第30話 エルフの心臓1

「エルフの心臓の群生地の情報が知りたい?」


 シルビアは俺とスターレットの顔を交互に見た。

 俺とスターレットは、髪の毛混入のなぜなぜ分析をして対策ができたあと、エルフの心臓の群生地を調べるため、シルビアのところに来ていた。


「買取価格を考えたら、儲けなんて出ないわよ」


「今回は依頼があって採りに行くからそれでいいんですよ」


 ティーノは正式に冒険者ギルドを通して俺達に依頼をしてきた。

 俺はそれはどうでもよかったのだが、スターレットが昇級するためのノルマがあるので、依頼を受けた形にする必要があったのだ。


「ふうん、事情がありそうねえ」


 シルビアはニコリと笑った。

 だが、それは猛禽類が餌を見つけたときのような、獰猛な笑みであった。


「駄目。依頼者からの内容は教えられないから」


 スターレットが牽制した。


「あたしも仲間に入れなさい。それがエルフの心臓の群生地の情報を教える条件よ」


「むー」


 シルビアの提示した条件に、スターレットが渋い顔をする。

 彼女は俺の方を見て意見を求めてきた。


「シルビアも一緒に来てくれるなら安心だよね」


 俺の一言で、シルビアも一緒に行く事になった。

 場所はステラから三日程行った山の中にあるのだという。

 途中に大きな街はなく、宿場も三日目には無くなるそうだ。

 野宿も出来る準備をして、明日の朝出発することとなった。

 買い物をしていたら日が暮れてきたので、そのまま食事をしようとなり、街の食堂に三人で入った。


「まさか、ティーノがメガーヌと付き合っていたなんてねえ」


「シルビアも気がつかなかったの?」


 シルビアとスターレットは、ティーノとメガーヌの話で盛り上がる。

 酒が入るとさらにヒートアップして、シルビアが彼氏がいないと泣き始めたのをスターレットが慰めていたのが面白い。


「アルト、あんたあたしの事どう思っているのよ!」


 突然話がこちらに飛び火した。

 シルビアの目が据わってて怖い。


「それは駄目!」


 スターレットがシルビアの質問にダメ出しをした。

 そこからが大変だった。


「何でよ!?別にアルトはあんたのもんじゃないでしょ!」


「兎に角駄目なんです!アルトがいつも長期在庫には気を付けろって言ってるんだから」


 その一言でシルビアに火が着いた。

 尚、俺のいう長期在庫は未婚女性の事ではない。

 長期間使っていない道具の事だ。


 二人が姦しくしているので、店主や他の客に頭を下げながら二人を宥めていたら、自分の食事をするタイミングを逃してしまった。

 まるで不良品の代替品出荷で、軽トラックの運送業者を待たせていた時みたいだな。

 俺のせいじゃないのに。


 その日はシルビアとスターレットをそれぞれ家まで送り届けて別れた。

 日も変わり、周囲は静寂に包まれている。

 月明かりが照らす夜道を一人で歩いていると、上空に人の気配がした。

 立ち止まって見上げてみたが誰もいない。


「気のせいか……」


 再び歩き始めると、前方から複数の跫音が聞こえる。

 殺気を消すこともせず向かってくるその跫音に身構えた。

 三人の男が目の前に立ちふさがった。

 月明かりに照らされた男たちの人相は極めて悪い。


「こっちに黒ずくめの奴が来なかったか?隠すとためにならないぜ」


 真ん中の男が訊いてくる。

 人にものを訊く態度ではないな。

 品質管理事務所に乗り込んできて、「こんなものを不良にしていたら利益なんかでないぞ!」ってわめく役員並みに態度が悪い。

 尚、その製品はどう見ても不良なのだが、そのまま出荷して見事に対策書となった。

 思い出した役員の顔と、目の前の男が似ているのに少し怒りを覚える。


「さあ、見ていませんね」


 そう答えると右の奴が


「服を着替えたのかも知れねえな。殺してから持ち物を検分してもいいじゃねえかよ」


 と言った。

 真ん中の男も、左の男もニヤリと笑って得物を抜いた。

 こういう連中は、まったくもって度しがたい。

