第25話 ブロックゲージ 中編
室内に入りテーブルに着席する。
俺とスターレットが並んで座り、相向かいにはパブリカが座っている。
「ここが昔の研究室の上に建ってて、悪い奴らに狙われているって聞いたら、何か出来ることはないかなって思って来ちゃいました」
スターレットがここに来た目的を話した。
「嫌がらせとかはありますか?」
俺もパブリカに訊ねる。
「ここを立ち退けって言われるのは増えたわね。向こうもただでとは言わないけど、提示される金額が少なくて、ここにいる子供達が住めるような所を買うことは出来ないのよ。とはいえ、力任せに出られても困るし……」
パブリカはため息をつく。
「私がそいつらをやっつけてくる!アルトが一緒なら危なくないし」
スターレットはそう言うが、ここを売ってくれというだけでやっつけられる相手も可哀想だな。
それに、こちらが犯罪者になりそうだし。
「この子は昔から考えが足りなくてね。迷惑をかけていませんか?」
パブリカが母親の顔になる。
思わず笑ってしまった。
「そこは成長してませんね。でも、そんな短慮軽率でもミスをしないようにするのが私の仕事ですから」
「やっぱりそうなのね。これからもスターレットをよろしくお願い」
パブリカと二人で笑っていると、スターレットが顔を真っ赤にして不機嫌になる。
「これからはちゃんと考えてから行動します!」
そう宣言してくれたので、期待するとしようか。
「でも、先程のドアの対応を見ると、かなり脅されているんじゃないですか?」
単刀直入に聞いてみた。
「明るいうちは人の目もあるので、そんなに強硬な手段には出ないでしょうけど、こうやって暗くなってくると怖くて。『暗くなると誰にやられたかわからないからな』って言われましたから」
こういった脅し文句は異世界でも同じか。
「衛兵には相談しましたか?」
「無駄ですよ。孤児院なんて彼らの頭の中では護衛対象になってませんから。もしなっているなら、街からの寄付だってもっと多いはずですよ。こんなに苦しいんだから、もう少し増額してくれてもいいのよねえ」
自衛するしかないか。
「先生、お金なら私が何とかするから」
スターレットは先程宣言した「ちゃんと考えてから行動します」ってのを早速反古にした。
不具合対策の報告に行って、「二度と再発しないように対策しました」って宣言した30分後に再発して、スーツのまま選別することになった俺よりも短いぞ。
「何とかってどうするの?」
俺の質問に胸を張るスターレット。
「足元にオリハルコンがあるじゃない」
「いやいや。それだとこの建物を取り壊さないと駄目だろ」
「うっ……」
まったくこの子は。
「何かあったら言ってください。可能な限りお手伝いしますよ」
その時はそういって別れた。
だが、事態はその夜すぐに動く。
カンカンカンカン――
火事を知らせる鐘の音で俺は目を覚ました。
窓から外を見ると空が赤くなっている。
方向は孤児院の方だ。
まさかと思い、取るものも取り敢えず火の出ている方へと駆けつける。
「やっぱりか」
悪い予感は当たるもので、火元は孤児院だった。
「パブリカ!」
パブリカを見つけたので名前を呼んだ。
「この子が火傷を!」
彼女は小さな子供を抱き抱えている。
「もう中には誰もいないのですか?」
「はい。全員外に避難しています。この子が最後になったので……」
子供をヒールで回復させる。
火はいよいよ強く燃え盛り、建物が崩れ始めた。
「先生!アルト!」
後からやって来たスターレットに名前を呼ばれる。
「安心して。全員命に別状はないから」
と言ってはみたが、スターレットは安心出来ない。
当然か。
「放火よね!」
彼女は気色ばんだ口吻である。
パブリカも興奮した口調で応える。
「火の始末はしてから寝たわよ」
パブリカの言うように、火を消してから寝たのならば放火だろうな。
立ち退かせたいのだろうけど、まったくもって手荒なことをする奴がいたもんだ。
単なる火を見るのが好きな犯人かもしれないけど。
結局火の勢いは収まらず、孤児院は全焼してしまった。
孤児達は冒険者ギルドで一晩過ごしてもらうことにした。
外で寝るよりはましなレベルだ。
測定室での仮眠とどっこいどっこいだな。
「明日からどうすれば……」
冒険者ギルドに向かう途中、パブリカは途方に暮れる。
「スターレット、こんなことになったとはいえ、建物が無いならば、地下の研究室を探してみようか。オリハルコンが本当に出てくれば、孤児院の再建が出来るよね」
俺の提案に、スターレットとパブリカの表情が少し明るくなった気がした。
星明かりでは薄暗くて、二人の表情が完璧には読み取れないのでね。
「明日の朝から探すの?」
「いや、子供たちを冒険者ギルドに送り届けたらすぐにだ。火をつけた連中の狙いがオリハルコンなら、今夜にでも来るだろうからね」
そんなわけで、冒険者ギルドまで案内と護衛を兼ねて移動し、そこから孤児院へと戻る。
道中スターレットが俺に訊いてくる。
「私がやるならわかるけど、どうしてアルトが孤児院のためにここまでしてくれるの?」
「ほら、袖振り合うも多生の縁って言うじゃない」
「そんな言葉聞いたこと無いわよ。どこの言葉?」
しまったな。
仏教の概念をスターレットに説明しようにも、俺が転生したところから話さなきゃならないのか。
さて、どうやって誤魔化そうか。
「故郷の言葉なんだよ。ここでスターレットと出会うのも、パブリカと出会うのも前世からの運命だから、放っておけないって事だよ」
「素敵な言葉ね」
そんな会話をしながら孤児院の近くまで来ると、見知った人物がいた。
シルビアだ。
向こうも俺達の気配を察知しこちらを向いた。
「シルビア」
俺が声をかけると、彼女は振り向いて唇に人差し指をあて、黙るように合図をしてきた。
そして手招きをして、こっちに来いと指示をしてくる。
指示されるがまま、俺とスターレットは音をたてないように注意を払ってシルビアのところに移動した。
「火事を見かけて来てみれば、噂の孤児院だったから野次馬が立ち去るまで待ってみたのよね。そうしたら案の定怪しい連中が土を掘りおこし始めたわ」
シルビアが小声で話してくる。
孤児院の方をみると、暗がりで人影が蠢いているのがわかった。
およそ10人くらいだろうか。
「やっつける?」
と聞いてみると、
「どうせなら入り口を見つけてもらってからの方がいいわね」
と返ってきた。
その通りだな。
しばらくこちらも暗がりに隠れて様子を伺う。
「あったぞ」
と声が聞こえたので、シルビアとアイコンタクトを取ってお互いに頷いた。
シルビアはショートソードを手に、俺はピンゲージを手にして飛び出す。
相手の実力がわからないから、スターレットは留守番だ。
土を掘りおこしていた連中は、入り口と思われる方に向いており、こちらには気がつかない。
客先で倉庫を勝手に選別するときの隠密スキルがここで役にたつとはね。
いや、隠密行動の作業標準書のお陰か。
後ろから近づいて、腕を振るう。
闇の中に銀の軌跡を描いて、それぞれの武器が襲いかかる。
相手は全部で9人いた。
それをまずはシルビアと俺で2人ずつ倒した。
流石にそこで相手が気がつく。
「ぎゃあ」
気がついただけで、動く前にシルビアがさらに1人を倒した。
ここにきてやっと相手が武器を取る。
3人はダガーナイフだが、1人だけロングソードを抜いた。
「こいつはあたしがやるわ」
シルビアがロングソードの敵と対峙したので、俺は残りの3人と戦うことに。
数字がおかしいけど、実力を考えるとそんなもんか。
こちらの3人は特筆すべき事はなく、あっという間に退治した。
「ちぇいっっ!!」
ロングソードの敵は気合いと共に鋭い突きを繰り出す。
シルビアはそれを体を捻って回避した。
その後はお互いに攻撃を繰り出し、剣戟の響きが静寂を押し退ける。
時折暗闇に火花が飛ぶのが見える。
なんて炭素量の多い鋼でソードを作っているんだ。
火花を見て、妙なところに感心した。
そしてついに決着の時が訪れた。
「あっ!」
俺は思わず声を出してしまった。
シルビアが瓦礫に足を取られてしまったのだろうか、バランスを崩してしまったのだ。
相手はその隙を見逃さず、シルビアの右腕にロングソードを突き立てる。
ガシャン
その音で、シルビアがショートソードを落としたのがわかった。
「まずい!」
ロングソードを振りかぶった事が、星明かりの反射で見えた。
慌てて引張試験スキルで相手のロングソードを引きちぎる。
バン――
金属が破断した音が周囲に響いた。
相手は武器を失った事を悟ると、仲間を見捨てて逃げたした。
これで一先ず安心かな?
「スターレット、もういいよ」
スターレットを呼んで、シルビアの元へと二人で駆け寄った。
暗くてよく見えないので、ランタンを取り出し火をつける。
そこで見たシルビアに
「これは……」
俺は思わず絶句した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます