第21話 限度見本
今日はスターレットと一緒に迷宮で冒険をしている。
スターレットはいつも一緒にパーティーを組んでいるカイエン達が、商隊の護衛でステラの街を離れているのでソロとなってしまったのだ。
もう初心者ではないので、一人でもよさそうなものなのだが、俺に念のためついてきて欲しいとお願いされてしまった。
どうせ相談なんて殆どないので、相談窓口に出張中の貼り紙をして、スターレットと一緒に迷宮に潜ることにしたのである。
そんなわけで、今は地下5階層である。
迷宮兎やら迷宮蟷螂などのモンスターとスターレットが戦っているのを見ている。
危なくなったら助けに入る予定だ。
「この、この!硬いわね」
迷宮蟷螂に攻撃をするスターレット。
だが、迷宮蟷螂の外殻は硬くてダメージが入らない。
「手伝おうか?」
俺はスターレットに訊ねた。
「お願い。このままじゃショートソードが折れちゃう」
「わかったよ」
【引張試験】スキルを使って、迷宮蟷螂の頭部と胸部を引きちぎる。
鋼ですら引きちぎることのできるスキルなので、大きな昆虫の強度など目ではない。
「きゃあっ」
飛び散った体液がスターレットにかかる。
べとべとになった彼女には色気も何もない。
というかちょっと臭い。
勿論そんなことは言えないけど。
「昆虫系モンスターの外殻硬すぎー」
スターレットはショートソードを見ながら泣き言を吐いた。
ソードは万能というわけではない。
鋼の塊なので、打撃武器としても使えなくはないが、基本的には斬る攻撃に向く。
なので、硬い敵には不向きなのだ。
迷宮蟷螂の外殻は鎧に使われるほどの硬さなので、まともに斬りつけてもダメージは通らない。
柔らかい繋ぎ目の部分を狙うか、圧倒的質量で叩くかだな。
多分、10トンプレスだと倒せないんじゃないかな?
「アルト、迷宮蟷螂の革を剥いでー」
スターレットは疲労と汚れから、その場にヘナヘナと座り込んだ。
ソロだったらどうするつもりだったんだよと言いたいのを飲み込んで、迷宮蟷螂を収納魔法で回収した。
解体は冒険者ギルドの買取部門に任せよう。
「今日はもう帰るー」
スターレットは残業を拒否する午後三時の作業者のような口吻であった。
特にクエストを受けたわけでもなく、経験値と常時買取の素材を集めるのが目的だったので、迷宮蟷螂と迷宮兎を回収できたから十分な成果をあげてはいる。
「じゃあ帰ろうか」
スターレットについた迷宮蟷螂の体液を拭き取りながら俺がそう言うと、彼女の顔はパッと明るくなった。
「だっこと背負うのどっちがいい?」
微笑みながらそう質問された。
「質問の意味は、スターレットが俺をだっこか背負ってくれるということでいいかな?」
当然違うのはわかっているが、怪我もしてないのに背負って帰るのもどうかと思う。
「さっきの戦闘で足を怪我してるから」
「じゃあ、ヒールで治そうか。そうすれば自分の足で歩けるよね」
怪我をしているのは嘘だとわかっている。
足に攻撃は食らっていないし、挫いた様子も無かったから。
「もう、少しくらい優しくしてくれたっていいのに……」
スターレットは不機嫌になってしまった。
なぜだ。
そうか、こういう時こそなぜなぜ分析だな。
真因はスターレットのわがままなのか、俺の女心を理解できてないところなのかが問題だ。
水平展開出来たらモテモテの人生ですね。
駄々っ子のようなスターレットを宥めて、なんとか迷宮を出てきた。
外に出て目に入った太陽はやや傾き始めているが、その姿を地平線に隠すにはまだ早い。
「ん?」
後ろの方から大勢の人の気配がする。
こんな時間に大勢が出てくるとは何事だろうか。
他の冒険者ならもう少し迷宮内で活動しそうなものだが。
「さっさと歩け!」
みれば権柄面の衛兵が、縄で縛った男達を引っ張っている。
「あれ、多分迷宮盗賊達ね。これで少しは被害が無くなるといいけど」
スターレットによれば、迷宮盗賊は冒険者に襲いかかり、その所持品を奪う盗賊なのだという。
パレート図を作った時にも聞いたな。
被害があとをたたないので、定期的に迷宮内での討伐を行っているが、浜の真砂は尽きるともってやつで、後から後から迷宮盗賊は湧いてくるようだ。
尚、迷宮盗賊は迷宮が産み出すモンスターではなく、人間が迷宮内で悪さをしているのだ。
衛兵に道を譲り、建ち並ぶ屋台を見ながらゆっくりと冒険者ギルドを目指す。
「あ、西瓜の屋台がある。スターレット、食べる?」
「いいわ。この臭いを落とさないと食欲がわかない……」
尤もな理由で断わられた。
冒険者ギルドについたので、買取部門で入手した素材を換金して分ける。
ここで解散かなと思ったら
「アルト、ちょっと訓練所に付き合って」
スターレットから訓練所に誘われた。
「どうして?」
「ショートソードの刃こぼれを確認したいの。ここでショートソードを抜くわけにもいかないでしょ」
