第34話 先入先出 前編

 外は太陽が全てを焼き、生卵を放置すれば目玉焼きになりそうな気温である。

 前世の夏を彷彿とさせるような熱さだ。

 しかし、冒険者ギルドの中は快適な気温になっている。

 俺の温度管理スキルは指定した室内の温度を、自由に設定できるのだ。

 尤も、効果範囲は一部屋なので、食堂やポーション製造部にはスキルの恩恵はない。

 とはいえ、冒険者ギルドのロビーはそれなりの広さがあり、冒険に出る予定の無い冒険者までもが、涼を取りにここに来ている。

 エアコンなど無い世界に、エアコンが登場すれば当然そうなるよな。

 魔法のある世界の例に漏れず、ここでも氷魔法を使った温度管理を研究してはいるそうなのだが、単に氷を使っただけでは温度管理は難しい。

 快適な温度を保つところまではたどり着いていないのだ。

 厨房スタッフとポーション製造部のスタッフからは、俺の貸し出し依頼が出ているのだが、相談窓口をそんなところに設置しても、相談に来るのはネズミくらいなもんで、流石にギルド長の許可はおりなかった。


 そんな快適な気温と、満腹がタッグを組んで、俺の上下の目蓋を接着しようとしているとき、ミゼットがやってきた。

 ミゼットはポーション製造部のスタッフだ。


「どうしました?」


 そう声をかけると、ミゼットは泣きそうな顔で話し始めた。


「エランがマンドラゴラを腐らせちゃって、親方がカンカンなの」


「エランがなんでマンドラゴラを腐らせるのかな?」


 エランというのは、ポーション製造部のスタッフで、人間の若い男である。

 ちょくちょく失敗をしては、親方に怒鳴られているのを見かける。

 どこの部署にでもいる、ちょっとどんくさい作業者だな。

 でも、そんなエランだって、マンドラゴラを腐らせるスキルなんて持っていないはずだ。

 どうやって腐らせたのか気になるな。


「それで、親方がアルトを呼んできてって言ったの。アルトの考えた対策でもエランがミスするなら、馘にするって怒ってるの」


 それはまた、随分と責任の重い対策を任されたもんだ。

 いや、前世でもあまりにも品質のスコアが悪いと、発注停止になる可能性があったから、不具合対策っていうのは重い責任があるのだが。


「そうだね。まずは現場を見ないことにはわからないから、今すぐにポーション製造部に行くよ」


 席からたつと、ミゼットが俺の手を取る。

 少しでも早く連れていきたいのか、グイグイと腕を引っ張られて、ポーション製造部へと走っていくことになった。

 俺がいなくなることで、冒険者ギルドのロビーは元の気温に戻るのだが、それは仕方がない事だな。

 出るときに、レオーネの刺すような視線を感じたのだが、仕事が優先なので諦めてくれ。


 ミゼットと一緒にポーション製造部に来ると、怒鳴る親方と項垂れてそれを聞いているエランがいた。

 失敗した作業者をみんなの前であまりガミガミ怒るのも良くないのだが、ここではそんな教育など無いので、親方はお構いなしに大声を張り上げている。

 前世の会社の古株を思い出すな。

 兎に角声がでかかった。

 他のスタッフは手を止めることはしないが、二人のやり取りが気になるようで、そちらをチラチラと見ている。

 俺はそれを見て、不良が出るんじゃないかと気が気でない。

 作業中は作業に集中してほしいな。

 この状況じゃ無理かもしれないけど。


「親方」


 ミゼットが呼び掛けて、親方は怒鳴るのをやめた。


「アルト、来てくれたか。この頓痴気がやらかしやがってよ」


 親方は俺の方を向き、親指でエランを指す。

 エランは一言


「すいません」


 と、俺にも謝った。


「ミゼットから聞いた話では、マンドラゴラを腐らせてしまったとうかがいましたが――」


 俺がそういうと、親方は頷いた。


「古い奴が残っているのに、新しいのを出してきやがってよ。それを繰り返したもんだから、古い奴がみんな腐っちまったんだぜ。仕入れを考えたら赤字だよ!」


 親方は額に掌を当てた。

 若干芝居がかっている気もするが、癖なのかな?

 一方、エランはというと、それを聞いてさらにシュンとなる。

 これ以上親方の説教が続くと、聞き取り調査に影響が出そうなので、親方には一旦退場していただき、エランだけを残すことにした。


「解雇ですかね?」


 エランはおどおどしながら聞いてきた。


「自分にそんな権限は無いですからね。そもそも、解雇するなら対策をたてるために呼ばれたりはしませんよ。失敗しない人を雇うのではなく、エランに失敗をさせたくないのだから」


 とまあ、想像ではあるがそう答えた。

 たぶん親方の考えもそうだろうけど。

 ミスした人間を解雇していたら、慢性的な人材不足になるな。

 しかも、人件費は上昇する。

 ミスをしない方法を自分で考え付く人は、優秀だからとても高くつくのだ。

 だから、プアワーカーのような安価な労働力で、良品を生産する仕組みが必要になる。

 誰でも同じ作業が出来る事が求められるのはそういうことだ。


「でも、いいんです。俺、田舎に帰って畑でも耕しながら暮らします」


「あっ!」


 エランはそう言うと、俺が止める間もなく外へと走っていってしまった。

 お前は●田さんか!

 不良を出したら逃げ出した作業者がいたんですよ、前世でね。


「ミゼット、俺はエランを探してくるから、親方に伝えておいて欲しい」


 俺もエランの後を追って、部屋から飛び出した。

 エランは冒険者ギルドの中には見当たらない。


「全く、不良を出しただけでも面倒なのに、対策もしないで逃げ出すとは。やることが増えるじゃないか」


 思わず愚痴が口に出てしまった。

 不良を出すなとは言わないが、せめて自分の出した不良とは向き合って欲しい。


「レオーネ、エランはどっちに飛び出していったか見なかった?」


 受付にいたレオーネなら、エランが冒険者ギルドを出て、どっちの方向に走っていったか見ていたのではないかと思い訊いてみた。


「どうしたの?」


 事情を知らないレオーネにかいつまんで話した。

 レオーネはしばし黙思してから


「じゃあ、エランを探す依頼を出したらいいんじゃない?」


 と提案してきた。


「いや、何もそこまでしなくても。お金もかかるし」


 俺はその提案を断った。

 すると、レオーネはわかってないわねと言わんばかりの、憐憫の眼差しを向けてきた。


「何か意図があってのこと?」


 そう訊ねると、彼女は頷いた。


「アルトがいなくなると、また暑い冒険者ギルドで仕事をしなきゃならないのよ」


 凄くわかりやすい理由だった。

 勿論、そんな理由では受け入れられる筈もなく、俺は冒険者ギルドから飛び出し、エランを探していく。

 確かに外の気温は高く、接着剤の使用可能温度を越えているような暑さだった。

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