第41話 止める・呼ぶ・待つ

 冒険者ギルドに到着すると、早速シルビアに夜中の話をした。


「罠でも上等よ。踏みつぶしてやるわ!」


 と鼻息が荒い。

 確かに、このままでは衛兵組織との対決以外に道はなかったので、まだこちらの罠の方がよさそうではある。

 だが、なんの策も無しに罠に飛び込むのは能が無い。

 と思ったが、そこは冒険者としての経験があるシルビアがナイスアイディアを出してくれた。


「依頼を受けてそこの調査をするってことにすればいいわ」


「どうやって?」


 そんな都合の良い依頼が冒険者ギルドにあるわけない。

 嘘をついたところで、調査されたらばれてしまうだろう。

 だが、シルビアの提案したアイディアはそれらを当然考慮していた。


「冒険者ギルドの依頼をでっちあげるのよ。当然正式な書類を使うから、調べられても正式な依頼としかならないでしょうね。冒険者ギルドの守秘義務を盾に、依頼者を明かせないってすればいいのよ」


 ああ、それは品質偽装で使う手ですね。

 調査部門のねつ造したエビデンスも、当然会社の正式な書式を使うので、書類審査だけではばれないやつだ。

 誰だ、内部告発した奴は!

 いや、前世のニュースを見た記憶からなんだが。

 自分は幸いにして、そんな危ない橋を渡ることは無かった。

 謝罪していた人達も長年の偽装が、自分の番でばれただけなんだよね。

 始めた奴が一番悪い。

 組織の中に入っちゃうと、不正を正すのも大変だ。

 特に、会社が無くなるような不正だと尚更だな。

 なので、品質偽装は止めた方がいい。

 何故か、俺の所持スキルにも入っているけど。


 今回は、そんな品質偽装に比べれば大したことは無い。

 麻薬密売組織の摘発のためにも、この程度の不正には目を瞑る。


「冒険者ギルド内の協力者が必要ですよね」


 俺は口の堅い人が誰なのか知らない。

 多分、シルビアは今回が初めてじゃないだろうから、協力者のあてがあるのだろうけど。


「レオーネに協力してもらうわ。もっとも、こういう事態に備えて、受付嬢は誰でもできるけどね」


 シルビアによれば、冒険者ギルドではこういった時のために、依頼を偽装する手筈が整っているとのことだ。

 それだけ、国や都市だけでは治安が維持できないという事なのだろうな。

 これで万が一倉庫への不法侵入がばれても、依頼を遂行するためにちょっと無茶をしたって事になるだろう。

 窃盗犯としてしょっ引かれて、そのまま死罪とかにはならないはずだ。

 多分……


「それにしても、賞金が出るわけでもないのに、よくそこまでして麻薬密売組織を追いかけるわね」


 シルビアが不思議だと俺に訊いてくる。


「エランの失敗を見ても、この麻薬は品質管理の敵です。自分のジョブからしたら、これを見逃すわけにはいきませんよ」


「そう。そういえばそんなジョブだったわね」


 おい、あれだけ絡んで来ていたのに、忘れていたのか!

 ちょっと我慢できずに口から出そうになるが、これから一緒に乗り込んでもらうので、舌の先でギリギリ止まった。

 怒りをコントロール出来ないなんて、品質管理失格だな。

 常に冷静でいなければ、真因は突き止められない。

 そう、不良を出した部署が、選別すら協力しない状況でも、冷静でいなければならないのだ。

 無理だけど。

 この仏国土を見渡しても、そんな聖人君子いないと思う。

 海印三昧はファンタジー。

 不良を出した奴は華厳の滝に打たれてこい。

 即身成仏出来る方法があるなら教えて下さい――


「大丈夫?」


「あ、はい」


 ついつい意識が前世に飛んでしまい、シルビアによってこちらへ引き戻された。

 いかんな。

 だいたい、華厳の滝に打たれても、華厳経の真髄は理解できるわけないしね。

 宗派違うよね?


 冒険者ギルドでの依頼の偽装が終わったので、早速指示された倉庫へと向かう。

 明るいうちから作業をしているのかは疑問だが、最悪下見でもいいか。

 夜になってから再び忍び込むための、確認作業くらいにはなるだろう。


 依頼の処理が完了したので、シルビアと一緒に冒険者ギルドを出て、倉庫街に向かう道を歩く。

 倉庫街は今まで自分には関係のない場所だったので、よく知らない地区だ。

 道は荷馬車の往来を考慮してかなり広くつくられている。

 すれ違う人々も、他の地区とは違って、商人や運搬の人足がかなり多い。

 人取りも多くて、これでは騒ぎを起こしたら誰かの目に必ずとまってしまうなと思った。


「あれ、そっちじゃないんじゃ?」


 気が付けばシルビアが目的地とは違う方向に曲がった。

 俺はそれを止めようとしたが、シルビアが顔を近づけてきた。

 そして、俺にそっと耳打ちする。


「目的地に一直線に向かってどうするのよ。誰かに見張られているかもしれないでしょ」


 なるほど、そういうものか。

 確かに、一直線に目的地に向かうのはないか。

 まあ、罠で待ち構えられている可能性が高いが、そうでなかった場合には相手に悟られる事にもなりそうだし。

 自分は凡下であると認識させられるな。

 一応監視や尾行のたぐいが無いのかは確認する。

 そんな気配はなさそうだ。

 勿論これも作業標準書にしたがって実行しているので、この世界トップクラスの相手でもなければ看破できるはずなので、本当になにもないのだろう。

 目的の倉庫の近くまで来たので、前を行くシルビアが停止した。

 俺にも止まるように手で指示が出る。


「まあ、思った通り入り口には警備の用心棒がいるわね。他の倉庫もいるから違和感はないけど」


 俺もシルビアの後ろから覗くと、確かに倉庫の入り口に二人の用心棒がいた。

 ガラの悪い男達だが、冒険者だって他人から見たら同じようなもんだろうな。

 麻薬密売組織のメンバーなのか、事情を知らずに雇われたのか判断に悩むところだ。

 判断がつかないときは、止める・呼ぶ・待つだな。

 それは作業者が勝手な判断で生産して、不良を大量に作らないための標語だ。

 ここで誰を呼べばいいのかというのはある。

 それと、待っていると見つかる。


 これでは今から乗り込むのはよくないかと、夜に出直す話を切り出そうと思った時、倉庫の前に一台の高級そうな馬車が止まった。

 荷馬車などではなく、貴族が乗るようなやつだ。


「黒幕かしらね?」


 シルビアも怪訝そうに馬車を見つめた。

 馬車から人が降りてきたかと思うと、見張り役の用心棒に何やら話をして、再び馬車に乗り込んだ。

 用心棒は倉庫の扉を開けて、馬車を中に招き入れる。

 流石にここで降りて顔を見られるわけにはいかないということか。


「選択肢が増えたわね」


 シルビアが俺を見てそう言った。


「増えたの?」


「そう。今乗り込んであの黒幕っぽい馬車の中の人物を捕まえる。夜に出直してくる。馬車を尾行して黒幕を突き止めるの三つよ」


 シルビアが顔の前に指を三本立てる。


「馬車の尾行はスピードについていけないんじゃないかな?」


「そうかもしれないわね」


 いや、絶対にそうです。

 馬の速度には追い付かない。

 シルビアがK'sなら問題ないけど。

 Q'sでもいいですけど。

 前期後期は問いません。

 なんてことは彼女にはわからないよな。


「それなら乗り込んで、動かぬ証拠と一緒に捕まえましょう」


「アルトにしては積極的ね」


「黒幕を逃したくないだけです」


 さあ、突入だ。

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