第33話 エルフの心臓4

 モンスターがいる場所に向かって走っていると、爆発音が聞こえた。

 工場での労災を彷彿とさせるので、嫌な予感しかしない。


「あの音は誰がやったの?」


 シルビアに訊かれたが、残念ながらそこまではわからない。


「ごめん、わからないから急ごう」


 そして、やっと自分の目に現場が映った。

 小柄な女性がゴブリンやホブゴブリンなどに囲まれている。

 それはまるで客先のラインでの選別の時を思い出させる光景だった。

 止まったラインの班長、作業者に取り囲まれていた前世を彷彿とさせる。

 周囲には煙が上がっているところもあり、先程の爆発によるものであろうとわかる。


「助けるわよ!」


 シルビアがショートソードを抜いて切り込んでいく。

 手近なゴブリンはあっという間に数を減らした。

 そして、相手もその事でこちらに気付く。


「誰だ!!」


 モンスターのリーダーっぽい奴が叫んだ。

 そいつは黒い肌の小柄な女性だ。

 白銀の長髪に長い耳。

 ダークエルフっぽいな。

 なお、シルビアは相手の呼び掛けを無視して、手近なモンスターをバッタバッタとなぎ倒していく。


「話を聞け!」


 黒い肌の女性は怒鳴ると呪文を唱え始めた。

 こちらとしても、呪文の完成まで待つ義理はない。

 振動試験スキルで彼女の足元を揺らして、そのまま転倒させる。


「なんだ!?」


 突然足元が揺れたので、彼女は尻餅をついた。

 そして、周囲をキョロキョロと見回す。

 誰も呪文を唱えたような素振りを見せていないので、俺たちのうち誰がスキルを使ったのかわかってないようだ。

 隠れている仲間がいないのか警戒している。

 いないはずの誰かを警戒してくれているのは助かる。

 それだけ余裕がなくなるからな。


 そこからは俺はずっと牽制のため、リングゲージを作っては投げて、呪文の詠唱を邪魔していた。

 そうしている間にも、シルビアがどんどんモンスターを倒していく。

 なお、スターレットは荷が重いので、俺の後ろに隠れてもらっている。


「残りはオーク二匹とあの女だけか」


 ついにそこまで数が減った。

 そこまで来ると、彼女とオークは形勢不利と判断して、一目散に逃げ出した。


「追う?」


「やめとくわ。どんな罠が待っているかもわからないし」


 俺の問いに、シルビアは頭を振った。


「それもそうか。それにしても、エルフの心臓がだいぶ踏み荒らされちゃってるね」


 所々煙は燻っているし、モンスターの足跡が残っている。

 全滅してなくてよかった。

 よかったといえば、襲われていた女性はどうなっているのかな?

 死んではいないが、怪我をしているなら治療しないと。

 俺は小柄な女性に駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


 そう訊ねると、女性は長い耳をピクピクさせながら話してきた。


「助かったわ。でも、人間ごときがこれで貸しを作ったと思わないことね!」


 なんて言い種だ。

 不良を出しておきながら、対策は品管で考えろって言ってきた製造みたいじゃないか。

 誰のピンチを助けたと思っているんだ。


「あんた、助けてもらってその言い種はないでしょ!」


 シルビアも怒る。

 当然だな。


「か、感謝するからありがたく思いなさいよね」


 少し態度が変わったかな?

 感謝したようにも思える。

 なんとなく、ツンデレを拗らせた感じがするぞ。


「これだからエルフっていうのは嫌われるのよ」


 シルビアがそう言ったので、初めて彼女がエルフだと知った。

 耳が長いからそうだとは思ったけど、この世界にもエルフがいるとはね。


「エルフなの?」


 念のため本人に確認する。


「そうよ。名前はアスカ。ジョブはウィザードよ」


 金アルマイトのようなブロンドの前髪をかき上げて、そう自己紹介をしてきた。

 ジョブはウィザードか。

 魔法使いとは違うのかな?


