第17話 PPM管理 後編

 やっと地下15階層にたどり着いた。

 シルビアも落ち着きを取り戻し、見た感じでは変化点はわからない。

 ひとまず良かった。


 周囲を見渡すと、マンドラゴラの群生地というだけあって、あちらこちらにマンドラゴラが生えている。


「周囲は警戒しておくから、さっさと抜いちゃって」


「抜いたら死ぬかも知れないじゃないですか」


 どこまで本気なのかわからないシルビアに一応抗議した。

 それでも以前のような、言葉の棘が無くなったように感じる。

 プレス品の抜きバリの高さが、0.45ミリから0.12ミリになった感覚だな。


「死ぬときは一緒よ」


 シルビアの慰めになっていない言葉に薄い感謝をしつつも、どうやったら死なないかを考える。

 再現トライは危ないから、マンドラゴラが鳴くプロセスを考えて、そこから改善方法を考えようか。


「マンドラゴラは土から抜くと叫ぶんですよね?」


「そうよ」


 シルビアに確認をとったので、俺は恐る恐るマンドラゴラの地上に出た部分を掴んだ。

 それは普通の植物の茎と葉にしか見えない。

 冒険者ギルドで実物を見ておいてよかったな。


「掴んだくらいじゃ叫ばないか」


 少し力を込めて茎を握ってみたが、マンドラゴラの反応はない。

 引き抜かない限りは大丈夫なのかな?

