第29話 再発の監視

「ティーノはなんか嬉しそうね」


 ティーノのあとを尾行していると、スターレットが小声で耳打ちしてきた。


「わかるの?」


「勘よ」


 勘、コツ、度胸はKKDといって、製造業では排除されるべきものなのだが、自信ありそうに言うスターレットにはそのことは言えなかった。

 ティーノは冒険者ギルドの裏手に向かう。

 はて、こんなところに何があるというのか。


「密会ね」


 スターレットの鼻息が荒い。

 そんなもんじゃないと思いたいが、不倫相手を工場の裏に呼び出していた班長の例もあるし、無いとは言えないよなと思った。

 そして、スターレットの読み通り、そこにはメガーヌもいた。


「ほら、私の読み通り」


 物陰から二人を監視するが、なかむつまじい恋人同士だな。

 スターレットと俺は完全に興味本位の野次馬の立ち位置だ。


「あー、三角巾は取っているのか」


「よれはそうよ。少しでも可愛く見せたいじゃない」


 メガーヌは髪を覆う三角巾を外している。

 女心はJIS規格ではないので俺にはわからなかったが、スターレットの説明でそういうものかと納得した。

 JISではなくJASの方がいいのかな?


「あれだけくっついてイチャイチャしてたら、髪の毛のひとつやふたつついても不思議じゃないわね」


 スターレットの言うように、二人は密着しているので、あれでは髪の毛がつくのも当然だな。

 これでほぼ原因は特定できた。

 発生工程は休憩時間の人目につかないところ。

 こいつの対策は難しいけどな。

 まあ、職場に何しに来ているんだといえばそれまでだが、個人の恋愛を規制するのもねえ。


「さて、先に帰ってティーノを待ち構えようか」


 まだ見ていたそうなスターレットをなんとか説得し、食堂に戻ってブレイドに事情を話した。


「するってえと、ティーノがメガーヌと付き合っていて、休憩時間にイチャイチャしているから髪の毛が付着したってえのか。それならメガーヌが料理してないものにも髪の毛が入っていたのも頷けるな。じゃあ、二人の恋愛を禁止すれば解決か」