「なんで襲われていたんですか?」


 スターレットがアスカに訊ねた。

 そうだ、それは気になるな。


「そんなの知らないわよ。ずっとつきまとわれていたから逃げてきたんだけど、ついにここで追いつかれちゃったのよね。あんなにゴブリンとかコボルトを動員して、私になんの恨みがあるのかしらね」


 やはり、この周辺のモンスター騒ぎはさっきの連中が元凶か。


「エルフがいるってことは、さっきの女はダークエルフなの?」


 俺の質問に彼女は首肯した。

 そうか、ダークエルフもいるのか。


「元々はエルフもダークエルフも同じ種族だったのだけど、ある時ダークエルフは邪神の力を借りて、エルフを滅ぼそうとしたのよね。それ以来お互いに見かけると殺し合いよ。面倒だったらありゃしないわ」


 そうなのか。

 せめてシェアの奪い合いくらいにしておけばよいのに、殺し合いまでいくとは相当な因縁だな。


「あ、少し血が出てますよ」


 見ると、肘の付近に出血があった。


「これくらい、自分のヒールで治すからいいわよ」


 そういうと、アスカはヒールの魔法を使って傷を癒した。

 そうか、ウィザードは回復魔法も使えるのか。


「じゃあ、エルフの心臓を回収して帰るわよ」


 シルビアの言葉で、ここにきた目的を思い出した。

 これを持って帰らないことには、ティーノの告白が出来ない。


「私の心臓を抉るの?あなたたちも敵ね!」


 アスカが身構える。


「違います。足元の花がエルフの心臓っていう名前なんですよ。俺達はこの花を採取しにここまで来たんです」


「え、そうなの」


 アスカは間の抜けた声を出した。

 確かにエルフの心臓って聞いたら、普通は種族のエルフを思い浮かべるよね。

 シルビアとスターレットと一緒に、エルフの心臓を採取していく。

 ティーノに依頼された分だけではなく、自分達が売る分まで採取する。

 少しでも稼いでおきたいからだ。

 一時間程度採取することで、周囲のエルフの心臓は大方とりつくした。

 後は帰るだけだな。

 もっとも、今日はもう遅いのでここで野営となるが。


「じゃあ野営の準備をしようか」


 ほかの二人に声をかけると、アスカが


「私も一緒でいい?」


 と訊いてきた。


「別に構わないけど、どこかに行く予定とかないの?」


 シルビアは怪訝そうにアスカを見つめる。


「ダークエルフから逃げているだけで、予定何てないわよ。それに、また襲ってきたら一人だと心細いじゃない」


「それは護衛の依頼ってことでいいのかしら?」


 スターレットがアスカに訊ねると、彼女はしぶしぶといった感じで頷いた。

 見捨てるのも気が引けるし仕方ないよね。

 会社を出る直前に不良を見かけたときのような気分になる。

 遅番の品管がいればいいけど、いないときは残業していくか、見なかったことにして帰るか悩むよね。

 見なかったことにする方が圧倒的にいいんだけど。

 そんな不良はろくなもんじゃないので。

 ろくな不良があるのかと言われると、それはそれで困りますけど。

 結局アスカをステラまで護衛することになった。


 結局警戒はしていたが、何事もなく朝を迎えることが出来た。

 ここからは来たルートを戻るだけだ。

 しかも、モンスターとの遭遇は無くなった。

 ダークエルフと一緒に何処かへと消えてしまったようだ。

 ここでもトラブル無く移動できて、無事にティーノにエルフの心臓を渡すことが出来た。


 後日。


「ティーノとメガーヌが揃って退職か……」


 俺のところにブレイドが来てため息をつく。

 そうだ、ティーノは見事にメガーヌへのプロポーズを成功させ、二人で店をひらくと言って、冒険者ギルドを辞めていった。


「髪の毛混入の発生源と流出源が無くなったから、対策としては完璧だったでしょ?」


 俺の言葉にブレイドは頭を振る。


「料理人が二人も辞めててんてこ舞いだよ!対策のたびに人がいなくなるなら、食堂も閉めなきゃならねぇよ!」


 確かに、対策するたびに作業者いなくなったら、ラインが止まってしまうな。

 その後もブレイドの気が済むまで愚痴を聞くこととなった。

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