第40話
てがかりだった商人のモコが殺されてしまった。
物取りの犯行じゃないかと衛兵は言っていたが、どうにもタイミングが良すぎる。
それに密売組織に繋がっている衛兵が一人とは限らない。
モコの家を調べていた衛兵のなかにも、密売組織の息のかかった連中がいないとは言いきれないのだ。
不良の原因だと仮定した要因が、再現トライの結果違っており、原因の特定がまた振り出しに戻ったかのような喪失感を胸に抱きつつも、三人で先ほどの街の外へと戻る。
今後の行動の打ち合わせのためだ。
「やっぱり、衛兵を締め上げるしか無いわね」
腰に手を当て、鼻をフンっと一度鳴らして、シルビアがそう言った。
「でも、殺人を躊躇無くする相手ですよ。それこそ格好の材料を与えて、俺たちを処分しようとしてくるんじゃないですかね」
「そうよ。もっと違う方法を考えましょうよ」
スターレットもシルビアに再考を促す。
「だとすると、密売人をまた探すことになるわね。相手も警戒しているでしょうから、こちらから知らないふりして接触するのも難しいと思うけど」
そこはシルビアの言うとおりだ。
警戒して証拠を消す相手に、もう一度接触するのは難しい。
「まあ、冒険者ギルドの方には話をして、調査部に探りをいれてもらうわ。麻薬密売は重罪だから、そのうち国からの依頼も出るでしょうしね」
シルビアも衛兵を締め上げるのは諦めて、一先ず調査を冒険者ギルドに任せることにした。
スターレットにも、何か怪しいものを見つけてもけっして一人では行動しないように念を押した。
そして、この話は終わりとなり、街に戻ることになる。
戻る道中も俺の心は晴れない。
面倒な事をやらなくなる麻薬なんて、品質管理の敵なのだから、なんとしてもおおもとを絶っておきたい。
こんなことなら、ネクロマンサーにお願いして、魂魄を呼び出すやり方の作業標準書を作っておけばよかったな。
もっとも、ネクロマンサーなんてジョブは品質管理以上に嫌われており、表に出てくることなんてごく稀だ。
神様もなんてジョブを用意してくれるのだ。
毎日死体を扱うなんて、俺には無理だな。
結局結論の出ないまま、冒険者ギルドに帰りついてその日の仕事を終える。
夜はスターレットと食事に行ってはみたが、お互いに気分が晴れずに重苦しい雰囲気となった。
ここで愚痴を言うわけにもいかないので、ついうっかり喋ってしまわないように、お酒を飲むのもやめておいた。
そう、お酒のせいでついうっかり、秘密を喋ってしまう事はあるのだ。
前世では、居酒屋の隣の席でお酒を飲んでいた人が、とあるメーカーの技術者で、開発中のあれの事を愚痴っていたっていう話を聞いたことがある。
さすがにそれは不味いよね。
今回は命に関わることだし、お酒は我慢だ。
スターレットとは店で別れるのも危険なので、そのまま家まで送っていく。
道中気をつけて、尾行されていないかを確認するが、そのような気配はなかった。
金等級の冒険者と同等の作業標準書なので、尾行はされていないというので間違いないだろう。
いつまでもこんな緊張感に包まれたくはないので、早いところ麻薬密売組織を潰してしまいたいな。
などと考えていたら、スターレットの家に着いた。
「泊まっていく?」
上目遣いのスターレットに聞かれるが、とてもそのような気分ではないので、
「帰るよ」
と答えた。
やや残念そうな表情を見せたスターレットではあったが、かぶりを振ると
「そうよね。今はそれどころじゃないものね」
と言って、口吸いをねだる仕草を見せた。
目をつぶり、俺を待っているスターレットに軽い口吸いをすると、彼女の唇はエラストマーのように柔らかかった。
まあ、エラストマーはそんな目的のジョークグッズにも使われているので、比喩としては大失敗だな。
この甘い雰囲気に、激辛スパイスをぶちまけてしまったかの如くには。
スターレットと別れて、くらい夜道を自分の部屋へと帰る。
宵の口と言って差し支えない時間帯なので、まだすれ違う人もあり、また、酒場にも煌々と明かりが灯っている。
「いっそ、酒に逃げられたらなあ……」
今回の問題は酒に逃げられるものではないが、それがなおのこと酔客を見ると愚痴りたくなる。
そんな感情では、部屋のベッドに寝転んでもなかなか寝付けない。
これは不良の対策をしなければならない時と一緒だな。
その事が頭から離れないので、目が冴えてしまうのだ。
気がつけば既に、会社にいたら労基に怒られそうな時間となっている。
まあ、労基は異世界に転生してこないだろうから、今はどんなに徹夜しても問題ないが。
いや、その考えが既におかしいか。
「誰?」
不意にドアの向こうに気配を感じたので声をかけた。
間違いなく人の気配である。
だが、こちらから声をかけたと同時に気配は消えた。
どうやら襲撃者というわけではないようだ。
慎重にドアの外の気配や物音を探りながらドアをに近づく。
ドアと床の隙間に羊皮紙が挟まっているのに気がついた。
「何だろう?」
拾い上げてみると、そこにはステラの街にある倉庫街の略図と、「ここが麻薬の製造場所」と書かれていた。
「んー、流石に怪しいよなあ」
羊皮紙を手に持ち、目線は天井を見つめる。
相手の目的がわからない。
俺にこんな風にして、麻薬の密造現場を知らせなくても、衛兵に伝えればいいんじゃないかな。
いや、それだと握りつぶされる可能性もあるか。
ただ、俺よりももっと適切な人物はいるだろう。
となると、これを置いていった奴は俺をここに呼び出したいと考える方が自然だよな。
つまりは罠だ。
倉庫のなかなら、荒事を起こしても目立たない。
なおかつ、死体を運び出すにも、箱にでも入れてしまえば不自然ではない。
だが、こちらとしても何らかの手がかりは欲しいところだ。
例えそれが罠だとしても、待ち構えている奴がいるなら、飛び込んでみるのもいいかもしれない。
「朝になったらシルビアに相談してみるか――」
物理的な罠であれば、作業標準書に従って回避することもできるだろう。
しかし、例えばそこで麻薬密造の犯人にでっち上げられるような罠が仕掛けられていた場合、そんなものを突破する作業標準書は持っていない。
往々にして人生そんな罠がある。
ティア2メーカーなのをいいことに、不良で車両メーカーに呼び出された時に、全てをティア1メーカーに押し付けるような罠が潜んでいるのだ。
ごめんなさい……
いや、見抜けないほうも悪いんだよ。
だって、真因を追求するのが品質管理なんだから。
詭弁です。
そんな罠の回避については、やはり経験豊富なシルビアに相談だな。
依頼者に裏切られた事があれば、切り抜けた経験があるかもしれないしね。
窓から夜空を眺めると、地球とは違った星々の輝きが目を焼いた。
前世でも仕事で夜遅くなった時に、会社を出てこうして夜空を眺めたものだ。
そうすると、自分の悩みなんてこの銀河の中ではとてもちっぽけなものであり、ここで不良の対策が出来なかったとしても、世の中は動いていくんだなと気が楽になったものだ。
そう、今回だって銀河の流れの中ではとても小さなことで、麻薬密売組織の存在がどうなろうと世界は続いていくはずだ。
そう思って朝になるまで寝た。
そして、朝はお願いしなくてもやってくる。
顔に当たる朝日の眩しさと、暑さで目が覚めた。
夏の朝日は強烈だ。
クーラーが無いこの世界ではとても辛い。
スキルに温度管理が有ってよかった。
まあ、そもそも品質管理の中で言われている温度管理は、測定時の温度を一定に保つ事で、熱膨張による測定誤差を無くすことが目的なのだが。
0.001ミリを測定するのであれば、人間の体温ですら影響する。
そういった要因を取り除くために、測定室の雰囲気に一定時間慣らすのだ。
急ぎで測定したくても、ルールは守らなければならないぞ。
ぞ……
「よし、出勤するか」
身支度をととのえて、冒険者ギルドへと向かう。
まだこの時間では往来に人の姿はまばらであり、井戸で水を汲む主婦や子供の姿が目にはいる程度だ。
これから朝餉の準備だろうな。
そういえば、前世では夜遅いことが多かったので、朝食はほとんど食べなかったな。
健康のためにも、遅くまで仕事をするのはよくないな。
夜も遅くに食事をするので、逆流性食道炎になる人が多かったな。
設計よりはましだったが。
異世界の方が人間らしい暮らしが出来るな。
人権っていう概念が薄いのに。
そう、不思議とそんなことが頭をよぎる。
これから、危険な罠に飛び込むかも知れないというのに、考えることは健康についてだ。
ま、仕事が行き詰まった時なんて、えてしてそういうものだけどね。
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