第39話 一角法と三角法くらい見ている景色が違う

 尾行してきたスターレットに、その尾行の下手さを指摘するのが難しい。

 ストレートに言うと傷つくだろうな。

 そう、品管に作業のダメ出しをされた作業者のように。

 いや、工場と違って尾行に標準作業なんて無いから、事情が違うのだけれども。

 因みに俺は尾行の作業標準書を持っている。

 すごく汎用性の高い作業なのに、そこは異世界のスキルのお陰か、全く問題なく再現できてしまう。

 このスキルが前世であれば!


 おっと、今は目の前のスターレットだな。

 尾行がばれて気まずいのはよくわかるぞ。

 なにせ、目が泳いでいるからな。

 嘘をついている協力メーカーの目だ。

 気まずさ炸裂だ。


「あ、あの……」


「あの……」


 スターレットと同時に発言してしまい、お互いそこで言い淀む。

 俺よりも少し背の低い、具体的には54.38ミリ低いスターレットは、両手をグーで握り自分の胸の前に持ってきて、やや上目遣いに俺を見る。


「何?」


 と訊くと、


「アルトからでいいよ」


 と返された。

 正直、こちらから切り出すのは嫌だったのだが、こうなっては仕方がない。

 ビシッと指摘をしていこうか。


「スターレット、俺たちを尾行していたよね?」


「う、うん。気がついていた?」


「勿論、かなり早い段階で気がついていたよ。追い掛けることに気を遣いすぎて、気配を消せていなかったからね」


 そう言うと、スターレットは目を丸くした。


「そんなことわかるの?」


「そうだね。今回は少し気を遣う案件に首を突っ込んでいるから、尾行されていないかは常に確認していたんだ」


 そう言うと、なぜかスターレットは不機嫌になる。


「どうしたの?」


 と訊ねると、


「シルビアと二人で出掛けて、尾行に気を遣うなんて怪しいわよ!」


 強めの語気で言われた。

 その口吻には怒りが混じっている。

 どうやら、俺たちの行動を逢瀬逢い引きの類いだと勘違いしているようだな。

 実は麻薬密売組織に雇われていて、これが演技なら大したものだが、スターレットにそんな演技力があるとも思えない。


「これには訳があってね――」


「どんな訳よ!」


 折角盗み聞きされない場所で話をしようとしているのに、こんな往来でスターレットにその内容を話すわけにもいかないよな。

 そう思って、黙思に時間をかけていると、スターレットがさらにエスカレートする。


「ほら、やっぱり人には言えない理由なんでしょ」


 まあ、その通りなのだが、スターレットが考えている言えない理由とは、ベクトルが180°違う。

 三角法を一角法で見ちゃう位に逆だ。

 三角法、一角法というのは図面の書き方のことである。

 製品をその中心から四つに区切り、どの方向から見ている図面かで、一角から四角まであるのだ。

 ただし、製図に使用されるのは一角法か三角法が殆どである。

 建築関係は一角法でかかれているが、自動車部品や弱電、半導体関連などは三角法になっている。

 3DCADを使っていれば関係ないのだが、紙図面にした時に、それを間違ってしまうと、設計者の考えていたのと違うものが出来上がってしまうのだ。

 現場ではCADを見るわけにもいかないので、紙の図面で生産をするわけだが、若い設計者では2Dに不馴れで、製図するときに展開を間違ったりする。

 いや、加工者や検査員も結構間違うな。

 そうやって作られた不良品は、組付時に不良だと気がつく。

 なにせ殆どは穴位置が間違っているからだ。

 気づいた時には手遅れだったけどな。


「あんたらまどろっこしいのよ。いつまでそうやって本題に入らずにイチャイチャするつもりなの?」


 おっと、待ちきれなくなったシルビアがやって来た。

 スターレットはイチャイチャと言われて照れている。

 だが、今さっきまで逢瀬を疑っていた相手だぞ。

 それでいいのかと思ったが、口には出さないでおいた。


「これからあたしとアルトはかなり危険なことにくびを突っ込むかどうかの話し合いをするのよ。聞いたら後にはひけないけど、それでも聞く覚悟はあるの?あるならついてきなさい。誰かに盗み聞きされない場所にいくから」


