第32話 エルフの心臓3

 夜中にふと目が覚めてしまい、窓を開けて月を眺めた。

 今夜は満月だ。

 俺が前世で死ぬ直前も満月だったような気がする。

 夜中に眠気覚ましのコーヒーを買いに、コンビニに行った時に見上げた夜空に、煌々と輝いていたような気がするのだ。

 実際にはどうだったのだろうか。

 なにせあの時は疲れていたからな……

 そんな風に月を眺めていたら、後ろに気配がした。


「シルビア?」


 振り返るとそこにはシルビアがいた。


「ごめん、おこしちゃった?」


「たまたまよ。どうせあんたの事だから、隠密スキルを使って窓を開けたんでしょ。あたしのレベルじゃ気が付かないわよ」


 彼女は自嘲気味に笑った。

 そんなに卑下することもないのに。


「そうそう、一度訊いてみたかった事があるのよ」


 シルビアが顔を近づけてきた。

 彼女の吐く息を感じられるくらいに近い。

 思わずドキッとした。


「何かな?」


 そう言うのが精いっぱいだ。


「あんた何者なの?」


「どういうこと?」


 シルビアの質問の意図がわからない。


「問題を解決しているじゃない」


「ああ、その事。だって俺のジョブは品質管理だから。様々な問題を防いだり対策をたてるのが仕事だよ」


 そう答えると彼女はかぶりを振る。


「それがおかしいのよ」


「おかしい?」


「そう。ジョブで解決するならスキルを使うでしょ。それなのにあんたは知識だけで解決してきた。他人のスキルを使えるようになったりしているのは問題解決に使ってないわよね。その年齢で経験も浅いのに、どうしてそんなことが出来るの?本当に見た通りの年齢なの?」


 これには困った。

 品質管理のジョブでありながら、問題解決には知識を使ったのは事実だ。

 それも前世での知識である。

 ここでシルビアに転生者である事実を伝えるべきであろうか?

 他にも転生者がいるのであれば、それはすんなりと受け入れられるのかもしれない。

 しかし、そんな事実があるのかどうか俺は知らない。

 さてどう返事をしたらよいものか。

 暫く黙思していたら、シルビアが口を開いた。


「ごめんなさい。誰にでも詮索されたくないことはあるわよね。あんたが悪い人間じゃないっていうのはわかっている。話せないってことはそれなりに事情があるのよね。今夜の事は忘れて。あたしも二度と詮索はしないわ」


 そう言って彼女は自分のベッドに戻った。

 俺はひとまず安堵した。

 身分を隠すなど、代替品の納入で品質管理ではなく、単なる物流係だと嘘をついた時依頼だな。

 なんでそんな嘘をついたかというと、品質管理部員だと担当者でなくても客先で色々と質問をうけるからだ。

 当然答えることは出来るのだが、会社で担当者が作成している対策書と齟齬があってはまずい。

 なので、単に代替品を運んできただけとしておきたいのだ。

 知らないで押し通してもいいのだが、品質管理のくせに何も知らない奴を送り込んできたとか余計な事を言われることもあるので、関係ない部署だと言い張るのが正解だ。

 名刺も名札も全て会社に置いていく。

 万が一にも見つかるわけにはいかないから。

 まあ、そんなことをしていると、別件で不良が出てしまい、担当者が不在なので代わりに選別に行くことになって、「お前品質管理じゃねーかよ」ってなったりもするのだが。

 そんなこともあって、シルビアに嘘をつくかどうか迷っていたら、彼女が引いてくれて助かった。


「なんで俺はこの世界に転生したんだろう?」


 月に向かってとても小さな声で質問した。

 当然答えは返ってこないので、俺もベッドに戻って寝ることにした。


 翌日、今日も朝早くに出発することとなる。

 今日も天気は良く、移動するには少し暑い。


「なんか、アルトもシルビアも雰囲気が暗いよ」


 歩き始めてしばらくすると、スターレットがそう談柄を落とした。

 夜中のことが顔に出ていたかな?

