第18話 力量評価
以前確認したように冒険者には等級がある。
そして等級は試験によって決まる。
ある程度経験を積んだ冒険者が冒険者ギルドの指導教官との模擬戦を行い、等級が上がることが妥当であるかどうかをテストするのが試験内容である。
シルビアは指導教官なので定期的に試験を行っているのだが、今日はその日である。
彼女がこれから冒険者の等級テストを行うというのが、俺はその記録係として拉致されているわけである。
前世で云うならこれは冒険者の力量評価だから、品質管理の俺がいるのも間違いじゃないのかもしれないが。
木等級であろうが、鉄等級であろうが、全てテスト内容は同じ。
模擬戦で戦った感じで等級を決めている。
評価が一定になるような仕組みがまったくない。
指導教官の主観で打ち込みが良かったとか、腰が引けていたとか判断しているのだ。
当然のことながら指導教官によって評価のばらつきがあるだろう。
他の冒険者ギルドの試験はシルビアではなく、そこの指導教官が行うのだから当然だ。
因みに、指導教官の講習会などはなく、各冒険者ギルドで指導教官を勝手に任命している。
そんな評価のやり方でいいのかと思うが、都市間の移動も大変な世界なので仕方がないか。
そして、今回試験を受けるの冒険者の中にはスターレットがいる。
鉄等級に上がるための試験を受けに来たのだ。
「来い!」
受験者が名前と等級を伝えて、シルビアに攻撃を仕掛けていく。
少し気を抜くと、何と名乗ったのかを忘れてしまいそうで危ないな。
シルビアの評価方法が気になるのだが、どうしても集中して観ることが出来ない。
「合格!」
シルビアが合否をその場で宣言するので、それも記録をしていく。
休憩無しでテンポ良く進むので、本当に気を抜くことが出来ないのだ。
監査時の指摘事項の記録と似ているな。
監査中に隣のラインの作業者が、パレットの上に乗り始めたのを気にしていたら、客に何と指摘されたのか聞き逃した経験があるので、余計なことに意識を向けるのはまずいとわかっている。
名前と判定結果だけに気を遣わねば。
「スターレット、木等級。行きます!」
名乗りをあげて、スターレットがシルビアに斬りかかった。
打ち合うこと3合。
シルビアはスターレットの攻撃を難なく受け流す。
「この程度?これじゃあ昇級させられないし、アルトのことも諦めてもらわないとね」
シルビアがスターレットを挑発した。
俺はなんじゃそらと思ったが、スターレットはどうやら違ったらしい。
目付きが変わる。
「そんなの納得出来ない!!」
気合いと共に放つ一撃は、先程までは無かった殺気がこもっている。
だが、それもシルビアに受け止められてしまう。
「合格。最初からそれくらいの撃ち込みをしてくればよかったのに」
なんだ、スターレットの実力を引き出したのかと感心した。
スターレットは拍子抜けした顔で固まっている。
傷が深く不良だと思っていた製品が、品質管理の担当者に合格だと言われた時の検査員のようだ。
出荷数が足りないと緊張していたが、ラインアウトした製品の殆どが良品であった時ってそんなもんだよね。
外観部品の検査から、ボデープレス部品の検査に異動になるとよくある。
傷の許容範囲が一気に緩くなるからな。
スターレットはようやく正気に戻り、一礼して退出した。
その後も試験は続く。
そして、今回の最後の冒険者となった。
最後の冒険者は鉄等級だ。
ここで認められれば青銅等級となる。
ジョブは剣士だな。
手にしたロングソードが動いたと思ったら、次の瞬間ロングソードが宙に舞っていた。
シルビアのカウンターでロングソードを弾き飛ばされたのだ。
「不合格ね」
シルビアの判定を記録する。
今の一撃は正当な評価なのか?
銀等級の冒険者が、鉄等級の冒険者の一撃を躱す事なんて当然だし、何が出来たら青銅等級に上がることができたのだろうか。
評価の妥当性が見いだせず、思わずシルビアに言ってしまった。
「彼は何ができれば青銅等級になれたのかなと思いまして」
シルビアは俺の質問に少し黙思する。
「鉄等級より少し強かったらいいのよ」
期待していた答えは返ってこなかった。
とてもアバウトな評価方法だな。
「シルビアの評価方法は客観的に見てわかりません。彼のどこが悪くて等級が上がらないのかが明確ではないのです。元銀等級のシルビアに鉄等級の彼が勝てなくて当たり前じゃないですか」
つい納得がいかなくて強い口調になってしまった。
シルビアが一瞬不機嫌になったのがわかる。
が、拳が飛んでくることはなかった。
おとなしくなったなー。
「俺も知りたい。次までにどこをなおせばいいのかが全然わからない!」
受験者も不満な口吻で迫る。
シルビアは深く息を吐くと、俺と鉄等級の冒険者を交互に見ながら、先ほどの判定を解説してくれる。
「踏み込みが甘いのよ。鉄等級の時から進歩してないから、これ以上やっても意味ないと判断して、一撃でロングソードを飛ばしてやったのよ。あそこで耐えられれば、まだ目はあったかもしれないけどね」
その言葉を聞いて、見るところは見ているんだなと感心した。
ただ、冒険者のランク評価は強さだけでいいのだろうか?
