第20話 適材適所 後編
薬草の採取は地下2階層にあった。
迷宮に入ってからすぐに到着する。
ここであれば危険なモンスターに遭遇する可能性も低い。
木等級の冒険者でもそんなに危険はない。
そこまでの道中は、コンパーノが前衛として進んだ。
危険な罠など無いとは思うが、念の為俺も斥候の作業標準書で罠と索敵をしてみる。
自分でできるようになると、他人のあらがよく見える。
コンパーノの索敵は未熟で、このまま深い階層に挑むようであれば、不意打ちをくらって確実に命を落とすことになるだろう。
汎用旋盤しか使えないのに、複合旋盤をリースで設備投資するようなものだ。
なんとか考えを改めさせないといけないな。
なにも考えずに設備投資をする経営者のような危うさを心配しているうちに、薬草の生えている場所にたどり着いた。
「さて、この辺で採取を済ませてしまいましょうか」
どんな切り口で説得しようかと考えてはみたが、いい案が浮かばないので作業に入ることにした。
「そうですね」
コンパーノも薬草を採取し始める。
このままだと何も無いまま終わってしまう。
何か話しかけないと。
そこで思いついたのが、
「コンパーノはどうして冒険者になろうと思ったんですか?」
平行度0.05よりも真っ直ぐに訊いてみた。
「父さんに憧れていたから。その父さんが冒険の最中に命を落としたんだ。返ってきたのはこのショートソードだけ。だから俺はこのショートソードで冒険者として成功したいんだ」
コンパーノの口から語られたのは、ギルド長に聞いていたよりも重い話だった。
コンパーノの気持ちはわかるので、このまま説得するのがよいのか疑問が生じた。
「そうなんだ。じゃあ、ジョブは剣士?」
「いや……」
そこでコンパーノは口ごもる。
「そ、そうだ。アルトはなんで冒険者ギルドで働いているんだよ。品質の管理なら鍛冶屋にでもなればよかったじゃないか」
コンパーノは俺に質問をしてきた。
自分のことは語りたくないのだろうな。
よし、ならば俺の話を聞かせてやろうか。
「品質管理は物を作るスキルじゃないんだよ。食堂で例えるなら、料理人の作った料理が旨いか不味いかを判定しているだけだ。そんなジョブでまともな仕事に就けるわけないだろ?」
俺の話を聞いて、コンパーノは次の言葉を逡巡している。
沈黙が続いた。
その沈黙を俺が破る。
「そんな俺からしてみたら、コンパーノがなんでわざわざ適正のない剣士として身を立てようとしているのかが判らないよ。運搬人でも冒険者として活躍できるじゃないか」
運搬人は収納魔法があるので、冒険者たちに重宝される。
収納魔法はある程度レベルを上げないと習得できないから、運搬の仕事で経験値を集めないと駄目だけど。
俺の作業標準書スキルが他人にも効果を発揮してくれていたら、今すぐにでも使えるようになったんだけどな。
作業標準書が使えないのはどこでも一緒か。
「父さんが到達出来なかった金等級の冒険者に、俺はこのショートソードを使って上り詰めたいんだ。だから剣士じゃないと駄目なんだ。今は採取のクエストしか出来ないかも知れないけど、いつか地下100階層にだって到達できる冒険者になってやる」
天井を見上げて、拳を強く握りしめる。
亡き父にでも誓っているのだろう。
信念があるだけに、説得は難しそうだ。
もうこうなったら、コンパーノの事を理解して、パーティーを組んでくれる冒険者を見つける方がいいんじゃないか?