 左右の二人の脳を振動試験スキルで揺さぶって意識を刈り取った。

 残った男は何が起きたか理解が出来ないようだ。


「てめえ、何をしやがった!」


 剣先を俺に向けてくるが、それはプルプルと震えているのがわかる。

 訳のわからない攻撃で仲間が倒れたので、恐怖で震えているのだろうな。

 俺は相手の質問を無視して、こちらも質問をした。


「質問に答えてもらいましょうか。あなた達が追っていたのは何者ですか?」


 脅しで持っていた剣を引張試験で破断させた。


バキッン――


 金属のちぎれる音が静寂を破る。

 それを見た男は顔が青くなったように見えた。

 残念ながら照度が不足しているので、確認することは出来ない。


「ラパンだよ。怪盗のラパンを追っていたんだ」


 男はそう言った。


「ラパン?」


 その名前に聞き覚えがない。

 有名なのだろうか?


「ああ、最近ステラで売り出し中の怪盗だ。そいつが俺達から風邪薬を盗んだんで、こうして追いかけてきたってわけよ」


 男はペラペラとよく喋る。

 風邪薬を盗まれて必死に追いかけるとか、どう考えても嘘だろうが、よくこの一瞬で考え付いたな。

 いや、ひょっとしたら普段から御禁制の薬物を扱っており、そうやって言い訳をしているのかもしれないな。


「風邪薬を盗まれたにしては、俺を殺してから持ち物を確認するとか穏やかじゃないですね。人違いなら風邪薬程度と殺人じゃ、捕まったときに割りが合わないですよ?」


「母ちゃんの形見の風邪薬なんだよ!!」


 そうか、形見なら必死になるのも仕方がないな。

 朝の出発は早いし、もう関わらずに帰ろうか。


「よし、お互い今夜は会わなかった。それでいきましょう。あなたの仲間は気を失っているだ。二人だと重いかも知れないけど、連れて帰って下さい。尤も、もう少しで気がつくとは思いますが」


 俺がそう言うと、男はキョトンとした顔でこちらを見た。


「見逃してくれるのか?」


「はい。朝早くにこの街を出るので、あなた方を衛兵につきだして、余計な時間を取られたくないのですよ。ここで殺すほどでもないですしね」


 命を狙われたので、殺してもいいのかもしれないが。


「わかった。こちらも人違いして悪かった。今日はお互いに何もなかった。そうしよう」


 男は気を失っている仲間を道端に移動させた。

 意識が戻るまでその場で待つそうだ。

 俺はやっと自分の部屋に帰り着き、ベッドに入って寝た。


 朝日が顔に当たって目が覚めた。

 寝る時間がすごく短かったな。

 監査当日の夜中まで準備をしていた時の様だ。

 あの時は、結局客先がどでかいリコールを出したので、監査どころではないと当日キャンセルを食らったのだけどね。

 まあ、リコールを知ったのは夕方のニュースでだが。

 ベッドから起きると、簡単に顔と歯を洗って出発する。

 待ち合わせ場所は冒険者ギルドだ。

 冒険者ギルドに向かう途中で、人集りが出来ているのが見えた。

 昨日、三人組に襲われた場所だったので、足を止めて何事かと人集りの中心を覗き込む。

 そこでは夜中に見た顔が冷たくなって横たわっていた。


「何があったんですか?」


 先にここで野次馬をしていた中年男性に話しかけてみた。


「悪人同士の仲間割れか、縄張り争いじゃないかって話だよ」


 盗まれたものの回収に失敗したから殺されたのかも知れないが、俺がそれをいうのも不自然なので、今日のところは呑み込んでおいた。

 盗まれたものは気になるが、どうせ奴らが所持していたところでろくなことにはならなかったろう。

 それに、今日はティーノの将来がかかった依頼だ。

 余計なことに首を突っ込んで遅れるわけにはいかない。


 多少の後ろ髪を引かれながらも冒険者ギルドに向かった。

 そして、スターレットとシルビアと合流して、エルフの心臓の群生地を目指して出発した。



 よく昨日あれだけ酒を飲んで、こんな朝早くに動けるなと二人に感心したのは黙っておこう。

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