工場の作業者でいうなら、今のは標準作業が出来るかどうかしか見てない様なものだ。
標準作業が出来るからといって、設備のメンテナンスや段取りが出来るとは限らない。
総合的な作業を評価してランクアップさせるのが普通だ。
どうにも足りてない様な気がするんだよな。
俺とは違い、受験者は納得したようで頭を下げて礼を言った。
「まあ、今回の事は残念だったけど、経験を積んでまた挑戦してください」
「はい!次こそは!」
俺も声をかけると、元気な返事が返ってきた。
彼はロングソードを拾って退出する。
今回の記録をシルビアに渡して、俺はギルド長のところに向かった。
ギルド長は執務室にいたので、自分の考えを伝える。
「昇進試験の事だね。本来はそれぞれのジョブレベルがあるから、それを基準にしたいところなんだけど、冒険者っていうのはレベルだけでは推し量れないんだよね。色々な事態に対応できないといけないから」
ギルド長も今の評価方法に問題があることは認識しているようだ。
「それでベテランの冒険者が指導教官になって、後進を評価する仕組みになっているわけですね。でも、シルビアは戦闘の技能しか見ずに評価をしていました」
「そうなんだよ。確かにアルトの言うように、それが客観的ではないという問題はあるが、今以上の仕組みを考え付かないんだ。だけど、剣をうまく扱えるだけの冒険者の等級を上げて、実力以上の階層に挑んで死なれても困るしね。なんとかしないと」
そこで、俺はここに来るまでに考えた事を思いきってギルド長に提案した。
「自分の等級に見合ったクエスト成功数が半年間で50以上、失敗が10以下で尚且つ連続の失敗が無しならランクアップ。失敗数が11以上ならランクダウンとしましょう。これなら試験官の能力に左右されません」
「失敗が10って多すぎないかい」
「失敗数を少なくしすぎると、撤退の判断が遅れますので、これくらいがいいのかなと」
ギルド長はしばし考え込む。
そして、
「そうだね、王都の本部に掛け合ってみよう」
そう言ってくれた。
これなら多少はまともな客観的な評価になるのかな?
本部がどう判断するかはわからないが、却下されたらまた別の方法を考えよう。
執務室から退室して、自分の席に戻ってくるとスターレットが待っていた。
「アルト、今夜暇?」
もじもじとしながら俺の予定を確認してくるスターレット。
品質管理が仕事が終わってから呼び出されるのなんてろくなことがないのだが、どうもそんな雰囲気ではない。
「暇だよ」
「良かったら、昇級のお祝いを一緒にしてもらえないかなって――」
その言葉に返事をする前に、AGVにピッキングされる部品のように、俺の体を攫った人物がいた。
「アルト、今から会議室に行くわよ」
「え?え?」
ひょいと抱えられて持っていかれる俺を見て、一瞬理解が出来ないスターレット。
俺はその目的がわかる。
まったく、シルビアには少し空気を読んでもらいたいものだ。
会議室に入いると、直ぐに目的の行為に移る。
「あ、やっぱりこの振動は気持ちいいわね。病みつきになる~」
恍惚とした表情のシルビア。
振動試験スキルを応用した電気マッサージ器もどきとして重宝されているのだ。
このスキルを設定した神様も、こんな使い方をされるとは考えてもいなかっただろう。
一度試しに使ったところシルビアがはまってしまい、疲れると俺が拉致されてマッサージをさせられるのだ。
今日も試験で疲れたのだろう。
「ひゃうん」
シルビアが妙に艶っぽい声を出したときに、会議室のドアが勢いよく開いた。
「何をやっているんですか!!!」
顔を真っ赤にしたスターレットが入ってくる。
その目に映ったのは、机に寝そべったシルビアをマッサージしている俺だった。
それをみて彼女は固まる。
「あら、何を想像しちゃったのかしら?このおませさんは。単なるマッサージなのに」
シルビアの憐憫のまなざしがスターレットに刺さる。
まあ、勘違いする気持ちはわかるよ。
電気マッサージ器見たら勘違いしちゃうくらいにはアレなスキルの使い方だと思うし。
その後スターレットにぽかぽかと叩かれた挙句、スターレットもマッサージすることになった。
尚、昇級のお祝いは三人でやりました。
品質管理レベル24
スキル
作業標準書
作業標準書(改)
硬度測定
三次元測定
重量測定
ノギス測定
輪郭測定
マクロ試験
塩水噴霧試験
振動試験
引張試験
電子顕微鏡
温度管理
レントゲン検査
蛍光X線分析
シックネスゲージ作成
ネジゲージ作成
ピンゲージ作成
ブロックゲージ作成
リングゲージ作成
ゲージR&R
品質偽装
リコール
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