 だが、ここで引き抜くようなことはしない。

 そうすれば叫ぶことが判っているからだ。

 引き抜くことの代理の工法はないものかと思案する。


「手を止めてないで抜きなさいよ」


 しびれを切らしたシルビアがそう言ってくる。


「抜く以外の方法を考えているんですよ」


 俺はマンドラゴラを見つめたままシルビアにこたえた。


「じゃあ、周りの土ごと掘ればいいじゃない」


「あ、その手があったか」


 シルビアの言葉で一気に解決した。

 スコップを取り出して土を掘っていく。

 土も柔らかいからそんなに苦にはならない。

 自然薯を掘るのに比べたらとても簡単だ。

 5分くらい掘る作業をしたら見事にマンドラゴラが出土した。

 当然叫びはしない。


「これなら死なずに持ち帰る事が出来そうですね。掘るのを手伝ってください」


 俺はもうひとつスコップを取り出してシルビアに渡した。

 二人で1時間くらい掘っただろうか。

 20体のマンドラゴラを確保することが出来た。

 それを収納魔法でしまい込み、冒険者ギルドに戻ることにした。


 帰路は俺が先頭に立って索敵する事をシルビアは止めなかった。

 なので、客先の工場での選別で自社の製品が置いてある場所に一緒に行った作業者を案内するが如く、スムーズな移動ができた。

 数匹のモンスターは検知できたが、その全てを遠距離から攻撃して倒すか、少しそれて回避することで時間をかけずに済んだのだ。


「最初からこうすればよかったね。変な意地を張ってごめんなさい。あたしが我儘を言ったばかりにアルトにも迷惑をかけたわね」


 背中からシルビアの懺悔が聞こえた。

 それは自分の作業が正しいと疑わず、標準作業を遵守しなかった結果不良を流出させてしまった作業者が、自責の念に駆られるようであった。


「次に同じことをしなければいいですよ」


 俺は振り向かずに応えた。

 別にシルビアと 合歓綢繆ごうかんちゅうびゅうとなりたいわけではない。

 品質管理の人間であれば何度か経験することなので、怒ったりせずにただ再発防止がなされることを望んでいるのだ。


「やっと出口か……」


 外に出ると彼は誰時であり、瑠璃色の空が広がっていた。

 かなり時間が経ってしまったな。


「眠くない?」


 振り返ってシルビアに訊くと、


「今日は眠れそうにも無いわ」


 と笑いながら返事をしてきた。

 俺もつられて笑顔になる。

 笑えるようになったのならもう大丈夫だな。


 そこからは二人で並んで歩き、冒険者ギルドへと帰ってきた。

 流石にこの時刻では人は少ない。

 夜勤の受付がいるくらいだ。

 今日はレオーネの当番のようで、彼女が受付で暇そうにしている。

 ドアを開けた時にベルがカランとなったので、彼女は俺達に気が付いた。


「おかえりなさい。応接室でスターレットが待っているわよ」


 意外な言葉が出てきた。


「スターレットが?」


 そう聞き返した。


「そう。かなり心配していて、ロビーでずっと待っていたんだけど、私がさぼることも出来ないから応接室で待つように言っておいたのよ」


 自分に凄く正直なんだなと苦笑してしまった。


「シルビアと二人でこんな時間に帰ってきたんじゃ疑われちゃうわね」


 彼女はニヤニヤと俺達を見る。

 尾籠な勘繰りはやめてほしいものだな。


 スターレットが待っていると聞いたので、シルビアと応接室に行く。

 俺だけでも良かったのだが、シルビアがついてくると言うので、二人で一緒に行く事になったのだ。


 応接室のドアを開けると、そこにはスターレットがいた。

 目が合うと微笑んだが、途端に険しい顔になる。


「アルト、その女に嫌がらせをされてない?」


 俺とシルビアの間に割って入り、身を呈して俺を守るスターレット。

 すると、シルビアは意外にも頭を下げた。


「今までごめんなさい。どう償っていいかわからないけど、もうあんな嫌がらせはしないわ」


 呆気にとられるスターレット。

 物凄い変化に思考が停止する。

 変更申請も出てないのに金型を勝手に変えて、しぼ加工の模様がまるっきり変わってしまったのを眺めていた前世の俺のようだ。

 リーマンショックの時に、金型を売って夜逃げの資金にした会社があって、そこに成形を出していた協力メーカーが、変更申請を出さずにやってくれたんだよね。

 死ぬかと思った。

 死んだけど。


 こうも素直に謝られると、スターレットもそれ以上は何も言えなくなる。

 気まずい空気が流れるのが辛いな。


「さて、マンドラゴラの土を落としに行こうか」


 俺はそう言って応接室を出る。

 二人もついてきた。

 冒険者ギルドの敷地内にある井戸で水を汲むと、それを桶に移してその中にマンドラゴラをぶちこんだ。

 万が一叫ばれると死ぬ可能性があるので、緊張で額に汗が流れる。

 桶の中でマンドラゴラを洗って、綺麗に土を落としたが、最後まで叫ぶことはなかった。

 しかし、一体だけでは偶然かもしれない。