冒険者ギルドの中では、基本的に抜刀は御法度である。
違反者には厳罰が課せられるのだが、訓練所は数少ない例外エリアなのだ。
「使っているショートソードを鍛冶屋のデボネアのところに持っていったら、『この程度の刃こぼれでもってくるな』とか『こんなになるまで使っているな』とか言われたのよ。どのくらいでメンテナンスに出していいのかがわからなくて。一緒に見て欲しいの」
スターレットの表情が暗くなった。
これはデボネアにこっぴどく言われたな。
「わかったよ」
そう答えたものの、品質管理としては刃物の寿命なんて、使用回数の管理か出来映え確認位しかないぞ。
ショートソードにカウンターなんてつけられないから、結局は出来映えというか、切れ味の感覚になると思うけど。
訓練所に向かう最中に考えても、いい案が浮かばない。
そのまま訓練所に到着してしまった。
「アルトにスターレットじゃな――」
訓練所にはシルビアがいた。
彼女はそこまで言って鼻を摘まむ。
「スターレット、臭いわね。アルトもよくそんな臭い女と我慢して一緒にいるわね」
シルビアの先制攻撃。
しかし、スターレットがカウンターを放つ。
「これはアルトと一緒に冒険してきた結果よ。それに、臭いくらいで嫌われる程の浅い付き合いじゃないですから」
あ、なんかシルビアがダメージを受けてる。
浅くもないけど、深い付き合いはしたことないので、誤解を招く表現は止めて欲しい。
そういうのは、不良を誤魔化す時だけにしようね。
「そんなことより、ショートソードの刃こぼれを確認しよう」
このままだと目的からどんどん逸れていきそうなので、スターレットにショートソードを見せるように促した。
スターレットも思い出したかのようにショートソードを鞘から抜く。
「確かに刃こぼれしてるよね」
受け取ったショートソードは所々刃こぼれをしていた。
だが、これが使えないのかと言われると判断に悩む。
どこが限度なのだろうか――
「限度か……」
ポツリと口から言葉が出る。
そうだ、限度見本を作ろう。
「シルビア」
「なによ、二人の結婚式に呼ばれても行かないわよ!」
「そんな話じゃないから」
シルビアは先程のスターレットの攻撃から立ち直ってなかった。
「この刃こぼれを見て欲しい。まだ使えるかな?」
ショートソードを差し出すと、シルビアはそれを受け取りまじまじと刀身を見る。
「まだ大丈夫だけど、次の冒険の後は研ぎに出した方がいいわね」
「見てわかるの?」
具体的な指摘に驚いた。
「疑ってるの?」
「そういう訳じゃないけど、よくそこまでわかるなって思って」
「当たり前じゃない。いつも使っている道具だから、使える使えないの見極めくらい出来るわよ」
確かにそうだな。
先端25μmの測定子が折れているのも、馴れてくるとわかったし。
「まさか、ジョブが剣士で鉄等級の冒険者がわかってないとかないわよね?」
シルビアが勝ち誇ったようにスターレットを見る。
スターレットはギリギリと音が出そうなくらい歯を食い縛っている。
とても悔しそうだ。
「これをもう少し使って、使える限界まで刃こぼれさせられる?」
「いいわよ」
シルビアは訓練用の丸太に斬りつけ始める。
「こんなもんね」
受け取ったショートソードは先程よりも刃こぼれが進行していた。
これを限度見本として、冒険者ギルドのロビーに飾っておこう。
「スターレット、このショートソードを買い取るよ。冒険者ギルドのロビーに置いておくから、わからない時は見比べて判断してね」
「うん。わかった。でも――」
「でも?」
スターレットはもじもじとしている。
どうしたのだろうか?
「ショートソードが無くなっちゃったから、今から一緒に買いに行かない?」
ああ、そういうことか。
いいよと口に出そうとした時に、先にシルビアが動いた。
「ここにあるショートソードをあげるわよ。アルトの買い取りだって仕事でしょ。さあ、足りなくなったショートソードを買いに行くわよ!」
俺の腕を強引に引っ張って、デボネアの工房に向かい始めるシルビア。
「待って、私も行く」
結局スターレットもついてきて、三人でショートソードを新調することになった。
今回作成した限度見本は評判がよく、新人が自分のソードと比較するようになった。
勿論一年後にはきちんと校正するつもりだ。
品質管理レベル25
スキル
作業標準書
作業標準書(改)
硬度測定
三次元測定
重量測定
ノギス測定
輪郭測定
マクロ試験
塩水噴霧試験
振動試験
引張試験
電子顕微鏡
温度管理
レントゲン検査
蛍光X線分析
シックネスゲージ作成
ネジゲージ作成
ピンゲージ作成
ブロックゲージ作成
溶接ゲージ作成
リングゲージ作成
ゲージR&R
品質偽装
リコール
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます