第16話 PPM管理 中編

「待ってくださいよ。俺が先頭を歩きます。シルビアは斥候じゃないから索敵できないでしょ」


 俺はシルビアを追い越して前を行く。

 背中からは不機嫌な空気が押し寄せていた。


「不意打ちさえ食らわなければいいのよ。それくらい冒険者時代に培った経験があるから可能だわ。あんたこそ不慣れなんだから後ろにいなさいよね」


 右肩にシルビアの手がかかると、グイっと引っ張られた。

 俺はやれやれと心の中でため息をついて、シルビアを先行させることにした。

 金等級の斥候から教えてもらった索敵スキルがあるので、シルビアの後ろからでも十分に敵を見つけることはできるのだ。

 それを口にすると面倒なので、黙って索敵を行う。

 勿論罠感知も並行して行っているが、浅い階層にはシルビアが見つけられない罠などない。

 引退したとはいえ、流石は元銀等級の冒険者だな。

 それにしても、なんで引退したんだろう?


「休憩はしないで進むから、ついてこられないなら置いていくわよ」


「はい」


 考え事をしていたら少し距離があいてしまった。

 シルビアは背中でそれを感じ取り、俺に厳しい言葉を投げつけた。

 疲れは全くないので、シルビアについていくことは全然問題ない。

 むしろずっと戦っている彼女の方が疲れているんじゃないだろうか?


「疲れてませんか?」


「問題ないわ。何なら地下50階層まで行ってもいいわよ」


 問題なさそうだ。

 地下50階層はまだ倒していないフロアボスがいるはずだ。

 流石にそこまで生きて到達できるとは思えないけどね。


 今回の目的はマンドラゴラの採取。

 群生地は地下15階層とわかっているので、途中のモンスターには脇目も振らず進んで行く。

 立ちふさがる奴のみを排除しているのだ。

 シルビアの実力からすれば、足止めされるようなモンスターはここには存在せず、あれよあれよと進むことが出来、ついに地下14階層まで到達した。

 ここを過ぎれば目的地だ。


「歯ごたえが無さ過ぎて、準備体操にもならなかったわね」


 オーク3体を事もなげに屠ったシルビアは、ソードについた血を掃った。

 ピッと音がして、血が地面につく。

 オークの死体はもったいないので俺が収納魔法で回収した。

 それにしても、フラグをたてるようなセリフを言うと、この後が心配になるな。

 こういう時ってなにかトラブルが向こうからやってくる事が多いから。

 月末に「今月は流出不良がなくてよかったな」って言っちゃう品質管理部員は、漏れなく不幸が訪れます。

 当て事とふんどしは前から外れるって言うしね。


「――ん?」


 俺の索敵スキルが反応する。

 遠くに多数のモンスターの反応が出たのだ。


「シルビア、前方から多数のモンスターが来ますよ!数はおおよそ100!!先頭は……人間!?」


 どうも6名の人間がモンスターに追われているようだ。

 トレインか!