 スターレットが俺の正面に来て、両頬を指で軽く摘まんだ。


「なんの心配をしているのか知らないけど、二人で抱え込まないでよね。今は私も仲間なんだから」


 そう言って微笑む。

 その申し出がありがたかった。

 出来ることなら、前世の今際の際の対策書が受理されたかどうか見てきて欲しい。

 俺が見に行けたとしたら、指摘箇所を直さなきゃならないのでね。


「大丈夫だよ。夜中に少し嫌な夢を見て、そのせいで寝不足なだけだから」


 頬にかかる手を優しく自分の手で包んで、頬から引き離す。


「そう、それなら私の心配しすぎね」


 スターレットが恥ずかしそうに、慌てて手を振りほどいた。


「あたしの心配もしなさいよね」


 シルビアから苦情が来たので、このほんわかした雰囲気は終了だ。

 気持ちを切り替えて、エルフの心臓の群生地を目指そう。


 その日は二度程ゴブリンの襲撃を受けた。

 勿論そんなものは危険ではない。

 シルビア一人で全て返り討ちにしている。


「やっぱりおかしいわね。こんなにゴブリンに遭遇するなんて。何かがゴブリンを使っているのかもしれないわね」


 ミスリルのソードを鞘におさめたシルビアが、腰に手を当てて考え込む。


「ゴブリンって使役できるの?」


 俺は全く違う感想を持った。

 ひょっとして、ゴブリン語とかいう言語があるのかな?


「もっと強いモンスターが使役することはあるわね。単純な作業なら理解できるし」


 シルビアが教えてくれた。


「言葉は通じるの?」


「何か叫んでいるのは聞いたことあるから、意志疎通は出来ているはずよ」


 その答えに、ゴブリンを工場で労働させるときに

どうやって作業を伝えるのかを考え始めるあたり、俺は転生しても品質管理の癖が抜けていないようだな。

 ジョブが品質管理だから、正しいとも言えるが。


「アルト、何を考えてるの?」


 スターレットが俺の顔を覗き込んできた。


「自分たちでもゴブリンを使役できるかなって思ってね。どうやって命令を性格に伝えるかを考えていたんだ」


「あんたの得意な作業標準書に書けばいいでしょ」


 シルビアは作業標準書という単語を覚えてくれたか。

 しかし、文字があるかはわからないぞ。


 その後特筆すべきこともなく、二日目の宿場町に到着した。

 そして翌日いよいよエルフの心臓の群生地へとやって来た。


「ここに来るまでに、ゴブリンメイジやホブゴブリンにも遭遇するなんてね」


 スターレットがそう言うと、シルビアが


「しかも、遭遇する頻度が上がっているわね。どう考えてもこの先に何かあると考えるのが普通だわ。あんた達、気を引き締めなさい」


 と注意を促した。

 当然俺は周囲の警戒を怠ってはいない。


 日は一番高いところまで昇り、俺たちは昼食をとった。

 収納魔法で俺が持ってきたティーノの特製ランチだ。

 収納魔法では収納中のものは時間が止まるので、三日前に調理したものが、いまだに湯気を出している。

 前世でこれがあれば、長期在庫も怖くなかったのにな。

 一億円出しても買いたいくらいに欲しい。

 錆びや樹脂の劣化で、何度対策書を書いたことか。


「アルト、そんな険しい顔して、なにか不味い料理があった?」


 思い出し怒りをしていたら、スターレットに心配されてしまった。

 いかんな。

 どうも、思い出し笑いはないが、思い出し怒りはよくやってしまう。


「そんなことないよ。ちょっとモンスターがおおいなって考えていたんだ」


 と誤魔化した。


「そうよね。冒険者ギルドに依頼が出てないから、つい最近突然こうなった訳でしょ」


 スターレットの言葉で、これは変化点があったのだろうと思い付く。

 ただ、モンスターが増えたという結果に繋がる変化点がわからない。

 迷宮じゃないんだから、突然湧いてくるわけでもないだろう。


「ねえ、シルビア、スターレット。モンスターが突然出現するようになるのってどんなときかな?」


 俺の質問に、シルビアが答えてくれる。


「こういうところで突然モンスターが増えるのは、群れが移動してきたからよね。群れを統率しているのがいる可能性が高いわよ」


「群れの移動か」


 群れが移動するなら、元々いた場所に問題が起きたのだろうか。

 その原因はエサがなくなったか、天敵がやってきて逃げ出したか。

 まあ、そんな変化点管理をするのなら、定期的にモンスターの生息地を監視しなくてはならなくなるな。

 どこの国がそんな監視の費用を出してくれるのかはわからない。


 今は考えてもわからなそうなので、食事を済ませてまた先を目指して進む。

 いよいよ目的のエルフの心臓の群生地かというところで、多数のモンスターの気配を察知した。

 そして、それに囲まれる人物がいることも。


「誰かがモンスターに囲まれている!」


 俺の掛け声を合図に、走ってその方向に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る