偉い人の息子が、どうしても溶接をやってみたいって、溶接職場を希望したときのような、兎に角やらせてみて、どこかで諦めるのを待つ作戦だな。
その間、怪我をしないように細心の注意を払う事になった班長の気持ちが今わかったよ。
「――ん?」
俺がギルド長からの依頼を諦めかけていた。
その時、周囲の異変に気がついた。
モンスターに囲まれている。
しまった、コンパーノとの会話に集中していて、周囲への気配りが出来ていなかったな。
どうやら、俺たちを包囲しているのは迷宮蟻のようである。
「コンパーノ、囲まれたぞ」
「え?」
コンパーノは気付いていなかったようで、俺が注意を促すと驚く。
俺はショートソードを抜いて構える。
コンパーノも同じく構える。
さて、迷宮蟻程度なら俺一人で簡単に殲滅できるのだが、ここでそれをやってしまってはコンパーノのためにならないのではないだろうかという考えがよぎる。
新人作業者と一緒に作業をしていたのでは、新人作業者のスキルが伸びない。
一人でやらせてみせ、それをダブルチェックするようにしないとな。
それはここでも一緒か。
毎回一緒に迷宮に来るわけにもいかないからな。
「うわぁぁぁぁっっっ!!!」
「あっ、待って!」
コンパーノは叫びながら、自分の正面の迷宮蟻に斬りかかっていく。
彼の実力だと、一対一で丁度いいくらいなので、囲まれると危ない。
案の定、一対一で互角の戦いをしているうちに、他の迷宮蟻が横から迫ってくる。
正面の迷宮蟻に集中しているコンパーノは、それに気が付いていない。
「いけない!」
俺はコンパーノの方にいる迷宮蟻に【リングゲージ作成】スキルで作り出した手のひら程の大きさのリングゲージを投げつけた。
ギィィィッッッ!!――
リングゲージをぶつけられた迷宮蟻が悲鳴を上げる。
だが、そこまでで蟻の一生は終わる。
動きが止まったところに、俺のショートソードが襲いかかり、首を斬り落とした。
緑のクーラントのような色をした血液が周囲に飛び散る。
どうにもこの色には馴れないな。
コンパーノはまだ最初の一匹と戦っている。
決着がつきそうにないので、他の迷宮蟻は俺が始末していく。
あらかた片付いたところで、複数の人間の気配が近付いてきた。
「あれ、アルト?」
そのなかにスターレットがいた。
「スターレットか。どうしてこんなところに?もっと深い階層でもいけるんじゃないかな」
ここは下の階層に行くときに通過する場所ではない。
薬草の採取でもなければ来ない場所だ。
鉄等級に昇級したスターレットには役不足な場所なのである。
「それが、トレインが発生しちゃったみたいで、先頭の冒険者が死んじゃったのよ。それで、各地に散ったモンスターを探して倒しているってわけ。こっちを見に来たら、偶々アルトがいたのよ」
そういうことか。
スターレットと一緒に来た冒険者達が次々に迷宮蟻を倒していく。
これで俺はコンパーノの観察にだけ集中できるな。
そんなことを考えていたら、観察もすぐに終わりを迎えた。
パキン――
そう音をたててコンパーノの持っているショートソードが折れた。
父親の形見が折れて、呆然と立ち尽くすコンパーノ。
だが、迷宮蟻はそんな事情は知ったことじゃない。
容赦なく攻撃を続けようとする。
俺は手に持っていたショートソードをコンパーノに襲いかかろうとしている迷宮蟻に投げつけた。
見事に頭部に突き刺さり、迷宮蟻は絶命する。
周囲を見ても、動いている迷宮蟻はいなくなっていた。
全滅させることが出来たようだな。
「うっ……うっ……」
コンパーノは折れたショートソードを抱えてすすり泣く。
「どうしたのかしら?」
事情を知らないスターレットに俺はショートソードが形見であると伝えた。
「そう……」
スターレットもどう言っていいのかわからず、そのまま黙ってしまった。
俺はすすり泣くコンパーノに近づき、説得を開始する。
「コンパーノ、人には神から与えられたジョブがある。それをうまく使いこなす事で、神が与えた試練を乗り越えていくのが人生だろ。お父さんだって、コンパーノが剣士として成功するのを望んでいたわけじゃないはずだ。運搬人だって立派なジョブだ。それを伸ばして金等級になってもいいんじゃないか」
自分で言っておいてなんだが、神が俺に与えた試練は大きすぎる。
出来ることならリコー……
クーリングオフさせてもらいたい。
コンパーノは俺の言葉に首肯する。
どうやら考えが変わったようだ。
「今回もしもソロで迷宮に来ていたら死んでいたね。まずはパーティーを探すところからやろう。運搬のスキルを必要としているところはたくさんあるから、臨時でも固定でもすぐに見つかるはずだよ」
俺はそういいながら、折れて地面に落ちているショートソードの片割れを拾った。
破断面を確認すると、迷宮蟻にぶつかったところを起点にして波紋が広がっている。
刃のたてかたが悪くて、耐えきれずに折れたな。
技術が未熟な証拠だ。
それをコンパーノに差し出すと、彼はそれを受け取りじっと眺めている。
思い出の品だからなあ。
コンパーノが落ち着いたところで、薬草の採取を再開し、ある程度集めたところで今度は迷宮蟻の素材を剥ぎ取る。
持ち帰って換金すると、それを全てコンパーノに手渡した。
「いいの?」
驚いて俺を見るコンパーノ。
「護身用のショートソードは買うのにお金が必要でしょ」
そう言うと、コンパーノは何度も俺に頭を下げた。
「ところで、なんでジョブが運搬人だって知っていたの?」
コンパーノに痛いところを突っ込まれた。
うっかり口を滑らせてしまったな。
「君のことを心配している人がいるってことだよ」
それを聞いて、コンパーノは納得したようだった。
それ以上は訊いてこない。
後日、コンパーノが他の冒険者とパーティーを組んでいるのを見かけた。
ギルド長に報告すると、彼は非常に満足そうに頷いた。
用語解説
・汎用旋盤
人の手による作業の旋盤。今でも簡単な加工に使用する。おじいちゃん達の青春。昔は汎用旋盤買って独立するのが目標だったとか。
・複合旋盤
NC旋盤とマシニングセンターを合わせた工作機械。材料の脱着なしで複雑な加工が出来るのが魅力。滝沢鉄工所は思い出の銘柄。
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