「距離は!?」


 シルビアがすぐさま険しい顔になった。


「301,043ミリ!」


「わかりにくいわ!メートルで言いなさい!!」


 脳内の距離はミリで換算されるのは職業病じゃなくて、ジョブが判明してからなんだよな。

 多分神様がこういう仕様にしたんだと思うんだけど。

 インチじゃなくて本当によかった。


「およそ300メートルです」


 俺が言いなおすと、シルビアは頷いた。

 彼女の緊張が手に取るようにわかる。


「助ける余裕は無いわよ」


 シルビアは前を見据えたまま、背中側にいる俺にそう言った。


「自分の事は自分で何とかしますよ。それに、スキルでトレインの速度を遅くしてみます」


 先頭の人間たちが俺のスキルの範囲に入ったところで、大きなブロックゲージとピンゲージを作りだした。

 ピンゲージは拒馬のように地面から生やしてやる。

 突然現れた障害物に先頭のモンスターはぶつかり、後ろからくるモンスターによって圧死させられる。

 これによって人間たちは少し余裕が出来た。


「すまない。トレインになってしまった。君達も早く逃げたほうがいい。オーガが出たんだよ!」


 逃げてきたパーティーのリーダーと思われる男がそう言った。


「地下14階層にオーガですって!?」


 シルビアが吃驚して大きな声を出した。

 オーガはとても強いモンスターで、銀等級のパーティーでも苦戦するような相手だ。

 本来はもっと深い階層に生息しているようだが、どういう訳か今回はこの階層にいたようだ。


「そんなのがいるんじゃ、なおの事逃げられないわね。倒しておかないと他の冒険者が危ないわ」


 シルビアは相手の警告に対して首を横に振った。


「そうか。じゃあ死なないように気を付けてくれ」


 冒険者達は急いでこの場を立ち去った。


「あんたも逃げていいのよ」


 シルビアが俺にそう言う。

 逃げたいのはやまやまだが、シルビアを置いていくのも気が引ける。

 端倪しうる結論は不幸なものしか無いからだ。

 今俺が逃げ出せば流出不良は発生する。

 いや、死亡事故か。


「自分の身は自分で守りますよ」


 そう言ってはみたものの、眼前に縹渺と広がるモンスターの群れに否が応でも緊張する。

 初めて選別に行く客先の品管事務所のとびらを開ける直前のような緊張だ。


「はぁぁぁぁっっっっ!!!」


 シルビアは気合いとともにモンスターの群れに飛び込み斬りかかる。

 俺の作り出した障害物をうまく使い、囲まれぬように動きながら、一体、また一体とモンスターの命を刈り取る。

 俺はその熟練作業者が一切の無駄な動き無くボール盤でもみつけをする様な、流れる動作に目を奪われた。


「俺の出番は無さそうだな」


 既に俺は見ているだけとなっていた。

 残りはオーガと僅かなオークのみである。

 だが、それが呼び水になったのか、状況が変わる。


パキン――


 乾いた金属音が響き、シルビアの持っていたソードが折れるのが見えた。

 剣先はオークの喉元に深く突き刺さって、その場に残ったままだ。


「ショートソードを貸しなさい!!」


 シルビアがこちらを向いて怒鳴る。

 その時オーガが地面から生えるピンゲージを引き抜き、振りかぶるのが見えた。


「前!!」


 俺はシルビアに危険を知らせる。


「くっ!」


 飛び退こうとしたが、彼女は足を滑らせた。

 こんな時にファンブルとは、運命の神様も意地が悪い。


「きゃあ!」


 ピンゲージはシルビアの右足にヒットした。

 ここから見ても骨が折れたのがわかる。

 見ているこちらも痛い感覚がして、思わず目をつぶってしまった。

 目の前で金型で指を潰すのを見せられた時に感じるあれだ。

 更に悪いことに、今の一撃でポーションの入った瓶が割れる音が聞こえた。

 運が悪いにも程がある!


 俺が固まっている間にも、オークとオーガはシルビアとの距離をつめる。

 武器も無く動けないシルビアは抵抗する術がなく、とても危ない状態だ。

 納品のトラックが出発する30分前に、製品が出来上がっていない位の危うさを感じる。


「シルビア!」


 俺は慌ててシルビアの救助に向かった。

 だが、距離をつめる前にオーガは拳ほどの大きさの石を拾い、シルビアに投げつけた。


「うぁっ!」


 咄嗟に両手を前に出して防御するシルビア。

 手で見事に石を受け止めて、体に直撃するのを防いだが、その代償として手の骨も折れたようだ。

 指の先からは血が滴り落ちている。

 かなり危険な状態になったな。

 オークがもう少しでシルビアに接敵する。


「間に合った!」


 こん棒を振りかぶったオークの腕を斬り落とし、俺はシルビアの前に立つ。

 作業標準書に従いショートソードをふるい、残っていたオークを全滅させた。

 残るはオーガのみだ。


「あたしを置いて逃げなさい!!実戦経験の浅い奴にオーガは無理よ!!」


「見捨てられるわけないでしょ!!!」


 シルビアを冷静にさせるために、俺はシルビアよりも大きな声で怒鳴った。

 無理して動かれても庇いきれないので、大人しくしていて欲しい。

 なんとしても生きて帰るのだ。


「ふん。逃げればよいものを、わざわざ死を選ぶとは度し難い」


 オーガに鼻で笑われる。


「仲間を見捨てて逃げる程薄情じゃないんでね」


 俺は大地を蹴って斬りかかった。

 踏み込みにより、踵のあった場所の土は抉れ、土埃が舞う。

 渾身の撃ち込みはオーガが手にしたピンゲージで受け止められた。


「まさか自分のスキルが仇となるとはね……」


 選別で使用したピンゲージを、製品に付けたまま忘れてきた様なくやしさに歯噛みした。

 その後はオーガの繰り出すピンゲージの攻撃を、ショートソードで受け流したのだが、一撃がとても重くていつまでかわし続けられるのかはわからない。


(なんとかしないとな……)