 工程能力を評価するためにも、100体はマンドラゴラが必要だ。

 今回は20体しかないけどね。

 シルビアとスターレットにも手伝ってもらい、残りのマンドラゴラの土も落とした。

 やはりどれも叫ぶ事はなかった。


「抜かなければいいのか」


 やはり検証は大切だな。

 抜かずに掘ってやれば誰も死なずに済んだのだ。

 レーザーで抜くのも、タレパンで抜くのも結果は一緒だけど、それぞれの工法に違いがあるのと一緒で、適切な方法を見つけなければならなかったのだな。

 マンドラゴラを引っこ抜くのと、掘り起こすのだとサイクルタイムに大きな違いがあるが、比喩ではない致命的な事象があるので、引っこ抜くのはやめるべきだ。

 マンドラゴラ採取のQC工程表を作った奴は説教だな。

 それと、工程変更通知の提出な。

 なんとなくだが、前世の 濫う充数らんうじゅうすうな生産技術の課長の顔が浮かんだ。

 いかんな。


「本当は引き抜くときの何が叫ぶ行動に繋がるのかを検証したいところだが、命がけになるからそこまでは出来ないよな」


 ポツリと呟く。

 すると、すかさずシルビアが


「アルトと一緒に命をかけるならいくらでもやるわよ」


 と笑顔で言う。

 それを聞いたスターレットが顔を真っ赤にした。


「私だってアルトとなら!」


 そんなところで張り合わなくてもいいですよ。

 そこからなにやらどれだけ命をかけられるかの言い争いが始まる。

 女二人でも姦しいね。

  眠気が飛ぶのは良いことだが。


 そんな御侠な様を見ながら時間を潰していると、親方が出勤してきた。

 やはり職人の朝は早いな。


「マンドラゴラ、ひとまず20体採取してきましたよ」


 水洗いの終わったマンドラゴラを指すと、親方がにっこりと笑う。


「こんだけありゃあ今日一日もつな。明日の朝までにおなじだけ頼むわ」


 バンっと背中を強く叩かれた。

 不良品の作り直しを朝の便で送り出した後、明日の分を要求される様な状況に、今までの疲れがどっと出た。


「勘弁してください」


 やっと絞り出した言葉はそれだった。

 親方から逃げ出し、レオーネに挨拶して帰ろうとしたが、そこで問題が発生した。

 徹夜明けで帰って寝たかったのだが、それだと欠勤になってしまうとレオーネがいうので、応接室で仮眠だけとることになった。

 全くもってブラック企業である。

 労基に駆け込みたかったが、残念なことにまだそんな役所はない。


 そんなわけで仮眠をとった。

 目が覚めると応接室のドアが少し開いているのが見えた。

 その隙間から視線を感じる。


「レオーネ?」


 声をかけたら慌てて立ち去った。

 夜勤明けに何をしているんだか。

 後朝なんてものは、冒険者ギルドの応接室にはないのですよ。

 烏滸ですか。

 すっかり目の覚めた俺は、まだ寝ているスターレットとシルビアの寝顔を交互に眺める。


「確かに何かあるとか期待しちゃうよねえ」


 凡下なので、欲を抑えるのが大変です。

 邪念を払うためにマンドラゴラ採取の工程FMEAを考えて、心を無にする。

 駄目だ!

 過去トラを思い出すたびに、今度は怒りがわいてくる。

 やらかしてくれた作業者の顔が脳裏に浮かぶ。

 こういうときこそ怒りを敵と思え、己を責めて他人を責めるな。


 …………


 俺には無理ですよ、東照大権現。

 スターレットはまだしも、シルビアにもこんな感情を抱くことになろうとは。

 俺は二人を起こさないように、斥候の隠密スキルを使ってそーっと応接室から出て仕事を始める。

 二人が起きてきたのは太陽が真上に差し掛かった頃であった。


 その後、冒険者ギルドの教育活動のお陰もあって、俺の提案したマンドラゴラの採取方法が広くしれわたり、ついにマンドラゴラによる死亡事故は全国で4PPMまで低下した。

 それでもまだ死ぬんかいってツッコミは無しだ。

 人のやる作業に完璧など無い。

 それでも、これを限りなくゼロに近づけることが俺の仕事なんだよね。



品質管理レベル23

スキル

 作業標準書

 作業標準書(改)

 ノギス測定

 三次元測定

 マクロ試験

 振動試験

 電子顕微鏡

 塩水噴霧試験

 引張試験

 硬度測定

 重量測定

 温度管理

 レントゲン検査

 輪郭測定

 蛍光X線分析

 シックネスゲージ作成

 ブロックゲージ作成

 ピンゲージ作成

 ネジゲージ作成

 ゲージR&R

 品質偽装

 リコール


用語解説


・レーザー

 レーザー加工機。精密板金加工で用いられる。金属を溶かして切断するのだが、溶けた金属が飛び散るので注意。


・タレパン

 タレットパンチプレス。金型を使って薄い金属を打ち抜く工作機械。


・過去トラ

 過去に発生したトラブル。工程FMEA実施時には、これを網羅して全て対策が織り込まれているかを確認する。品質管理にとっては過去のトラウマ。

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