、再び攻撃をするべく飛び込んだ。
シルビアが向かった先は、黒幕っぽい人物だ。
振り下ろした剣が黒幕に当たる手前で、別の剣に受け止められる。
ガキンという金属音が倉庫内に響いた。
護衛の男がシルビアの打ち込みを片手で持った剣で受け止めた。
シルビアの攻撃を受け止められる奴がいるのかと驚いたが、俺の方はそこで止まらずに、他の作業者を気絶させてまわる。
気が付けば黒幕とその護衛、そして俺とシルビアのみがこの場に立っていた。
「あいつとんでもなく強いわよ。白金等級の実力があるんじゃないかしら」
シルビアからそう言われて、俺の額にジワリと汗が滲んだ。
作業標準書は金等級の冒険者と同等のレベルだ。
その上ともなると、勝てる見込みはない。
なにせ作業標準書は決められたことを決められたとおりに再現するスキルなので、金等級の作業標準書は金等級の作業しかできないのだ。
4人の位置は、シルビアと護衛の男が向かい合っており、それぞれの後ろに黒幕と俺がいる。
密造の器具が邪魔で、俺がシルビアと同時に攻撃を出来る位置取りにならないのだ。
シルビアが護衛の男と切り結ぶが、どうにも押されている。
実力差からいけば当然か。
「があっ!」
シルビアが苦痛に声を上げた。
シルビアの攻撃を躱した男が、隙のできたシルビアの腕に剣を突き立てたのだ。
剣を持った腕を刺され、シルビアは剣を落としてしまった。
丸腰になったところを攻撃されそうになったので、彼女は後ろに下がり距離を取った。
「俺がやります」
シルビアに代わって俺が前に出た。
とはいえ、どう戦っていいのか悩むな。
相手のジョブは剣士だと思う。
普通に戦えば負けてしまうので、スキルを活かして戦うべきなのだろうが、白金等級ともなると何が有効なのか検討がつかない。
「気をつけなさい。刃に毒が塗ってあるわ」
「マジで?」
シルビアの言葉に、思わず素で返事をしてしまった。
「いかにも。その女の命はもってあと5分。ここで争っている暇はないんじゃないかな?もっとも、5分で解毒できるとも思えないがね」
男がにやりと笑う。
どうやら残された時間は少ないようだ。
「【RPS補正】、【テーパーゲージ作成】」
RPS補正で相手の動きを封じて、足元からテーパーゲージで突き刺すつもりで作り出した。
が、男はテーパーゲージをひらりと躱した。
「んー、レジストされるのか」
正直スキルがレジストされるとは思ってなかった。
これが実力差か。
などと考えていたら、相手が目の前に迫っていた。
「おっと」
相手の剣の軌道上にブロックゲージを作り出して攻撃を防ぐ。
SKD11のブロックゲージは、いかな白金等級といえども切り裂くことは出来なかった。
ガキンという金属音が倉庫内に響き、男は再びこちらと距離を取った。
「不思議なスキルを使いますね。鋼でも斬ることが出来ると自負しておりましたが、まさか斬れ無い金属を即座に作り出すとは」
男がその感触を思い出し、素振りをして見せる。
「もう一度、斬れるかどうか試してみますか?」
挑発すると、男は口角を上げた。
そして、踏み込んでくる。
「【フッ化水素】!!」
俺は突っ込んでくる軌道上にフッ化水素を作り出した。
あの勢いで突っ込んで来たら止まれないだろう。
「ちぃっ!!」
気合い一閃、フッ化水素の手前で男は軌道を変えた。
勢いを殺せず、そのまま壁に激突する。
「よくあれをかわしましたね」
素直に感心した。
「酸の雲か」
男は腐食した剣をみてそう呟いた。
目的は金属の腐食ではなく毒によるダメージだったのだが、相手の剣が使えなくなったので全くの無駄ではなかったな。
「ところで、後ろの女が相当苦しそうだが、せめて楽にしてやったらどうだ?」
男がシルビアを指さす。
視線を外すわけにはいかないので、そちらを見る事は出来ないが、確かに息は荒くなっておりもう時間が無いことはわかる。
「治療する時間を貰えますかね?」
俺の提案に相手は驚いたようだ。
「闇を作りだしたり、鉄の棒で攻撃したり、酸を作りだしたりして、毒の治療までできるのか。いったいどんなジョブだ?」
「社外秘ですよ」
「まあいいでしょう。こちらは引かせてもらいますので、後はご自由に」
そういうと、男は黒幕の方に振り替えり、出口へと向かって歩いて行ってしまった。
俺は解毒の作業標準書でシルビアの治療を開始する。
「あたしのことは……いいから、奴らを……」
「駄目ですよ。そんな事をしたら死んじゃいますよ」
額に脂汗を浮かべるシルビアはとても苦しそうだ。
傷口からドドメ色の皮膚が広がっている。
だが、作業標準書にしたがって解毒をすると、直ぐに元の色に戻った。
ついでにヒールで傷口も治療しておく。
「はい、治療が終わりましたよ」
「――ありがとう」
シルビアはこちらを見ずにお礼を言った。
自分のせいで取り逃がしたことによる悔しさからか、それとも俺に治療してもらった羞恥の心かはわからないが、顔が彼岸花のように真っ赤だった。
倒れている従業員を縛り上げ、その後衛兵と冒険者ギルドに連絡をして、この場に駆け付けてもらう。
冒険者ギルドにも連絡をしたのは、衛兵が買収されていた場合に、無かったことにされてしまう可能性があったからだ。
依頼を完遂した証拠を冒険者ギルドに確認してもらうという言い訳で、この場に立ち会ってもらったのである。
その後の取り調べの結果、作業者は黒幕の正体を誰も知らず、ただここで作業に従事していただけであった。
それでも麻薬の密造は重罪なので、全員が死罪と決まったようである。
一先ずこれで面倒くさいことをやらなくなるという品管の天敵のような麻薬の流通は無くなった。
しかし、黒幕を取り逃がしたことで、また同じような効果の麻薬が出回らないとも限らない。
いつか必ず黒幕を捕まえないとな。
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