 ブレイドは結構ひどいことをさらりと言う。

 確かに市場流出の原因が恋愛ならそうだろうけど、恋愛が真因ではない。

 髪の毛さえ付着しなければなんの問題もないのだから。

 なぜなぜ分析でもやりそうな間違いだな。

 いや、単に面白がっているだけという可能性もあるか。

 なにせ、先程からスターレットと一緒にニヤニヤしているのだから。


 休憩時間も終わり、ティーノが戻ってきたところで、食堂の端にある席に彼を呼んで、四人での話し合いとなった。

 スターレットはもういいんじゃないかとは思ったが、そういうのも可哀想かなと思い、この場に同席してもらっている。

 他人の仕事に首を突っ込んで、余計なトラブルを抱えるのもどうかと思うが、今回は彼女がそれを望んでいるのだ。

 そんなわけでの同席である。


「なあ、ティーノ。最近、髪の毛混入のクレームが増えているんだけど、それはお前も知っているよな」


 ブレイドがそう切り出した。

 ティーノは静かに頷いた。


「そいつがどうもティーノが原因みたいなんだよ」


 自分が原因だと言われたティーノは、驚いて目を丸くした。


「そんな、髪の毛が料理に入らないように、ちゃんと帽子を被ってますよ!証拠はあるんですか!?」


 ティーノは憤懣やるかたないといった風で、ブレイドに食って掛かる。


「証拠、証拠ならあるわよ」


 スターレットがビシッとティーノを指差した。

 そして俺にアイコンタクトしてくる。

 あれは俺に証拠をつきだせって事なんだろうな。

 俺は席を立つとティーノの後ろに立った。


「なんだよアルト。俺に何かしようっていうのか?」


 ティーノが振り向く。

 俺はティーノの肩についていた、メガーヌの髪の毛を取ると、彼の目の前につきつけた。


「これだよ。この黒髪に見覚えがないとは言わないよね?」


 証拠をつきつけられたティーノはたじろいだ。

 そして、とても罰の悪そうな、居心地の悪そうな雰囲気を出してくる。

 不良を出したときに、客先の品質管理事務所に監禁された品管じゃあるまいし、危害を加えようって訳じゃないんだぞ。

 不良を出しても、監禁されたり危害を加えられることは無いけど。


「全て私の口から言ってもいいけど。出来ればティーノ、あなた自身の口から言ってほしいのよ」


 スターレットがティーノの逃げ道を塞ぐ。

 俺個人としては料理に髪の毛が入らなければ良いだけなのにと、メガーヌとのことは見逃してあげたい。

 しかし、品質管理としては重要な変化点として、いつからメガーヌと休憩時間に密会していたのかを確認しなくてはならないという使命感があった。

 なにも尾籠な事ではなくて、変化点以前に同じクレームがあったなら、他にも原因があるので、その対策をしなければならないからだ。

 さあティーノ、覚悟を決めるんだ。

 そう心の中で語りかけたら、どうやら通じたらしい。


「そうです。自分とメガーヌは恋人同士です」


「それはいつから?」


 スターレットが訊ねた。


「ちゃんと付き合い始めたのは二週間前だね」


 ティーノが照れ臭そうに答える。


「ブレイド、クレームが出始めた時期は?」


 俺が訊くと、ブレイドはおとがいに手を当てて、宙を眺めて思案する。


「確か、そのくらいだな」


 そう返事が来た。

 やはり変化点とクレームの発生時期には関係があるようだな。


「さて、これで髪の毛が混入する原因がわかりました。これからどうしたらそれを防止できるかの対策を考えようと思います」


 全員の顔を見ながらそう言うと、ティーノが思い詰めた顔をしていた。

 まさか、責任を取って辞めますなんて言わないよな。

 ここでティーノが辞めたところで、いつかまた同じようなクレームが発生するかもしれない。

 だから、責任を取るなら辞めるのではなく、対策をたてるべきなのだ。


「自分は冒険者ギルドを辞めようと思います」


 やはりティーノはそう言ってきた。


「ティーノ、きつい言い方になるかもしれないけど、それは責任を取ったことにはならないよ」


 俺は少し強い口吻でティーノを批難した。


「責任?」


 ティーノが聞き返してくるので、俺は少し芝居がかったように、大仰に頷いてみせた。


「そう、料理に髪の毛をいれてしまった責任を取るべきだよ。辞めるのではなくて、対策をこうじるべきなんだ」


「そうじゃないよ、アルト。自分はメガーヌと一緒に独立して店を開きたいんだ。責任というなら、メガーヌを幸せにする責任はある」


「素敵……」


 ダメだ、スターレットの目に星がキラキラしている。

 説得する相手が二人に増えたかもしれない。


「メガーヌは承諾してくれたの?」


 あまりにも話の展開が早いので、念のためティーノに訊いてみると、彼は首を横に振った。


「そこでアルトにお願いがあるんだ。メガーヌにプロポーズするのに、とびっきり美味しい料理を出したいんだ。ただ、どうしても手に入らない材料があってね」


 ティーノは真剣な眼差しで語りかけてくる。


「どうしても手に入らない材料?」


 それはどんなものだろうかと訊いてみた。


「エルフの心臓だよ」


「そんなの犯罪じゃないか!」


 ティーノの口からエルフの心臓が材料だと告げられ、流石にそんなものは用意できないと抗議をした。


「アルト、それは勘違いだ」


 ブレイドが教えてくれたのだが、エルフの心臓というのは、高原に咲く花の種類なのだという。

 その根は美味なのであるが、需要が少ないためわざわざ採取する人間はいないのだとか。

 別件で高原に行った冒険者や狩人が見つけて採取したのが市場にわずかばかり出回っているのだという。


「エルフの心臓ねえ。それがプロポーズには必要なわけだ」


 俺に言われ、ティーノは無言で首肯した。


「アルト、ティーノのためにもエルフの心臓を採りに行きましょう。二人の恋の行方がかかっているのよ」


 スターレットがやる気をみせる。

 だが、俺はその前にやることがあった。


「わかりました、エルフの心臓は引き受けましょう。でも、その前に――」


「その前に?」


 俺以外の三人が声を揃える。


「髪の毛混入のなぜなぜ分析をしましょう」


 俺がエルフの心臓を採りに行っている最中にも、混入は起きる可能性があるからね。

 そんなわけで、四人でなぜなぜ分析をした。

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