第43話 PDCA

「作業員は黒幕の正体を知らなかったそうよ。倉庫の持ち主もダミーの商会だって。随分と用心しているようね。おまけにあんなに腕の立つ護衛がいるなんてね。生きて帰ってこられたのが奇跡よ」


 シルビアは衛兵から得た取り調べの結果を教えてくれると、目の前の皿に盛られたステーキを一切れ口に入れた。

 ここは冒険者ギルドの食堂である。

 先日の麻薬密売組織の捜査状況がわかったというので、ここで教えてもらっている。


「私も連れて行ってほしかったなー」


 ちょっと膨れ気味なのはスターレットだ。

 俺とシルビアだけで密売組織の生産工場に乗り込んだのが気に入らないらしい。


「シルビアが死ぬ寸前まで追い込まれるような相手との戦いだったんだよ。危ないと思って誘わなかったんだ――」


 そういう俺の言葉をスターレットは遮る。


「そんな相手と戦ってアルトが死んじゃったらどうするのよ!そんなに危険だからこそ一緒に行きたかったんじゃない!!」


 ほほが紅潮して、若干涙目になっていた。

 心配してくれるのはありがたいんだけど、やはり連れていくわけにはいかなかったよな。

 車両組み立て工場やモータープールでの選別みたいなもんだ。

 危険が大きいからこそ連れていくわけにはいかない。

 些細なミスが命取りになる状況なのだから。


「それならもっと強くなりなさい。って今回はあたしも他人のことをとやかくは言えないけどね」


 シルビアが間に入ってくれた。

 そして彼女はこの前斬られたあたりをさする。

 傷跡が残らないくらい完璧に処置したので、他人には斬られたことなどわからないだろうな。


「強くなるって言っても、具体的にどうすればいいのかわからないよー」


 スターレットは天井を見上げて、足をバタバタとさせた。


「そんな時のためのアルトでしょ」


「そうだよね」


 シルビアとスターレットが期待を込めた目でこちらをみる。

 促成栽培チートなんて持ってないぞ。

 作業標準書は効果があるのは俺だけだからな。


「PDCAか」


 悩んだ末に俺が口にしたのはPDCAだった。

 PDCAとはPDCAサイクルともいい、plan(計画)、do(実行)、check(評価)、act(改善)の4段階を1サイクルとし、actからまた次のplanに繋げてスパイラルに品質を向上させる手段である。

 今回でいえば、2人のレベルアップを計画して、実行にうつしていくって事になるな。

 白金等級まで上昇させるのは至難の業だが。


「それって結局地道なレベルアップってこと?」


 スターレットががっかりした顔をする。


「それしかないよね。相手だって多分血のにじむような努力をしたんだろうし」


「アルトは努力しなくても、作業標準書で強くなっているじゃない」


「まあ、作業標準書ってそういうものだからね。誰がやっても同じ結果になるように作られているんだ。冒険初日から10年のベテラン冒険者と同じ事が出来なければ、それは作業標準書として欠陥があるっていう事だよ」


「私も品質管理のジョブが良かったなー」


 そう言ってテーブルに突っ伏すスターレットに、心の中で「作業標準書に欠陥がないなんてありえないけどね」と謝った。

 作業標準書は欠陥があり、常にその欠陥を対策するので、どんどん改訂履歴が上がっていく。

 逆に改訂されていない作業標準書は、本来の目的で使用されていないという事だ。


「改訂か……」


「何?」


 思わず改訂と口にしてしまって、シルビアが不思議そうに俺を見た。


「何でもないよ。それにしても、俺達が白金等級まで上がるのを待っていてくれたらいいんだけど、実際はそうもいかないだろうね」


「そうよね。麻薬の密売を簡単には諦めないでしょうね。そして、再開するときに邪魔になるあたしたちを消そうと思っても不思議じゃないわ」


 密造工場を潰したが、ノウハウと資金を持った奴は捕まえられていない。

 場所と材料を確保したら、また密造を再開するのだと思う。

 そうなる前になんとか組織を潰したいのだが、そうするとあの男との対決もそれなりに早い段階であるわけだ。


「白金等級とまではいかなくても、金等級の動きをアルトが出来るんだから、それを教えてもらうしかないわね。スターレットはそれに加えて基礎体力の向上も必要よ。毎日ステラの外壁を夜中まで走りなさいよ」


 シルビアの台詞にスターレットは少しげんなりしたが、直ぐにかぶりを振って自分に喝を入れた。


「足手まといになりたくないからやります!」


「じゃあ、これを食べたら早速訓練所でアルトと模擬戦ね」


 シルビアの言葉にスターレットが強く頷いた。

 「俺の仕事は?」と言いたかったが、さほど忙しくも無いのでその言葉を呑み込んだ。

 仕事があったらどうするつもりだったのだろうか。

 シルビアのことだから、それでも俺を無理やり引きずっていっただろうな。


「あ、まだ一切れも食べてないのに!」


 俺が考え事をしているうちに、シルビアとスターレットがステーキを全部食べてしまった。

 抗議の声を上げるが、既に口の中に入った肉は返ってこない。

 返されても困るけど。


 そうして食事が終わり、3人で訓練場に立つ。

 俺は作業標準書通りの動きを2人に見せて、その後模擬戦をそれぞれと行う事になった。

 模擬戦をしていない1人が、動きを見て悪いところを指摘する事になっている。

 そして、その指摘を受けてもう一度模擬戦を行い、指摘を受けた所をなおせるのかを確認するのだ。

 PDCAサイクルのような形にはなっているな。

 目的が数値化は出来ていないが。


「まずはあたしからよ」


 シルビアが木剣を手に、訓練所の中央へと歩いていき、こちらを振り返って俺に手招きした。

 俺も木剣を持って中央へと歩いていく。

 ちょっと試してみたい事があるが、2人にそれは黙っておく。

 なにせ、2人ではその効果をきちんと評価できないから。

 力量不足の作業者の評価は、評価をしないよりも悪いからな。

 間違った評価を信じるくらいなら、評価していないと思っていたほうがまだよい。


 俺の方の準備も終わり、模擬戦を実施する。

 模擬戦のあとで反省会を直ぐに実施し、また模擬戦を実施することを繰り返した。

 QRQCみたいだな。

 QRQCとはクイックレ・スポンス・クオリティ・コントロールの頭文字をとったもので、問題が発生したらすぐにラインを停止して、現場の班長などの比較的ラインに近いメンバーで行うQC活動だ。

 高位の役職者を参加させるには時間が掛かるので、こうして現場の関係者のみで実施する。

 その分予算を大きく使う対策は出来ないが。


 数時間そんな感じで模擬戦をしていると、慌てた感じで訓練所にレオーネがやってきた。


「アルト、ここにいたのね。デボネアの奥さんが冒険者ギルドにやってきて、アルトに直ぐ工房に来て欲しいって言いてたわ。どうもデボネアが引退するって騒いでいるみたいなの」


「デボネアが!?」


 急ぎでとのことなので、模擬戦はここまでで終了し、デボネアの工房へと向かう事にした。

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