 集中力を切らさない程度に、頭のなかで自分のスキルを思い返して対抗策を考える。

 そして攻略法を思い付いた。


「【マクロ試験】、フッ化水素!!!」


 マクロ試験スキルを使い、フッ化水素をオーガの体内で生成する。


「ぐあああああああ!!!!!!!」


 オーガはたちまち苦しみだした。

 ありがとう、フッ化水素。

 異世界でも破壊力は抜群だ。


「これで、終わりだーっっ!!」


 俺はオーガの開いた口にショートソードを突き立てる。

 その剣先は後頭部まで突き抜けた。

 しばらくはピクピクと動いていたオーガも、やがて動かなくなった。


「終わったよ」


 シルビアの方を振り返って声をかけた。

 俺の目に入ってきたシルビアの表情は険しい。

 大怪我しているし、痛むのだろうな。

 早いところヒールをかけてあげないと。

 駆け寄ったところでシルビアが小さな声を出した。


「……のよ」


「何?」


 聞き取れなくて聞き返す。


「なんで逃げなかったのよ」


 今度は聞こえる声で話してくれた。


「仲間ですからね。見捨てたりはしませんよ」


「ピンチになったのはあたしのミスなんだから、さっさと見捨てればよかったのに!」


「俺のジョブは品質管理です。品質管理はミスをした人間を見捨てたりはしません。次に同じミスをしないように工夫していくのが仕事なんですよ」


 不良が出るたびに作業者を見捨てていては、いつかは人がいなくなるから、個人を責めるようなことはしない。

 そりゃあ、前世じゃ見捨てたくなるような事もあったけど、不良を出した作業者を解雇しましたなんて対策書は、客先が受領してくれないだろう。

 この気持ちは経験者じゃないと理解出来ないだろうけど。


「さあ、ヒールをかけますよ」


 そう言って傷ついたシルビアの手に俺の手をかざすと、シルビアは駄々っ子のように嫌々と首を振る。


「あたしにそんな資格なんてない」


「ヒールを受ける資格認定なんてありません。誰でも受けることが出来ますよ」


 俺の品質管理ジョークにシルビアは涙を流して笑った――


 訳ではなく、ポロポロと大粒の涙を流して泣き出した。


「今まで散々あんたを馬鹿にして、嫌がらせをした女なのよ。優しくしないでよ!惨めになるじゃない!!」


 確かに腹立たしい事もあったけど、今はその復讐をする時じゃないことくらいはわかっている。

 気に入らない生産技術の人間が、自分の目の前で指を潰したのを笑って見ていることが出来るような人間じゃないぞ。

 ちゃんと止血してから病院につれていく位はやってきた。


「シルビア……」


「嫌なの。今回だってあたしの方があんたより上だってみんなに認めさせたくて。品質管理なんていう訳のわからないジョブの奴より自分が上だって見せつけたくて。冒険者ギルドから追い出そうとしていたのに、そんなあんたに助けられるなんて絶対嫌!お願いだから見捨ててよ!!」


 感情が吹き出して、思い付いた事をわめき散らすシルビア。

 前世で品質管理を見下していた班長が、車両メーカーで見つかる不良を流出させたときの、嫌々品質管理に頭を下げる感情がもう少し拗れたように思える。

 変なプライドなんて捨てて、仲間意識を持てばもっと楽に生きていけると思うんだけどなあ。

 そう心の中で苦笑した。


「【ヒール】」


 混乱しているシルビアの意見を無視してヒールで治療をした。

 最上級のヒールなので、折れた骨も元通りだ。

 だが、もう歩けるようになったはずなのに、シルビアはその場を動かない。

 膝を抱えて、所謂体育座りをして、顔はずっと下を向いている。

 まだすすり泣く音が聞こえる。

 俺はその隣に同じく体育座りをした。

 そして語りかける。


「これからは普通に接してください。それで、今までの事はお互いに忘れましょう」


 シルビアは「うん」と小声で答えて、小さく首を縦に振った。

 それから5分くらい経っただろうか。

 やっと立ち上がってくれ、地下15階層を目指して歩き始めた。



用語解説


・ミリ

 図面は基本的にミリ表示です。アメリカの図面だとインチだったりするので注意が必要です。


・マクロ試験

 金属の溶接部を腐食させて、組織を確認する試験です。腐食液が危険なのでやりたくないです。フッ化水素は触れたら細胞が壊死しますので。

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