「そんなことが……」


 スターレットの表情はガラリと変わり、とても険しいものとなる。

 元銀等級の冒険者だったシルビアが危険と言うのだから当然か。

 スターレットが一瞬こちらに視線を投げてくる。

 「本当?」とでも聞きたそうな感じだったので、俺は頷いてみせた。

 ほんの刹那スターレットが迷った素振りをみせたが、


「わかりました。私にも聞かせてください」


 と、シルビアに向かって力強く答えた。


「いい覚悟ね。でも、それならもっと尾行の腕を磨くことね。さっきみたいな尾行じゃ相手に気づかれて逃げられるか、逆に誘い込まれて処分されるわよ」


「はい……」


 シルビアに言われてスターレットが落ち込んだ。

 世の中、相手を気遣った言い方ってもんがあるだろう。

 ストレートに言うと傷つくぞ。

 前世ではそれで何度か派遣社員が辞めてしまった経験がある。

 何事も率直なだけが良い訳じゃないな。

 オブラートに包むとか、嘘も方便とはよく言ったものだ。

 ここは、スターレットをフォローしておくか。


「後で尾行のやり方を教えてあげるよ。ちょっと気を遣うだけで、相手に発見される確率がグンと下がるんだ」


「ありがとう。アルトになら教えてもらいたいな」


 スターレットの声から判断して、重苦しい空気が少し軽くなったと思う。

 窒素ガスからヘリウムガスに変えた位には軽くなっているぞ。

 俺のスキルじゃ測定出来ないけど。


「さ、このまま街を出るわよ。意外とこの時間だと人通りが切れないわね」


 シルビアの言葉に俺とスターレットは頷き、街の門から外に出て、街道をやや外れた場所に着いた。


「ここなら見通しも良いから、隠れて話を聞く奴もいないかな」


 周囲を見渡すと、広い草原となっており、遮蔽物は全く無い。

 だが、ここは魔法が存在する世界だ。

 シルビアの言葉でそれを再認識する。


「そうね。姿消しの魔法を使われると厄介だけど、そこまでの使い手を手駒で持っているなら、ちょっと勝ち目は無いわね」


 確かにそうだな。

 そんな魔法を使われると、ここに来た意味がない。

 前世でも光学迷彩がもう少しで実用化出来そうというニュースを見たので、ひょっとしたら今ごろは完成しているかもしれないな。


「それで、二人が関わっている危険なことって何?」


 まだ事情を知らないスターレットが、早く教えてほしいとせっつく。

 彼女だけ会話の蚊帳の外というのもかわいそうだし、説明をしておこうか。


「実は麻薬の密売の黒幕を探しているんだ」


「麻薬!」


 俺が口にした麻薬という単語に、スターレットの顔がひきつる。

 ここでもやはり麻薬はご禁制の品物であり、国家によってその販売は厳しく罰せられる。

 当然、そんなリスクを負ってでも、麻薬を販売するというのは犯罪組織である。

 捕まれば処刑される彼らからしてみれば、捕まらないために殺人をするなんていうのは、ごく当たり前のことであり、下穴加工の次にタップ加工をするくらい自然な事である。

 下穴加工というのは、金属にタップ(ネジ)加工をする前に穴を空ける事である。

 タップ用の刃物自体に穴を空ける機能が備わっていないため、先に穴を空ける加工が必要になるのだ。


「実は、冒険者ギルドの職員のエランが仕事でミスをしたんだけど、話を聞くと麻薬が原因だったんだ。エランは麻薬とは知らなかったけどね。それで、エランから聞いた、麻薬を配っていた人物を探して、なんとか接触出来たんだけど、冤罪をでっち上げられて牢屋に入ったのが昨日の事なんだよ」


「アルトが牢屋に!?」


 スターレットは驚いて目を丸くした。

 もしも、昨日スターレットと出かける約束をしていたら、きっと心配をかけていたな。


「そうよ。捕まえたと思った相手の女が叫ぶと同時に衛兵と目撃者が出現するなんて出来すぎているでしょ」


 シルビアが説明を加える。


「衛兵が向こう側だから、正面から攻めるのも難しくてね」


 俺は後頭部をかきながら目をつぶる。

 これは前世からの癖だな。

 困ったときにはつい出てしまう。

 測定室や品管事務所で何度これをやったことか。


「状況を整理するわよ。現在わかっている関係者は四人。エランとアルトに麻薬を渡した女。それと、その女を逃がすために目撃者となった男。それに衛兵。それからコモの採取を依頼していた男ね」


 シルビアが指折り数えていく。


「依頼人って男なの?」


 初耳だな。

 冒険者ギルドじゃ話せなかったから当然か。

 シルビアは頷くと、話を続けた。


「居場所がわかっているのは衛兵と依頼人ね。このどちらかを締め上げるんだけど、衛兵はやめておいた方がいいわ。50人までなら斬れるけど、それ以上の人数を組織の力で動員されたら負けるから」


「そこは穏便に話し合いといきたいんですけど」


 締め上げる前提だから、衛兵たちと戦う予想になるんじゃないかな。

 文明人たるもの、まずは言葉を使って解決する道を探さないと。


「犯罪者と話し合いで解決できるなら、衛兵はみんな失業するわよ。だからこそ、世の中暴力機関が必要なんでしょ」


 これがシルビアの理論武装か。

 暴力を肯定したくはないが、犯罪を取り締まるための力は必要だよな。


「でも、やっぱり衛兵締め上げるのはハードルが高いよね」


 そう、いくら麻薬組織の黒幕を捕まえるためとはいえ、衛兵を締め上げるのは遠慮したい。

 シルビアにもそれくらいの常識はあってほしい。


「そうね。まずは依頼人の方をあたりましょうか」


 その言葉を聞いてホッとする。

 いや、依頼人を締め上げる訳ではない。

 最初は穏やかな話し合いの予定だ。


「ねえ、依頼人の情報ってあるの?」


 スターレットが訊いてくる。


「あるわよ。ステラの平民の住宅街に住んでいるわよ。名前はモコ。中年の商人で生まれも育ちもステラね。これが最近引っ越してきたなら、もう逃げられていたでしょうけど、それだと依頼を冒険者ギルドが受けたかはわからないわね。依頼人の身元がはっきりしていない仕事なんて、採取の内容だとしても冒険者ギルドは受けないと思うわ」


「依頼人が裏切ったり、冒険者を罠にはめようなんていうのはよくあるトラブルよね」


 シルビアの言葉にスターレットが頷く。

 そう、そういったことはよくあると聞く。

 だから、冒険者ギルドを通さない依頼は、そのぶん報酬が良くなるのだ。

 そのリスクを取るかどうかは、冒険者次第ってことだな。


「昼だし、仕事に出ているかも知れないけど、家を外から確認するくらいはしておきましょう。密売組織の護衛や見張りが家の周囲や中にいるかどうかを確認できるかもしれないし」


 シルビアの案にのってステラに戻り、モコの家を目指す。

 家の近くに来たときに、人だかりがあるのが見えた。


「事件かな?」


 人垣を掻き分けて前に進むと、目的のモコの家の前に衛兵が数人いた。

 隣にいた野次馬の一人に何があったのか訊ねると


「モコが賊に押し入られて、殺されちゃったのよ」


 と返ってきた。


「殺されたんですか……」


 ここにきて、またもてがかりが無くなってしまった。

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