第22話 識別表示 前編

 スターレットと一緒に、冒険者ギルドにある刃こぼれの限度見本を見ていると、突然怒鳴り声が聞こえてきた。


「馬鹿野郎!!」


 朝の受付が終わり、殆どの冒険者は出ていってしまった為、人が少ない冒険者ギルドの中に怒声が響く。

 何事かと声のする方を見れば、ポーション製造の親方が子供を怒鳴っている。

 子供は赤毛を後ろでまとめた小さな女の子だ。

 そういえば最近ここで見かけるようになったな。


「それはまだ売店に持っていっていい奴じゃねぇ」


 どうやら出来上がったポーションを、出荷検査前に売店に持ってきてしまったようだ。

 そう、最近ポーションは出荷検査を実施しているのだ。

 高級ポーションを薄めて、中級と低級を製造するのだが、その薄め具合は職人の加減に左右される。

 それなので、今まではかなりのばらつきがあったのだ。

 親方からそのばらつきを低減させたいと相談があり、俺の提案で出荷検査を行うことになった。

 ポーションのグレードは色で見分けるので、それぞれのグレードの色見本を作成し、見本の範囲に収まっていることを、第三者の目で確認することにしたのだ。

 勿論発生源も対策はした。

 薄める量を秤を使って計測するようにしたのだ。

 以前は目分量で薄める作業をしていた為、とてもばらつきが大きかったのである。

 ただ、秤を使うようにしたことで、ポーションを薄めるのにかかる時間が延びてしまった為、ポーション製造部には不評だ。

 なので、秤を使ってもろくに確認もしない作業者もいて、出荷検査での流出防止をしているというわけである。

 作業工数が増えて生産効率が悪くなると、ルールを破ってでも元のタクトに戻そうとするのはどこでも一緒だな。


 それで、今回少女が怒られているのは、その出荷検査をする前のポーションを出荷してしまったからである。

 どうしてそんなことをしてしまったのだろうか?


「アルト、行ってあげた方がいいんじゃない?」


 スターレットに促され、親方のところに行ってみる。


「間違ってばかりだと仕事にならねぇよ」


 親方の言い方は、教えるのが苦手な職人か、意地の悪い班長みたいだな。

 根は悪い人じゃないのは知っているが、言い方がきつい。


「親方、事情は聞こえてきました。彼女も涙目ですし、怒るのはそれくらいにして、俺が原因を調査しますよ」


 見れば、小さな女の子は涙目だ。

 あの大声では、パートのおばちゃんでも涙目になるのではなかろうか。


「アルトか。でかい声をだしちまってすまなかったな。俺だと呶鳴る事しかできねぇから、こいつにどうしたら間違わなくなるか指導を頼むよ」


 やれやれ、自覚していたら少しは抑えればいいのにと苦笑する。


「いいんですよ。親方の声が小さかったら、病気にでもなったかとみんなが心配しますから」


「ちげえねえ」


 まずは親方から話を聞くと、少女は最近雇ったばかりで、まだ難しい作業が出来ないから、完成品の運搬をさせていたのだという。

 新人作業者か。

 年齢はまだ8歳で、ジョブが判明する前だというのだ。

 だから、何をさせてよいかわからず、運搬ならと任せたそうだ。

 少女を雇う前は、出荷検査員が出荷検査後に自分で売店に運搬していたのだ。

 だから、出荷検査工程前のものを納品することは無かったのだという。

 出荷検査前、出荷検査後という表示などは無かったが、検査から納品までの工程を一人で行っている為、出荷検査工程を飛ばす可能性は限りなく低かったのだろう。

 運搬というと、品質に関係ないように思えるが、誤配達、落下、傷など不良に繋がる重要な工程だ。

 尤も、工程間の運搬については、21世紀になってやっと真剣に品質管理を考えるようになったので、ここのような10世紀くらいの文明レベルじゃ子供の雑用くらいにしか捉えられていなくて当然だな。


「それにしても、雇うならもっと年齢が上の子供の方がよかったんじゃないですか?」


 子供の保護という概念の無い世界にしても、もう少し上の年齢の子供だっていただろうに。


「奴も母親と二人暮らしなんだが、その母親が病気になっちまって、小さいけど働くしかないって訳だ。なんとか働き続けられるように、間違えない方法を考えてやってくれ」


「ねえアルト、あの子が働けるように、間違えない方法を考えてあげて」


 スターレットが俺の袖を強く引っ張る。

 真剣な眼差しで訴えてくるので、俺は力強く頷いてみせた。

 親方は話し方からは伝わらないが、人情味がある男なのである。

 呶鳴るのを止めれば、もっと慕ってくれる人が増えると思うんだけどね。

 スターレットもそんな親方の心意気に、心打たれたのかな?

 さて、次は少女の方だ。


「俺の名前はアルト。君は?」


 出来る限りの笑顔で自己紹介をした。


「ミゼット」


 ミゼットというのか。

 ミゼットは親方に呶鳴られた後なので、涙目になって震えている。

 なぜなぜ分析の為の聞き取りをしたいのだが、うまく行くだろうか?


「ミゼット、どうして出荷検査前のポーションを運んだのか教えてくれるかい」


「私馘になるの?」


 駄目だ、流出不良を出した派遣社員のように、すっかり怯えている。

 工場の品質管理でもそうだったが、流出不良が発生した時に、作業者に聞き取りをすると、派遣社員などは解雇を心配してしまうのだ。

 心配して、嘘の原因を言われた事も一度や二度ではない。

 俺に解雇する権限などないのだが、どうもみんな勘違いをするのだ。


「そんなこと無いよ。どうして間違ったかを確認して、次に同じ間違いをしないように考えるの」


 スターレットが優しく話しかける。


「本当?」


「うん。約束する」


「わかった」


 スターレットによって、ミゼットは聞き取り調査に協力してくれることになった。

 ちょっと凹む。

 俺も優しく言ったつもりだったのだが、どこが駄目だったのかな?

 気を取り直して聞き取り開始だ。


「ミゼットはポーションを売店に運ぶのは今日が初めて?」


「違う。もっと前からやってたよ。間違ったのは今日が初めてだけど」


 確かに、少し前から見かけていたので、今日が初めてではないよな。

 新人ではあるが、今までは出来ていたわけだ。


「じゃあ、昨日までと今日で何か違ったことはあるかな?例えば熱があるとか」


 体調や心理的な変化が不良に結び付くことはある。

 前世の場合、ルールが無くても今まで出来ていたのなら、個人に変化点があったはずなので、そこを確認する事も重要だったな。

 ミゼットは俺の質問で少し考え込む。


「お母さんの事が心配だった!あのね、今日家を出るときに、とっても苦しそうにしてて。病気だからいつもなんだけど、今日はそれより苦しそうにしてた!」


 母親の体調が気になって、仕事の集中力が切れたか。

 ありそうな話だな。


「アルト。ミゼットのお母さんを治療出来ない?」


 スターレットが必死に訴えてくる。

 今日の雰囲気は少し違うな。


「状態異常解消の魔法を使えるから、それを使ってみようか。作業標準書を作るのに協力してくれた癒し手の人が、大抵の病気なら治せるって言ってたから、大丈夫だと思うよ」


 親方にことわって、ミゼットを連れ出し彼女の家に行く事になった。

 ミゼットの家はステラの貧民街だというので、そこまで歩いていく。

 道中のスターレットは表情が暗い。

 これじゃまるでスターレットが不良を出した作業者みたいだな。


「どうしたの?」


 スターレットに訊いてみた。


「ミゼットのお母さんが助かるといいなと思って。私、親の顔を知らずに孤児院で育ったから、親のいる子が羨ましいの。それに、小さい頃から働いていたから、ミゼットの事が自分の事のように思えちゃってね。親のために働きに出るっていう気持ちはわからないけど、私みたいに親の顔も知らない人間からしたら羨ましいかな。お母さんが死んじゃったら、ミゼットも孤児院に行くか、浮浪児として犯罪組織に目をつけられる事になるでしょうしね」


 スターレットは孤児院を出て冒険者になったのか。

 成人するまで孤児院にいたからこそだな。

 ジョブが剣士でも、路上生活だったらどうなっていたかわからない。

 犯罪者として処刑されていたか、組織の構成員になっていたか、娼館に売られていたかもしれない。

 この世界にも早いところセイフティーネットが作られるといいな。


 そんな話をしていたら、ミゼットの家に到着した。

 この流れは、選別に向かう車の中での会話みたいだったなと、ふと前世を思い出した――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る